表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
36/511

第36話:傲慢の落胤

「アルピナ」


 クオンの呼びかけに応じる様に、彼女は巨木から飛び降りる。そして、暴れ狂うレスティエルの魂を魔力で包み込むと死した肉体に封じ込める。彼女の導きにより、それは神界へと送られる。その場には渇血だけが残され、鉄の臭いが周囲に漂っていた。


「上出来だ、クオン」


 その場に倒れ込むクオンを、アルピナは上から覗き込む。黒い影となった彼女をクオンは無言で見つめる。

 逆光に隠された彼女の相好はよくわからない。それでも、決して悪い顔ではないということだけは理解できる。ただ、その詳細な心理情景までは読み取れなかった。


「ハァ……ハァ……勝ったのか?」


「ああ、ヒトの子の身でありながらあれだけの天使を斃すとは。やはり、ワタシの目に狂いはなかったようだ」


 驚嘆と感心の瞳で見つめる彼女は愛くるしい相好で彼の胸に魔法陣を描く。指を鳴らすと、それを介して彼女の魔力がクオンに注がれる。瞬く間に塞がれる傷口は血を洗い去り、消耗した体力と魔力が補充される。身体が軽くなったクオンは徐に身体を起こしつつ、改めてアルピナを見る。


「ありがとう。だが、あれはお前から預かった魔力と遺剣のおかげだ。俺の力とは言い難い」


「それは真でもあり偽でもあるな。事実、君が天使を相手に渡り合えたのはそれのおかげだ。しかし、それを使いこなしているのはあくまでも君自身の力だ」


 良薬転じて毒にもなる。それと同じく、どれだけ優れた道具でも使いどころを誤れば鈍らとなる。或いは、それを使う人材によっては人々の生活を底上げする道具になれば命を奪う凶器にもなる。魔力や遺剣が優れているのもあるが、何よりクオンがそれを使っているからこそこれだけの成果が生まれているのだ。


「……そうだといいがな」


「自信を持てばいい。暫く他の人間と関わる機会が減って自身の実力に迷いが生じているだろうが、今の君はこの国に生きるどの人間よりも強いだろう」


 確約はしてくれないんだな、とクオンは静かに笑う。その瞳は緊張の糸が解けた柔和なもので、彼女の存在に心を許している何よりもの証左でもあった。


「ワタシの知らない所で、天使や悪魔が人間に手を貸している可能性が捨てきれないからな」


 さて、とアルピナは余裕と好奇心に満ちた冷酷な微笑を浮かべる。


「そろそろ先へ行くとしよう。シャルエルがワタシ達を待ち望んでいる」


 クオンは立ち上がり、遺剣を異空収納へしまう。そして、アルピナの横について森の奥に聳える建造物へと足を進めるのだった。



 時を同じくして、深緑の大森林を無数の兵が疾走する。神の子の力を受け継ぎ、天と魔の力を露わにする龍の瞳を宿した彼ら龍人は、たった一人の王子を探して森の奥深くまで侵入する。

 手にした種々の武器は銀色に輝き、件の首謀者の血を求めて戦いの香りを迸らせていた。


「龍王様」


 髭を蓄えた賢老の前に首を垂れるのは一人の龍人。名はバレンシア。龍人の平和を約束する龍兵の長を務める男は、恭謙な態度で言を発す。


「この先に強い力を観測致しました。昨日の悪魔とはまた異なるようですが、いずれもかなりの強者のようです。いかがされますか?」


 ふむ、と鬚を撫でる龍王アルフレッドは鷹揚な態度と口調を崩すことなく呟く。しかし、その視線は眼下に広がる毒沼を憂う瞳で睨んでいた。


「悪魔ではない。……ともすれば天使か? 実害がない間は放っておけばよい。尤も、この毒については追々問いたださねばならないだろうがな」


「畏まりました」


 再度頭を下げるバレンシアは、そう呟きつつ先遣に伝令を飛ばした。その時、近くの草木が揺音を発する。不意に届くその音に、バレンシアは警戒の糸を張りつめて振り向く。携えた武器に手を伸ばし、その音の主を探す。


「おっ、いたいた。フスには悪いっスけど、ウチが勝ちっスね」


 そこにいたのは一人の少女。子どものような屈託のない笑顔で龍人たちを一瞥する彼女は、背中に一対二枚の翼を羽ばたかせる。赤褐色の髪がフワリと揺れ、それと同色の瞳が快活に輝く。彼女の周囲には、同様に姿をした老若男女様々な天使が並んでいた。


「翼……天使か?」


「おおっ、知ってるっスか? なら話は早いっス。アルピナ公が来るまで遊んで来いってシャルエル様に言われたんで、文字通り遊ばせてもらうっスね」


 彼女の手掌に、彼女の体内を環流する聖力が集約される。そして、その手掌を暁闇色に輝かせながら徐に歩み寄る。

 一見無防備に見える彼女の佇まいに、龍人兵達は恐怖する。それぞれが、携帯する武器を抜き放って歩み寄る神の子と対峙する。


「龍王様、ここは我等に任せ一度お逃げください‼」


 龍王ことアルフレッドは逡巡する。眼前に広がる光景に映り込む天使がただ者ではない事は肌全体で理解している。しかし、龍王の名を冠する者がそう簡単に退くわけにはならない矜持があるのもまた事実。それでも、一種族を束ねる領袖として君臨する為には命あってこそでもあるのだ。

 刹那の、しかし無限に長くも感じる思考の時間をかけた末に龍王は口を開く。


「……うむ。だが、決して死ぬでない。生きてカルス・アムラまで帰還せよ」


 アルフレッドは、側近と一部兵を率いて森の奥へ後退する。その背中は大きくも、しかし同時に非常に小さく弱々しく見えるものだった。


「あっ、逃げるっスか?」


「待てッ‼ 龍王様に手を出すことは許さん。どうしてもであれば我等を斃してから行けッ‼」


 恐怖を超克する威勢で咆えるバレンシアは、殿を務める多数の龍兵達とともに剣を構える。それは、死への覚悟を滾らせた生の渇望に染まった瞳だった。しかし、そんな覚悟を軽視するようにリリナエルは軽快に答える。


「まあ、逃げた敵に執着するほどウチもバカじゃないっス。それより、どうするっスか? あんた達じゃ、ウチ等には手も足も出ないっスよ」


「たとえそうであったとしても、我等は我等の職務を全うするまでのこと。時間稼ぎ程度の役には立つ」


「へー、献身的っスね」


 猫のように嗤笑するリリナエルは、指を数度曲げて挑発する。幼子が新しい玩具を与えられたような相好からは善悪の概念が見えない。純粋な享楽の果てにある生と死を前に、彼女の倫理は通用しないのだ。


「さて、どこからでもかかってくるっスよ。あたし達天使が、あんた達“傲慢の落胤”に稽古をつけてあげるっス」


「舐めるなッ‼」


 バレンシア達は一斉に挑みかかる。決死の相好を顔面に張付し、死の恐怖を超克した魂は燦然と輝く。しかし、例え龍の血を引く彼らであろうとも所詮はヒトの子レベル。傲慢の落胤と称されようとも、その身体能力は人間を僅かに上回る程度。それが人間や龍人の視点から見れば驚異的な差かもしれないが、天使という神の子の視点から見れば誤差の範疇に収まる程度。どれだけ苦労や工夫を重ねようとも、全ては児戯として片付けられてしまうのだ。

 つまり、彼らの努力や覚悟はこの場において完全に無駄となる。

 そもそも、天使側としてみれば態々正面切って戦う必要すらないのである。遠くから聖法を打ち込むなり、超速で襲撃して脳がそれを認識する前に全て終わらせるなり。やり方は幾らでもある。それを、敢えて接近を気付かせてまで戦うというのは全て遊びだからである。

 バレンシアがどれだけ剣を振ろうとも、他の龍人兵達がどれだけ集団で結束しようとも全ては否定される。神の子とヒトの子、天使と龍人、魂の管理者と被管理者、生命としての上位者と下位者。生を受けた時点で決定づけられた差の前に、彼らは全てを失うのだ。

 ここから先は、蹂躙の二字に尽きるものだった。リリナエル達天使は、龍人を文字通り玩具として遇らう。まるで、無邪気な子供が小さな虫を弄ぶように龍人は彼女らの掌の上から逃げ出せない。一切合切が無駄として吐き捨てられ、虚しく土をつけられる。

次回、第37話は11/3 21:00に公開です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ