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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
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第368話:急行するルルシエ

 それに、神の子には読心術が備わっている。その為、そんな立場事情を抜きにしても、ある程度であれば簡単に汲み取れる。もっとも、神の子は互いに心が読める事を知っているが故に秘匿術を常時掛け続けている為、余程の事情が無い限りは基本的に心を読み取る事は難しいのだが。


『大丈夫、その辺の分別はちゃんとあるから。それよりセナも、アルバートの事はよろしくね』


 兎も角、だからこそ、ルルシエはセナの心配声に対して朗らかに言葉を返す。その声色も口調も、まるで不安や恐怖を感じさせず、それどころかある種の楽しみを見出しているまである。果たしてそんな調子で本当に大丈夫なのだろうか? あるいは、この危機的状況を把握出来ていないのではないだろうか? そんな疑問が思わず脳裏を過ぎる程には、その相好は明るいものだった。

 しかし、それは彼女の性格故のもの。決して、彼女が無能だという訳では無い。そもそも、彼女もまた悪魔なのだ。アルピナとはレインザード攻防戦以降の付き合いしか無いとはいえ、同じ悪魔としてアルピナの事は良く聞かされている。

 それに、同種族故の本能が今(なお)彼女の魂の深奥で激しい警鐘を鳴らしている。ちょっとでも気を抜けばたちまち魂ごと消滅させられてしまうだろう、とばかりに鳴るそれから少しでも気を紛らわせるべく、無理矢理にでも朗らかな態度振る舞いを捻出しなければならなかったのだ。

 そして、名残惜しさもそこそこに、ルルシエはセナ及びアルバートの影から離脱する。誰かの影から誰かの影へと音を立てず気配も零さず移動し、その姿を一切外部に露呈させる事無く彼女は王城の外へと真っ直ぐ向かうのだった。

 目的地はアルピナ。あるいは恐らく彼女を如何どうにか宥めようとしているであろうスクーデリア。何方どちらにせよ、どれだけ魔眼を凝らそうとも天魔の理の影響下では一切映らず、そもそもとして彼女の実力では仮令たとえ天魔の理を無視してもアルピナの魔力嵐に抗う事は出来無い。

 それでも、態々《わざわざ》探さずともその居場所は非常に分かり易かった。これだけの騒ぎを起こしてくれているからこそ、却って探す手間が省けるというのは何とも滑稽な話だった。だからこそ、素直に有り難く思う反面、如何どうしようも無い呆れの感情が溜息となって彼女の体外に零出するのだった。

 やがて、王城の外へと出られたルルシエは、漸くと言った具合に誰かの影から姿形を顕現させる。幸いにして城下町は完全な恐慌状態。突発的に影から姿形を顕現させても、その態度振る舞いに対して不審感を抱く者は一人もいなかった。

 さて、急がないと。アルピナ達は……あっちの方ね。

 ルルシエは、やや駆け足で地上を走る。彼女は、波の様に一体化した群衆と成って逃げ惑う人間達を掻き分けつつそれに逆らう様にして進むが、やはり流れに逆らって進むのは非常に困難。全く進めない訳では無いが、如何どうしても苦労を強いられてしまう。

 しかし、此処ここで空を飛んでしまえば魔王の一派として認識されてしまう事は必至。一応、その存在そのものは影に潜む事によって秘匿されているものの、それはあくまでもセナとアルバートが英雄として公的機関に従事している間だけ。私的な場面にいては地上に姿を顕現させている。だからこそ、認識阻害の魔法が機能しないこの状況下で自身の姿形を魔王として認識される事は、場合によってはセナとアルバートにも危害が及び兼ねなかった。故に、非常に苦しくはあるが、我慢して地上を走るしか無かった。

 もっとも、幸いにして、彼女の魂が保有する悪魔としての本質(まで)は魔力嵐の影響を受けていない。その為、姿形こそ人間のそれと全く以て同一だが、保有する力は今尚神の子相応に秀でていた。その為、多少の群集なら力で強引に掻き分けられるし、走力も人間レベルから大きく逸脱した程度が確保されていた。

 果たして幾ら空を飛んでいないとはいえそんな姿形乃至(ないし)態度振る舞いを曝け出しても良いものなのだろうか、という疑問が捻出されそうなものだが、しかしこの際そんな些細な差異は大した影響を及ぼさない。人間達は揃いも揃って我が事に執心している。

 その為、空を飛ぶなどという非現実的でありつ魔王の動向を投影出来る出来事ならいざ知らず、ただちょっと力が強かったり足が速かったりするだけの差異なら、気のせいだと断じて無視され得る。それに、こういう状況だからこそ本来の生活環境では到底出し得ない様な強い力が零出した可能性を疑う事だって出来る。何も問題は無かった。

 加えて、人間にとってはそれなりに広いと体感出来るこの王都も、悪魔的価値観に照らし合わせれば非常に狭い。一つの国程度の広さなら龍の都(タナーニィーン)と大差無い為にそこそこの広大さだと認識出来るが、しかし一つの町ならそれに満たない程度でしか無いという事。広いと感じる方が難しいまである。

 それに、悪魔が本来生息する魔界は、この星を内包する広大な宇宙空間を指し示す地界と同じ広さ。約10,000年前に生まれてからレインザード攻防戦に際して呼び出されるまで一度も魔界から出た事の無かった彼女からしてみれば、その傾向はそれなりに強くなる。

 だからこそ、人間が肉眼で捉えるには少々遠く感じる彼我の距離感も、しかし彼女からしてみれば決して遠く感じる様な距離感では無かった。何より、友人が何やら危機的状況に陥って想定外な騒ぎを起こしているのだ。駆け付ける事に厭う必要性は何処どこにも存在しなかった。

 そして、それからものの数十秒程して、ルルシエはアルピナ達のぐ近くにまで駆け付ける。周囲には人間(どころ)あらゆるヒトの子の姿形は確認出来ず、まさしく廃墟と呼ぶに相応しい寂れた光景が辺りに広がっていた。

 上空では、今(なお)アルピナが魔力嵐を放出させてスクーデリアと揉めており、そんなスクーデリアもまたアルピナを説得しようとあらゆる手段で以て試行錯誤を重ねている様だった。それを地上から眺めつつ、ルルシエは暫しの間思考に耽るのだった。

 果たして何が如何どうなっているのか? それはこの距離(まで)近付いても良く分からない。しかし唯一分かるのは、アルピナもスクーデリアも其々《それぞれ》背中から漆黒色の悪魔の翼を顕現させているという事。ルルシエも初めて見るそれは、アルピナが三対六枚でありスクーデリアが二対四枚。一枚一枚はいずれも彼女自身が持つそれと形状自体は全く以て同じだが、しかし不思議と神々しく感じられるものだった。

 しかし、今はそんな事に目を奪われている暇は無い。確かに、翼を顕現させているという事は即ち両者とも天魔の理から逸脱しているという事だが、そんな事は王城からでも認識出来る。今更それに驚く必要は無かった。

 そんな時、不意にルルシエは気付かされる。それは非常に分かり辛い微かな変化であり、それこそ王城にいた状態では気付かなかったであろう変化。しくは、魔眼が正常に機能していたら気付いただろうが、しかし魔眼が失調しているからこその仮定だった。

 その変化とは即ち、アルピナの魂から零出する魔力が形成するこの魔力嵐の強さ。いずれにせよ天魔の理から大きく逸脱した非常に強力な代物である事には変わりないものの、しかし如何どうやら極僅かに出力が落ち込んだ様だった。

 果たしてそれはアルピナの理性と本能のバランスが変化した為なのか? あるいは、あのアルピナとはいえども魔力の残量が低下してしまった為か? そんな事すら魔眼が使えないと把握出来無いというのは何とももどかしいものだが、しかし肌感覚とは言え魔力嵐の出力低下を認識出来たのは上出来だった。

次回、第369話は10/5公開予定です。

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