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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第37話:古砦

「所詮はこんなもんっスか? つまんないっスね」


 バレンシアに向かってリリナエルは徐に歩み寄る。地に伏せる彼の眼前にしゃがみ込むと、逆光で闇色に染まる相好を狂気と享楽の顔に歪ませる。ギラリと光る犬歯が恐怖の香りを漂わせ、溢出する聖力が死の覚悟を強要する。


「強すぎる……」


「あんた達が弱すぎるんスよ。所詮、ヒトの子のレベルを逸脱できない半端ものなんスよね」


 リリナエルはバレンシアの顔に手を翳す。手掌に聖力が集約し、驚異的なエネルギーの集約体が浮遊する。


「あんまり楽しくなかったっスけど、いい暇つぶしにはなったっスよ」


 その言葉を耳にして、バレンシアは消滅する。浮遊する魂はリリナエルの捕獲され、聖力の檻に封じ込められる。


 これ、輪廻の理に流して大丈夫っスかね……?


 リリナエルは周囲を見渡す。目に映る範囲の龍人は、天使による肉体的死を授与されている。彼らの手掌にも同様に魂が捕らえられ、リリナエルからの指示を待っていた。


『リリナエル、聞こえるか?』


 丁度その時、彼女の脳裏に聞き覚えのある声が響く。精神感応によって運ばれたその声に、彼女は歓喜しつつ応答する。


『ナイスタイミングっス、シャルエル様』


『どうした? 何かいいもんでも見つけたか?』


『いえ。実は先程、龍人の集団を一つ潰したんスけど、この魂ってどうすればいいっスかね? やっぱり、我が君に送っといた方がいいっスか?』


 顎に手を当てつつ、頭上に疑問符を浮かべて尋ねる。純粋な瞳は死に対するヒトの子の倫理観が通じず、ある種の摂理として処理される。

 それは、生と死を管理する神の子の視座であり、それを疑うことはない。或いは、それを否定することは己の存在意義の喪失であることを無意識の恐怖として植え付けられているのかもしれない。


『どの系譜だ?』


 龍人をみるうえで重要なのは、それがどの龍の血を引いているか。皇龍や龍王の直系ならそれだけでも危険であり、先祖返りの可能性を考慮したら手に余る。即刻、我が君の手に委ねるのが最適解である。それは、例え歴戦の天使であるシャルエルであっても同義であり、決して独断で処理できる案件ではないのだ。


『これは……ヴェリンガルっスね。他には……ルビリアスにケルガロスにヤヤーキーっスね。他にもたくさんいるっスけど、どれも特別な龍じゃないっスね』


『また懐かしい名前がでてきたな』


 精神感応越しに笑いつつ、シャルエルとリリナエルは当時を懐かしむ。嘗て魂の奪い合いを繰り広げた好敵手の存在。幾星霜が経過しても決して忘れられない彼らの存在は、二柱の心に淡い光を差す。


『だが、そいつらの系譜なら知らせる必要はないだろう。輪廻の系譜に送っておけばいい』


『了解っス』


 精神感応を切ろうとしたリリナエルをシャルエルは呼び止める。どうしたんスか、と警戒に問う彼女に対してシャルエルは真剣な声色で答える。


『アルピナがそろそろ来る。お前も戻って来い』


『承知っス。どうやら、フスもやられちゃったみたいなんで、アタシ達でどうにか頑張ってみるっスよ』


 頼りにしてるぞ、と背中を押すシャルエルの声に、リリナエルは微笑を浮かべる。神界へ送られたフサキエル達のために、彼女は覚悟と決意の炎を纏う。

 背後に侍る天使達に、爛漫な笑顔を振りまきつつ発破をかける。


「さあ、行くっスよ‼」


 赤褐色の瞳が陽光を受けて煌びやかな宝石箱の輝きを抱いていた。




【輝皇暦1657年6月10日 プレラハル王国カルス・アムラ古砦】


 薄汚れた石製の砦に太い蔦が幾重にも絡まり合い、崩れかけた壁面から深緑の香りが吹き込む。暗闇から複数の双眸が金色の睥睨を射す。聖力が周囲に漂い、一寸先が霞むかのような濃霧の中で薄気味悪い容貌を漂わせている。


「これが……?」


「カルス・アムラ古砦という。この要塞の最奥部に、地界と魔界を繋ぐ門戸が存在する」


 さて、とアルピナは腰に手を当てて砦を睥睨する。猫のような蒼眼が金色に染まり、滾る闘志が魔力となって周囲へ迸る。上がった後角の間隙からは純白の歯が覗き、猟奇的かつ可憐な相好を魅せる。


「随分遅くなってしまったが、漸く再会できそうだ」


 しかし……随分魔力が小さいな。……封印か? 君ほどの存在が敗北するとはな。或いは、やはり、とでも言うべきか……?


 心中で溜息を零すアルピナの瞳が僅かに曇る。どれだけ平静を装おうとも、積年の友情を前にそれを蔑ろにすることはできなかった。綯交にされる疑問と傷心が、彼女の魂に創をつけた。


「どうした、アルピナ?」


「こちらの話だ。君が気にすることではない。しかし、努々油断はするな。シャルエルは当然として、それ以外の天使も少なくともレスティエルと同程度の力を有している」


「ああ、精々死なない程度に頑張るさ」


 額に滲出する冷汗をそのままに、クオンは唾を飲み込む。腰に携えた遺剣が、天使の存在を知覚して龍脈を零す。握り締める拳に力がこもり、無意識に魔力が溢出する。琥珀色の双眸が燦然と輝いた。


「いい瞳だ。それなら大丈夫だろう」


 行こう、とアルピナは古砦の扉に手をかける。聖力で封をされた門戸が軋音を発し、部外者の侵入を防ぐ。滲出する聖力が、門戸に触れるアルピナの手掌を焼く。ヒリヒリ、と違和感をを与えるそれに彼女は舌打ちを零す。荒々しい歓迎はかつての大戦を思い起こさせるもので、脳裏に過ぎる種々の記憶と結びついて忌々しさを湧き起こす。


 まったく、あまりいい趣味とは言えないな。


 アルピナは、手掌を介して門戸に魔力を流し込む。そもそも、この砦は悪魔達が遥か昔に拵えたもので、内外問わず天使を阻むための罠が幾重にも張り巡らされていた。その主導権を強奪され、翻って悪魔を拒む門番と化しているのは彼女の心に憤りを齎す。

 魔力を強引に注ぎ込んで、アルピナは砦の支配権を僅かながら奪い返す。力業で行われるそれは、シャルエルの聖力を侵食する。

 そして、ものの数秒でアルピナは門戸の封を解除する。それから手を離した彼女は、自身の手掌を見る。一切の傷も汚れもない、綺麗な雪色の肌が瞳に映る。魔力の消耗もそれほどなく、改めて古砦に魔眼を向ける。


「ある程度の支配権は奪還したが、依然として古砦の大部分は天使の掌の上だ。彼らの権能で動く罠が多く残っているだろう」


「お前でも奪えないのか?」


「現状はな。最奥部まで行けばそれも可能だが、裏道がある訳でもない。幸い、構造は全て頭に中に入っている。危険に見舞う可能性はゼロだ」


 尤も、と彼女は笑う。横に並び立つクオンの肩に腕を置くと、上目遣いで彼を睥睨する。冷徹な瞳は、人命を数としてしか認識していない神の子の視座に染まったもの。


「中に潜む天使は健在だ。それだけは覚悟しておけ」


 アルピナは門戸を押し開ける。重く暗い扉は月日の経過を感じさせる軋音を轟かせ、闇の中に一筋の光を招き入れる。埃が舞い上がり、黴と苔の臭いが漂う。顔を顰めつつ徐に足を踏み入れる。一歩進むごとに甲高い靴音が反響して黒に溶ける。


「暗いな……」


 アルピナは指をパチンッ、と鳴らす。音と共に現れる光球が、彼女の視線に浮かびあがり闇を払う。そして彼女が指を一度曲げると、光球は視線を離れて視線の先に浮かぶ。


「これで満足か?」


 腰に手を当てて首をかしげる。自然なウィンクは、彼女の可憐な容姿を際立たせることに貢献する。瞳より濃い蒼がアクセントになった髪が揺れ、柔和な相好を殊更に彩る。

 すまんな、と呟くクオンの視線は彼女を一瞥する。そして、再び古砦の奥へと向き直った彼の瞳は光球に照らされて鮮明な琥珀色に輝いていた。

次回、第38話は11/4 21:00公開です

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