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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第372話:セツナエルの苦悩とクオンの困惑

 やがてそれは彼女の全身から溢出し、静かに上空へと打ち上げられる。

 夕暮れ時を彷彿とさせる黄昏色が溶け混ざる宵闇に新たに加わるのは、明け方を彷彿とさせる暁闇色の聖力。決して人間業では無い、と誰もが首を揃えて確信出来るそれは、しかし夢の世界に意識を手放す人間達の認識の外。

 それでも、王城に勤めている公僕を始めとする一部の者達は、その空色の移り変わりに気が付いた様だった。

 誰も彼もが、揃って窓辺に寄ってその外に意識を向ける。あるいは、屋外にてそのまま上空を見上げる者だっているだろう。いずれにせよ、彼彼女らの意識が総じて、其々《それぞれ》手元に持っている仕事から不穏な空へと集約されている事は確実だった。

 そしてそれは、彼彼女らの心に更なる不安を蓄積する。ただでさえ魔王襲来によって甚大な被害を受けた上に、その痕跡が今(なお)無数に残されているのだ。その上更に得体の知れない変化が生じたともなれば、警戒せずにはいられなかった。

 しかし、そんな人間達の動静が天使長セツナエルに影響を与える事は無い。気付いてはいるが、しかし良くも悪くも気付いているだけであり、そこから更に何らしらの対応をしようとはしなかった。

 そして、そのまま彼女は、暁闇色に輝く聖力を静かに夜空に溶け込ませ続ける。

 彼女の聖力とアルピナの魔力の残滓が鬩ぎ合っている為か、空模様は何時いつに無く荒れている。しかし幸いにして地界の膜にまでは到達していない様子。それでも、人間が宇宙と呼ぶ地界を形作る空間そのものに多少の瑕疵が生じている様だった。


 ……神龍大戦の時とは見違えて強くなった様ですね。


 約10,000年という時の流れが育んだアルピナの成長性に対して、セツナエルは微かな微笑みを零す。一応、レインザードと神界アーラム・アル・イラーヒーで其々《それぞれ》一回ずつは会っているのだが、しかしその時は見えなかった彼女の深奥が微かに垣間見えた様な気がした。

 やはり、理性のタガは非常に強力なのだ。それは人間に限らず、生命としての上位存在である神の子であっても同様。

 何より、原罪を持たない高貴潔白な存在とはいえ、彼女はヒトの子の文化文明に触れ過ぎた。それが結果的に、彼女の中に無意識な抑制を形成していたのかも知れない。それこそ、他者の心を読める彼女でさえも認識出来無い彼女自身の中に巣くう深層心理がそう働きかけていたのかも知れない。

 いずれにせよ、彼女は優し過ぎた。それが結果的に、こんな中途半端な被害を生むだけに留まっていたのだ。しこれが他の何物にも染まっていない頃の彼女なら、きっとこの程度では済まなかった。ジルニアとの思い出が眠り、クオンと出会い、彼が何処どこかに攫われたという事実が、彼女の心を育んだのだろう。

 さて、とセツナエルは小さく溜息を零す。

 如何やら暫く見ない内に、空は何時いつも通りの漆黒色の宵闇へと戻されている様だった。やはり、天使長と悪魔公の直接的な激突では無い以上、その損傷程度も復旧(まで)の速さも軽く済んだ様だった。

 それを確認すると、彼女は自身の魂から放出していた聖力を遮断する。これ以上続けていたら、今度は反転して空が暁闇色に染まり替わってしまう。そうなってしまっては元も子も無いだろう。

 それに、彼女は彼女で決して暇という訳では無い。全天使を束ねる天使長としての役目、現在繰り広げられている天使-悪魔間の対立を扇動した主犯としての暗躍、そして何より、偽装し潜伏している人間としての仕事。

 複数の仕事に板挟みにされ、実際の所はこんな風にのんびりしている暇は何処どこにも存在しないのだ。それでも一応、人間としての仕事の一部は同じ人間の振りをして人間社会に紛れている彼女の右腕的存在のアウロラエルに任せている。そのお陰もあり、多少は楽を出来ている。

 しかし、多少の楽が出来てなおこの始末。本当はもっと前線に出て積極的に関与したい所なのだが、それすらもまま成らない。そのお陰もあって大切な智天使級天使を二柱ふたりも失ってしまった。しもっと自由に動けたら、こんな事には成らなかっただろう。

 しかし実際の所、アウロラエルは非常に優秀。それこそ、今現在丸投げしている仕事に関して言えば、今この瞬間彼女がいなくなっても不自由無く回せる程度には任せられている。

 それでも、それ以外の仕事が余りにも複雑()つ人間的視座において重要度が高い為、如何どうしようも無かったりするのだ。


「やれやれ、名残惜しいですが、そろそろ戻りますか。出来ればラムエルに進捗の方を窺いたい所ですが、今夜は休めそうもありませんので」


 そう呟くと、セツナエルの姿は忽然と消え失せる。まるで花吹雪が舞い散るかの様な軽やかさは、彼女の技量を暗に物語るものだった。




【某刻某所】



 くそッ……一体何が如何どうなってる?


 視界を奪われ、身動き一つ取る事も出来ず、困惑と同様に思考を搔き乱されつつも、しかし如何どうにか平常心を手繰り寄せる様にしてクオン・アルフェインは呟く。

 果たして、彼の身に何があったのか? そもそも此処ここ何処どこなのか? 加えて、今は何時いつなのか? 一体何があって如何どういう過程を経て今如何(どう)いう状況に置かれているのかが皆目見当が付かない。

 しかし、闇雲に暴れたからと言って状況が好転する筈も無い。むしろ、徒に体力と気力を浪費するだけに過ぎなかった。こんな経験は初めてだが、しかしこれまでの波乱万丈な旅路のお陰もあってか、自然とクオンはそれが理解出来た。

 故に、クオンは数度深呼吸を挟む。それにより、困惑と同様に揺れる心を無理矢理抑え付ける。そして、辛うじて残存する理性を手元(まで)手繰り寄せる事で、現在の自身の状況を微かばかりでも認識出来る材料を求めようとするのだった。

 しかし、少しでも得られる情報を増やす為に龍魔眼を開いた時、彼はそこから得られる結果にふと気が付く。


 ……何も映らない。……遮断されてる? それとも見える範囲に何も無いのか?


 クオンの龍魔眼で探知出来る範囲はそれなりに広い。勿論、純粋な神の子には今(なお)遠く及ばないものの、しかしプレラハル王国の領土程度の大きさなら掌上の事の様に把握出来る程度の精度は確保されている。

 だが、今回はそうでは無かった。どれだけ龍魔力を多く流し込んで龍魔眼の精度と探知範囲を広げようとも、魂の欠片一つ見つける事が出来無かった。

 可能性は二つ。龍魔眼が何らかの手によって遮断されているのか、あるいは探知出来る範囲に何も無いか。前者ならベリーズで天使の魂が見えなかった事例を考慮すれば如何様いかようにでも納得出来るが、後者ならその限りでは無い。

 そもそも、人間に限らずヒトの子の生息圏域は多岐に渡る。その為、自身の周囲大国一つ分の範囲にヒトの子の魂が一つも存在しない事は有り得無い。

 その為、有り得るとしたら、ヒトの子の生息域の外であり、つ神の子の生息域の外。周囲一帯に何も無い無の領域に自身が囚われでもしない限り、龍魔眼に映る景色がこうなる事は有り得無かった。

 もしそれが真実なら、最早クオンには如何どうする事も出来無い。幾らアルピナ達悪魔から契約により力を授かろうとも、彼の本質はただの人間。人間の生息域の外に置かれてしまったら、最早為す術は何処どこにも無かった。

 だが、その時、ほんの微かだが、しかし確実な感覚が彼の全身に齎された。しかも、それは決して気のせいなんかでは無く、むしろ僥倖と呼べる程の有り難い情報だった。

 それは振動。しかも、クオンにとっては非常に馴染み深く、同時に非常に懐かしい振動だった。

 故に、クオンの心は小さいながらも喜びが生まれる。しかし、決してそれに浮かれる事無く、彼はその振動を分析する事で、より詳細な情報を得ようと静かに瞳を閉じて思考を働かせるのだった。

次回、第373話は10/11公開予定です。

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