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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第361話:悪魔達の茶会Ⅲ-④

 故に、アルピナはスクーデリアの言葉に対してぐには答えない。あるいは、答えられないと形容すべきだろうか? いずれにせよ、彼女は静かに大きく息を吐き零しながら、窓越しの人間達が織り成す日常を眺めていた。

 果たして彼女が何を考えているのか? その見えない相好の奥には果たして何を宿しているというのだろうか? それは、席を同じくするスクーデリアにもクィクィにもヴェネーノにも理解されない。彼彼女らが認識出来る領域よりも更に深部に位置する彼女固有の深層心理の中で、その思考は孤独に静謐に完結されるのだった。

 やがて、彼女は窓の向こうから視線を戻すと、改めて紅茶に口を付ける。微かな温かさが残存するそれは彼女の口腔と鼻腔を仄かに満たし、複雑で込み入った感情を安らかに解してくれる様だった。だからこそ、それに心落ち着かせた彼女はおもむろに口を開く。


「……あぁ、そうだな。確かにあの子についてワタシ以上に詳しい者はいないだろう。それこそ、我々を創造したかみにだって理解されているとは思っていない。しかし、それはあの子も同様。ワタシがあの子を理解しているのと同じくあの子もまたワタシを理解している。いや、隠し事が秘められている以上、あの子のワタシに対する理解の方がその反対をも上回る事は確実だ」


 それでも、とアルピナはもう一度息を吐き零す。両手両足を其々《それぞれ》組み、雪色の大腿がテーブルの下で年頃の少女らしい扇情的香りを醸し出す。また、猫の様に大きくやや吊り上がった蒼玉色サファイアブルーの瞳もまた燦然と輝き、彼女がその内奥に秘めた決意を体外に見せつける。


「少しずつだが終わりは見えている。立場上、余り長い戦いは互いに望んでいないからな。多少の面倒は残るが、だからこそこの好機は逃すべきではないだろう」


如何どうやら、一番の問題は杞憂だった様ね」


 ふふっ、とスクーデリアは安心した様に微笑む。消せない金色の不閉の魔眼は狼の様な妖艶さを携えたままに気品ある輝きを放ち、その美麗な風貌も相まって心惑わされる艶やかしさを感じさせる。それこそ、同性()つそういった欲を持たない神の子の筈のアルピナですら瞬間的にたじろいでしまう。

 しかし、アルピナはスクーデリアの言いたい事の真意がぐには理解出来無かった。決して貶そうという意思は含んでいない事だけは確信出来るが、言い換えればそれしか分からなかった。果たして何が問題であり何が杞憂で済んだのか、その本心に心当たりが無かったのだ。


「何の話だ?」


 だからこそ、アルピナは素直に彼女に対して問い掛ける。如何どうしても気になってしょうがない訳では無いものの、無視するのは少々難しい塩梅。結果が如何どう転ぼうともただの雑談の範囲でしかない為に今後に影響する事は到底有り得ないが、しかし同時に何か重要な見落としをしている様な気もしたのだった。

 しかし、そんな彼女の問い掛けに答えたのはスクーデリアでは無くクィクィだった。彼女はその子供っぽいが意見を存分に活かす様な稚く明朗快活な笑顔を浮かべ、彼女の問い掛けに笑い声を零す。一切の悪意が込められていないそれは決して他者を不快にさせる事は無く、むしろ心に燻るもどかしさのもやを微かに軽減させてくれるのだった。


「え~っ、だ分からないの、アルピナお姉ちゃん? だってアルピナお姉ちゃんとセツナお姉ちゃんって——」


 そう言い掛けた所で、彼女の声は途切れる。いや、抑え込まれたと表現した方が正しいだろう。実際、彼女の声を遮断して上塗りする様にアルピナが言葉を被せてきたのだ。これ以上の発言は許さない、とばかりの鬼気迫る彼女の威圧感で以て糊塗されるその場の空気感に、クィクィは口を閉じざるを得なかったのだ。


「あぁ一体君達が何を言いたいのかと思ったら、成る程そういう話か。確かに、ワタシとあの子の関係性を知っている者ならば、その過程に至るのも不思議ではない。何より、君達二柱(ふたり)は取り分けてワタシ達に近しい間柄。そう考えてしまうのも無理無い話だろう」


 ハハハッ、と豪快さと可憐さが両立する笑い声を上げつつ、アルピナはようやく理解したとばかりに納得する。しかし同時にその余りの荒唐無稽さに対しての笑いが込み上げ、結果的にそれらの感情が入り混じった奇妙な笑い声へと変換されたのだった。

 だが、そんな笑いは大した時間も保たなかった。それから程無くして、アルピナは突然人格が変わってしまったかの様に普段の冷徹さと傲慢さが滲出する相好を取り戻す。そして、魂からは怒情に似ているとも似つかない独特な覇気を溢出させるのだった。


「しかし、まさかそんな事を思われていたのは心外だな。君達はワタシ達を何時いつから見ている? まさか今更情に流されて曖昧な結末で妥協する筈が無いだろう?」


 やれやれ、とばかりに溜息を零しつつ、アルピナの視線はスクーデリアとクィクィの魂を見据える。一触触発とまではいかないものの、しかし決して安堵出来無い距離感である事は確実。だからこそ、その輪に入れず蚊帳の外状態に置かれているヴェネーノは、困惑の顔色を浮かべて彼女らを交互に見つめる事しか出来無かった。

 もっとも、ヴェネーノも彼女らの言っている事の意味が分からないという訳では無い。同じ悪魔としてそれなりに長い時間を共に過ごし、途中からとはいえ神龍大戦やその前後の小競り合いにも関与している。勿論、その原因についても聞き及んでいる。

 だからこそ余計に、彼は彼女ら両者の言いたい事の真意が良く理解出来てしまう。そうして同時に、自身が蚊帳の外に置かれてしまう理由についても納得してしまう。故に、彼は敢えて口を挟む事無く静かに事の成り行きを見守るのだった。


「ホントかなぁ? だってこの間だって神界しんかいで会って話したんでしょ?」


 そんな彼の心中を余所に、クィクィはアルピナの言葉に対して反論を加える。とは言っても、決して彼女を信頼していないからこそそうやって否定するのではない。むしろ彼女の事を誰よりも強く信頼しているからこそ、えて遊び半分本心半分で否定の言葉を並べ立てているに過ぎないのだ。

 そしてアルピナもまたそんな彼女の真意は大体分かり切っている。何と言っても数億年単位で共に生きているのだ。今更その程度の事に騙される程彼女と向き合ってこなかった訳では無い。それでも、半分本気で反論してきている事は分かり切っていた為、えてその気持ちに答えようとする。

 しかし、そんな彼女の反論より先に口を開いたのはスクーデリアだった。彼女は此処ここが人間の町の公共の店内という事を改めて実感させる様に、あるいはこれ以上の不毛な言い争いは泥濘に陥るだけな事を知っているかの様に、彼女らの議論に終止符を打つ。


「その辺りにしておきなさい、二柱ふたりとも。それに、大丈夫よクィクィ。今更そんな心配しなくたって、もう何年も前から二柱ふたりとも互いに覚悟は決めているみたいだから」


 そうでしょう?、とスクーデリアは問い掛ける。そしてそれに対してアルピナは、えて言葉に出す事無く微笑を浮かべる事でその問い掛けに答える。最早言語化する必要も無い、とでも言いたげなそれは、アルピナのスクーデリアに対する信頼の表れ。互いの事を誰よりも尊敬しているからこそ出来る芸当だった。


「さて、そろそろ休憩も終わりにするとしよう」


 だからこそ、アルピナは適当に話を切り上げて席を立つ。やや強引な気がしないでも無いが、しかし彼女にとって一番大切なのはジルニアの存在。つまり、彼の魂の欠片と肉体が変質した遺剣を持つクオンが最優先。決して表には出さないが、内心としては早く彼に会いたかったのだ。

 そして、言われずとも見られずともそれを嫌という程実感しているスクーデリアとクィクィとヴェネーノは、彼女の言葉に黙って従う様に彼女に付いて行く。まるで娘の我儘を聞く親の様な心情を其々《それぞれ》心に宿し、彼彼女ら四柱よにんの悪魔は、改めて人間社会に混ざるのだった。

次回、第362話は9/26公開予定です。

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