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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第4章:Inquisitores Haereticae Pravitatis
362/511

第362話:狼狽と困惑

第4章開幕!

【輝皇暦1657年7月20日 プレラハル王国:王都】



 魔獣被害が今(なお)続いている事はまるで感じさせない陽気な喧騒を絶えず奏で続けている王都の目抜き通り。そこには数えきれない程の人頭が巨大な群衆を形成し、一つの無秩序な集団と成って道を鮮やかに彩っている。

 そんな繁栄と栄光の結果をほしいままに享受する彼彼女らの合間を縫う様に、四人組の男女が肩を並べる様にして交ざる。その内三人は女であり、残る一人は男。一見して何処どこにでもいる様な普通の若い男女の様にしか見えない彼彼女らであり、まさか彼彼女らが実は人間ではないと気付ける者が果たしてどれだけいるだろうか。

 事実、彼彼女ら、即ち神の子の一角たる悪魔であるアルピナ、スクーデリア、クィクィ、ヴェネーノを見て、その正体が悪魔乃至(ないし)それを含む総称である神の子だと認識出来る者は誰もいなかった。誰も彼もが、その整った外見を前にして見惚れるだけでしかなかった。

 同時に、そんなアルピナ達もまたまさか自分達の正体が人間達に気付かれる筈が無いと確信した上で堂々と行動していた。もっとも、魔王である事を秘匿する為の認識阻害の魔法が掛けられている為、余程の事態にでもならない限り気付かれる恐れは絶対に有り得無いのだが。

 兎も角、彼彼女らは自身の正体が露呈する事でようやく始動する各種憂いを一切気に留める事無く、さながら人間になった積もりで町を堪能している。それこそ、あのアルピナでさえも打切棒ぶっきらぼうで傲慢な態度と冷徹な相好の背後でそれなりに楽しんでいる様だった。

 しかし、そんな彼彼女らだが、何も無為無策に散策している訳ではない。勿論、揃って迷子になっている訳でもない。これでも一応はクオン及び彼と行動を共にする事で王都を堪能している龍人のレイス及びナナと合流しようと思っているのだ。

 そもそも、龍人は公的にはプレラハル王国内に所属する人間という枠組みに存在している。しかし実態としては土地を一部共有しているだけの別種族という扱いであり、時と場所と次第によっては相互に自由な干渉が禁じられる事さえある。

 その為、本来であれば龍人の生息地であるカルス・アムラに人間が立ち入る事は少なく、逆に龍人がカルス・アムラ外の人間の生活圏に現れる事も珍しい。だからこそ、折角の機会という事もありクオンを潤滑剤としてレイスとナナは人間社会の中心である王都を堪能しているのだ。

 何より、レイスとナナは共に龍王アルフレッドの実子。詰まる所、人間に当てはめると王族に相当する身分。その為、今後は状況次第では人間と龍人が公的に交流する際の橋渡し役になる可能性が高く、それを想定した社会勉強も兼ねているのだ。

 そんな彼彼女らが果たして今何処(どこ)にいるのか。それはアルピナ達も把握していない。探そうと思えば魔眼を開くだけで直ぐにでも探せるし、なんならスクーデリアに至っては魔眼を閉じられない。その為、ちょっと意識を外に向けるだけで直ぐにでも手元にその所在を手繰り寄せられる。

 だからこそ、彼女らは大して焦る事も無く適当に気分を満たしながらのんびりと探していたのだ。確かに、ワインボルトの救出及びそれに伴う龍魂の欠片の回収を喫緊の目標としているのであればこんな悠長な事をしている暇は無い。しかし理論よりも感情を優先する性格の悪魔が二柱ふたりもいる手前、それが無駄な話なのは明らかな事だった。

 やがて、そんな感情を優先する性格の悪魔二柱(ふたり)の内の片方である悪魔公アルピナは、ようやくと言った具合に気持ちを切り替える。彼女は自身の魂から魔力を産出させると、それで猫の様に大きな蒼玉色サファイアブルーの瞳を静かに金色に染め替える。それは肉眼で映らない本質を見極める悪魔の瞳たる魔眼であり、王都の何処どこかにいるであろうクオンとレイスとナナの魂を仄かに浮かび上がらせる筈の力。


「ん?」


 しかし、何て事無い極自然な態度振る舞いで魔眼を発露させたアルピナだったが、その軽快な足取りは突如として止まってしまう。歩みに伴って自然に揺れていた肩の長さの濡羽色の髪も、漆黒色のロングコートも、同じく漆黒色のプリーツミニスカートの裾も、いずれもまるで凍り付いた様に茫然としてしまうのだった。

 だからこそ、これまで通り集団の流れに乗って自然と前へ歩んでいたスクーデリアとクィクィとヴェネーノは、そんな彼女の態度振る舞いに違和感を覚える。数歩後ろでこれまで見た事も無い様な鬼気迫る相好で俯く彼女に対して警戒と不安と不信を覚えた彼彼女らは、彼女にその真意を問い掛ける。


如何どうかしたの?」


 真っ先に声を掛けたのは、彼女と最も付き合いが長いスクーデリア。その付き合いは、この星の暦を基準にすれば数十億年もの長さ。共に草創の108柱に数えられる存在として、互いの事は細部にも秘部にも精通している。

 だが、そんな彼女でさえも、今(まさ)にアルピナが浮かべているあの相好には馴染みが無かった。それこそ、この数十億年の歴史で初めて目にすると言っても決して過言ではない程。むしろ、自信を持ってそう断言出来る程だった。

 だからこそ、最初は冗談半分で問い掛けた積もりの彼女だったが、直ぐ様その気持ちは捨て去る、あのアルピナがこれ程(まで)の深刻な相好を浮かべているのだ。決してただ事ではないと魂が警鐘を鳴らしてくれていた。

 また、その気持ちに至ったのは何もスクーデリアだけではない。精神感応テレパシーで情報を共有した訳では無いが、しかしクィクィもヴェネーノも揃ってスクーデリアと同じだけの不安を魂に抱いていた。そして、周囲の人間達が形成する集団としての流れを分断している事も厭わず、アルピナからの二の句を待つのだった。


「……クオンの魔力が見当たらない。魂の回廊も上手く機能していない」


 汗腺が無いにも関わらず、アルピナの額には汗が滲む。心臓の拍動が際限無く加速し、それに伴う様に呼吸が浅く速くなる。まるで心にポッカリ大きな穴が開けられた様な空虚な喪失感が全身を満たし、最早何が何やらサッパリ分からなくなってしまっていた。

 そして、そんな彼女の言葉に釣られる様に、スクーデリアは不閉の魔眼を周囲へ向け、クィクィとヴェネーノもまた其々《それぞれ》魔眼を開いてスクーデリアと同じ様に周囲一帯を隈無く探知する。勿論、決してアルピナの言葉を疑っている訳では無い。まさかそんな事がある筈が無い、という希望的観測に基づく拒絶意思と、まさかそんな事があって欲しくない、という願望に基づく行動だった。

 しかし、ヴェネーノの魔眼にも、それを上回るクィクィの魔眼にも、更にはアルピナの魔眼をも上回るスクーデリアの不閉の魔眼にも、クオンの魂は映らない。彼だけでは無く、彼が持ち運んでいるジルニアの龍魂の欠片及び遺剣もまた同様に観測出来無かった。

 その結果を受けて、スクーデリアもクィクィもヴェネーノも其々《それぞれ》その深刻さを改めて強く実感する。また、アルピナが言っていた、魂の回廊が上手く機能していない、という言葉の真相を確かめるべく其々《それぞれ》自身とクオンとの間に契約によって形成された魂の回廊——ヴェネーノも先日スクーデリア及びクィクィの様にクオンと契約を交わしていた——を確認するが、それもまた同様に何時いつの間にか遮断されている事を知覚するのだった。


「本当だ。でも何で急に……?」


 ヴェネーノは誰に問う訳でも無く独り言ちる。決して正しい回答が返ってくるとは思っていなかった。まさかその理由を知っていたら此処ここまで彼女が狼狽する筈が無い事くらいは彼でも分かる、だが、こうして言葉にして表さないと落ち着かないくらい、彼もまたそれなりに困惑していたのだ。

次回、第363話は9/27公開予定です。

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