第360話:悪魔達の茶会Ⅲ-③
だからこそ、ヴェネーノは如何反応したら良いか分からずに只困惑の相好を浮かべる事しか出来無かった。というのも、一見して一色触発の競り合いの様にも感じられる雰囲気を纏うアルピナとスクーデリアだが、しかし昔から変わらない戯れ合いの様にも感じさせてくれるのだ。
故に、最早相手にするのも面倒にしかならない、とばかりに傍観者に徹するべきなのか、将又話題の当事者として何らかの反応を示すべきなのかの選択に迫られるのだった。果たして何方を選んでも面倒な結末が訪れそうな気がしてならず、だからこそ余計に呆れ果ててしまう。
実際、クィクィは完全に呆れ果てていた。頬杖を突いてストローを噛み乍ら、今尚軽快な遣り取りを続けるアルピナとスクーデリアを冷めた眼差しで静かに見据えるだけだったのだ。面倒臭いなぁ、と言外に含む態度振る舞いは、しかし何処と無くその外見に相応しいあどけなさが残っている様だった。
しかし、そんな冷めた眼差しを向ける彼女だが、何処かこの状況を楽しんでいる矛盾した素振りも微かに滲ませている。それは、今より遥か昔の記憶に基づくもの。この星の暦を基準にして数千万処か数億年前へと遡る事にして漸く得られる、詰まる所神龍大戦が勃発する以前の平和な時代を懐かしむ様な素振りだった。
実際、あの当時はこうしてくだらない遣り取りで喜怒哀楽に花咲かせていたものだ。勿論、第一次神龍大戦と第二次神龍大戦の戦間期も同程度の平和的遣り取りを交わしていたが、それよりも何故か昔の方を思い出してしまった。
だからこそ、クィクィはそんな冷めた眼差しの中に微かな喜びを見出していた。少しずつだが以前の様な平和な時が取り戻されつつある事を実感し、もう少しの辛抱で漸く待ちに待った平和が取り戻されるであろう事を夢見るのだった。
「ねぇねぇ、アルピナお姉ちゃんもスクーデリアお姉ちゃんも。ちょっと聞きたいんだけどさ、これから如何する予定なの?」
そして、漸く痺れを切らした様に口を開いたのもまた他でも無いクィクィだった。やはり、ヴェネーノ如きではアルピナとスクーデリアの会話に割って入るのは難しかった様だ。幾ら悪魔という種が性格的に立場階級に左右されない関係性を構築しているとは雖も、本質的且つ潜在的な上下格差には抗い切れなかったのだ。
だからこそ、昔の誼で対等な関係を維持出来るクィクィだけは、そんな二柱の遣り取りを強引に諫める事が出来たのだ。また何より、アルピナはクィクィに頭が上がらず、スクーデリアはクィクィに対して非常に甘い。だからこそ、彼女の言葉に対して二柱は直ぐ様反応を示すのだった。
「当座の目標はワインボルトの救出とそれに伴う龍魂の欠片の回収だ。……あぁ、そういえばヴェネーノ、君が回収した龍魂の欠片だが、あれはクオンに渡したか?」
「うん、王都の帰還した日の夜に渡しておいたよ。でも良かったの、渡しても? 龍魂の欠片も遺剣も、アルピナにとっては僕達の命より大切なものでしょ?」
グラスに注がれたジュースを飲みつつ、ヴェネーノはアルピナに問い掛ける。色々と慌ただしくしていた為に余り情報を精査出来ておらず、だからこそあのクオンという人間をアルピナが異様な迄に信頼し執心している訳が気になって敵わなかったのだ。
「そう言えば、君には未だ伝えていなかったか。しかし、態々《わざわざ》ワタシから語らずとも、君の魔眼で見通してみると良い。あれは聖眼を欺くが魔眼と龍眼は受け入れる。君程度の精度でも容易に観測出来る筈だ」
アルピナは蒼玉色の瞳を金色の魔眼に染め替えつつ、その視線を王都の何処かにいるクオンの方へと向ける。如何やら彼は現在、レイス及びナナと共に王都の中を気儘に観光している様だ。憖龍人は人間社会に関与する機会が乏しい為、中々如何して楽し気な時間を過ごしている様だった。
同時に、ヴェネーノもまたアルピナの視線に倣う様に魔眼を構築してクオンの魂を捉える。ノイズとなる人間の魂が多く映るが、しかし同じ人間でも魔力と龍脈を宿す人間の魂は一つしかない。だからこそ、発見は非常に容易だった。何より、先日の邂逅で既に魂の波長は記憶している。その為、何の苦労も存在する筈が無かった。
「見通してみろとは言われても、クオン君の魂は何処から如何見ても人間の魂なんだから……あぁ、成る程ね」
果たしてヴェネーノは何を知覚出来たのか。それは、観測した当事者並びにその他悪魔達にしか分からない裏事情。それこそ、クオン自身でさえ自覚していない彼の魂に宿された秘密の種。アルピナが命より大切な龍魂の欠片と遺剣を彼に託す理由が、そこには秘められているのだ。
「理解出来たのなら最早説明は不要だろう? 兎も角、その為にもワインボルトの救出とそれに伴う龍魂の欠片の回収は必須だ。何より、セツナエルも如何やら龍魂の欠片を狙っている。今回の一連の事件も、龍魂の欠片を君達から強奪する事を目的に計画及び実行された事だ。だからこそ、可能な限り急ぐ必要に迫られている」
両手両足を其々《それぞれ》組み、蒼玉色に染め戻された瞳でスクーデリアとクィクィとヴェネーノを其々《それぞれ》一瞥しつつアルピナは静かに言葉を紡いだ。心の片隅には微かな焦りの色香が見え隠れし、それが冷たく傲慢な威圧感となって彼女の全身から滲出している。
「そうね。だとしたら、クオンの心身と魂が回復次第動くとしましょう。ワインボルトは何処を根城にしていたかしら?」
「昨日クオン君から地図を見せてもらったけど、ボルトの拠点はギリギリこの国の東端だったかな? 人間の足並みだったらそれなりに時間は掛かりそうだけど、僕達だったら直ぐ行ける距離なのは確実だよ」
昨日の記憶を引っ張り出し乍ら、ヴェネーノは思い出す様に話す。幸いにしてスクーデリアの様に数千年も封印されていた訳では無く、曲がりなりにも人間としてこの社会情勢を生き抜いてきたのだ。何だかんだ言って人間社会には適応出来ていた。
そして、そんな彼の言葉を受けてアルピナは再度金色の魔眼を発露させると国の東端へと視線を向ける。ティーカップを静かに口元へ運び、何やら考え事をしているかの様に、静かに魔眼を凝らしてゆく。尤も、アルピナにとってこの国の領土は非常に狭い。蒼穹やそれに付随する各世界を渡り歩く立場上、この程度を観察するのに大した時間は必要無かった。
「……如何やら、ワインボルトの魂は観測出来無い様だ」
「ってことは、そこにいないかヴェネーノみたいに何か対策されてるって事だよね? 面倒だなぁ」
アルピナからの回答を受けて、クィクィは率直な感想を漏らす。それは、幼気な子供の様に感情的な彼女だからこそ言語化された思い。当然の様に、アルピナもスクーデリアもヴェネーノも言葉にしなかっただけで彼女と同じ様な思いを抱いていた。
「兎も角、いるのかいないのかすら定かでは無い以上、行ってみるしか無いだろう。やれやれ、何故天使如きのお陰でこうも振り回される必要があるのだろうか?」
「仕方無いわよ。雑多な子達なら兎も角、一連の背後にはセツナエルがいるもの。あの子の強さは、他でも無い貴女が一番良く分かっているでしょう、アルピナ?」
椅子に座っていて尚上から見下ろす格好となっているスクーデリアは、狼の様に鋭利な不閉の魔眼でアルピナの魂を穿つ。常人ならそれだけで心が破壊されてしまいそうな冷たさを前にして、アルピナでさえも汗腺を持たないにも関わらず冷や汗を滲ませていた。




