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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第370話:人間的予測

 兎も角、スクーデリアとルルシエはアルピナを抱えたまま早速とばかりに移動を開始する。

 というのも、出来れば人間達に見つかる前に姿を隠したかった。別に認識阻害が掛かっている以上余程の事態——それこそ、天使長セツナエルが何らかの介入を施す様な事態——でも無ければ彼女らの正体が露呈する事は無い。加えて、仮にバレたとしても力で捻じ伏せれば如何どうという事は無い。

 しかし、ただ単純にそんな事をするのが億劫で面倒で仕方無かったのだ。出来れば王城に引き籠っていて欲しいなぁ、とばかりにらしくない思いを心中で吐露する程には、スクーデリアも疲労感を露わにしていたのだ。

 だが、現実とは往々にして希望と対極するもの。事実、現在王城からは、ガリアノットを筆頭に四騎士直属部隊と王都駐留の王立軍が大挙を成して進軍しつつあったのだ。

 その数は、最早数えるのも億劫な程。魔眼で魂を詳らかにしつつそれをつぶさに数えていけば自ずとその数は明るみに出るのだが、態々《わざわざ》そんな事をしてあげる義理は無い。加えて、大本営発表を期待してまでその数を知ろうという程の興味関心(まで)は有していなかった。

 だからこそ、まるで盗人が留守中の家からそそくさと退散する様に、彼女らはその場を後にする。痕跡を残さない様に、とか証拠を偽装しつつ、などといったさながらミステリー創作物の犯人の様な気の利いた遊びを施す事は無く、嵐の後の悲惨さだけがその場には残された。



 それから数分乃至(ないし)数十分後、アルピナが暴れ散らかした爆心地には多くの兵士が集結していた。

 誰も彼もがその身体を非常に頑丈な防具で固め、あらゆる人類の英知を結集した殺人兵器で以ても傷一つ付かないのではないか、とすら思わせてくれる様な重厚感を放っていた。

 また、その腰乃至(ないし)手には剣が握られており、姿が見えなくなった魔王の襲撃を警戒してか四方に警戒心の糸を張り巡らせていた。

 もっとも、それは何の意味も成さないだろう。どれだけ彼らが警戒し、どれだけ彼らが備え、どれだけそれに油断と慢心を返そうとも、ヒトの子で神の子を凌駕する事は困難なのだ。

 それこそ、今この瞬間に生命の樹から零れ落ちた新生神の子が魔王として地界に降臨した所で、人間がどれだけ束になって挑み掛かろうともまるで意味を成さない程。全てが梨の礫となって丁重に返却されるのがオチなのだ。

 しかし、人間達の常識的教養の範疇にいて、神の子の実在性は証明されていない。あくまでも神話及び創作物上の存在として祀り上げられているだけでしかない。

 あるいは、宗教的には実在性が信じられているかも知れない。信心に口を挟む積もりは無いが、しかし信仰は信仰であって妄想とは切り離さなければならない。

 だからこそ、誰も彼もが得体の知れない魔王の存在とそれから発せられる驚異的な力に恐怖しながらも、其々《それぞれ》自国の勝利を信じて瞳を輝かせていた

 そんな彼彼女らの中心では、四騎士の一角に就きつつこの集団を一手に率いている男ガリアノット・マクスウェルが、自身の副官であり妹でもあるアンジェリーナ・“アンジー”・マウスウェルと共にその跡地を眺めていた。


「お前は如何どう思う?」


「とても人間業とは思えないよ。そんな事、お兄ちゃんの方が良く分かってるでしょ?」


 公務中とはいえ、二人は兄妹。何より、公的な催事の場では無いのだ。主従関係より兄妹関係の方が前面に押し出されていても良いだろう。

 それに、この二人の仲の良さは彼彼女を知る誰も知る所。今更そんな姿を見られても本人達が恥ずかしがる様な事も無ければ他者がそれを咎める様な事も無い。勿論、公的な催事ではその限りでは無いが、そうでも無ければ国王陛下だってそれを許している。

 それはさて置き、二人は嵐による破壊跡に対して言葉を失っていた。夕暮れ時でも無いのに空は今尚黄昏色に染まり、それが余計に二人の不安を後押ししていた。

 果たして、何を如何どう言葉に紡げば良いのか? 公的機関に属する所謂いわゆる国家公務員的な役職に就いている公僕として、それなりの経験を積んできた二人で以てしても、この状況を打破出来る様な精神状況には覚えが無かった。


「それはそうだが……だったら尚の事、魔王とやらは何者だ? まさか宇宙人が竜に乗って侵略してきたとでも言いたいのか?」


 それは本人的には諧謔としての一言。この重苦しい状況を打破する為に無理矢理紡いだ、大して面白くも無いだろうと自覚した上での冗談。

 しかし、こうでもしていないと、余りにも重苦しい眼前の状況には到底耐えられなかった。あるいは、これから先に恐らく訪れるであろう危機に既に押し潰されそうになっていたのかも知れない。

 いずれにせよ、ガリアノットの言葉に対するアンジェリーナの答えは、溜息を零す事だけだった。

 最早、何と答えて良いか分からない。しかし、無言の時には耐えられそうにも無い。だからこそ、無言を誤魔化しつつ答えを模索する時間稼ぎの一環として零したのがそれだったのだ。


「それって、この間驪龍の岩窟で見たものの事? 確かに、あそこの海食崖は此処ここ以上に破壊し尽くされていたけど……」


 二人がベリーズで見たものは二つ。

 一つは、破壊され尽くした驪龍の岩窟跡地。それなりの歴史的価値があり、つその超自然的光景から環境名所として一定の需要があった驪龍の岩窟が、突如として廃墟として呼ぶのも烏滸がましい程に破壊され尽くしていたのだ。

 あれは決して自然が織り成す諸行無常の移ろいでは無い。間違い無く何らかの力による介入が行われていた。そうでも無ければあの短時間であれだけの破壊が出来る筈が無い。それは、人間的視座でも明らかだった。

 二つ目は、天翔ける謎の巨大な生命体。距離感の影響もあってかそれの正確な大きさまでは鑑別出来無かったが、恐らく十数メートルから数十メートル程度の大きさは有っただろう。

 さながら蜥蜴の様な体躯に大きな翼。別にガリアノットもアンジェリーナも生物学の権威では無いが、あれは既存の生命体では無い。そう確信出来る程の異常さだった。

 果たしてあれは何だったのか? 便宜上、この国一帯で見つかる正体不明の化石に照らし合わせて竜と呼称しているそれの正体は、今尚不明のままだった。

 彼彼女の脳裏に共通して想起されるのは、正しくその光景だった。人間業とは呼べない強大な力で瓦解された驪龍の岩窟の上空を翔ける竜の姿が、まるで破壊され尽くした王都一角の上空に浮かぶ魔王の姿と一致したのだ。

 しかし、そこに何らかの関連性乃至(ないし)連続性が存在する保証は無い。全く以て無関係の場合だって十分あり得る。勿論関係ある場合だって有り得る。

 何方どちらの場合も想起出来、何方どちらの場合であろうとも其々《それぞれ》それなりの危機と対策を明るくしなければならない。関連するならそれを最大の脅威として、関連しないなら同程度の異なる脅威が並列しているとして、其々考えなければならないのだ。


「あぁ。レインザード攻防戦(しか)り、驪龍の岩窟(しか)り、今回(しか)り、最早人間以外の何かが存在すると考える方が都合が良い程だ。想像したくも無いがな」


 宇宙人は実在するのか? それはあらゆる夢想家達を喜ばせ、あらゆる現実主義者達を嫌悪させる議題。それをまさか公的機関に属する公僕が至って真面目に議論する時が来ようとは、果たして誰が想像出来ただろうか?

 恐らく、誰一人として出来無かっただろう。事実、ガリアノットだって前回と今回を直接目にするまでは考えた事も無かったし、今もこうして口に出しつつも自身の夢想振りに乾いた笑いが零れてしまう。

次回、第371話は10/9公開予定です。

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