第358話:悪魔達の茶会Ⅲ
【輝皇暦1657年7月20日 プレラハル王国:王都】
予てより頭を悩まされていた魔獣による人間の生活圏への侵害が今尚続き、そこへ新たに魔王による人類文明存続の危機が積み重なる昨今の情勢。しかし、それを忘れさせてくれるかの如き長閑で陽気な一時を此処に暮らす民草達は奏でてくれる。
果たして、現状彼彼女らが置かれているその危機的状況の際どさを本当に理解出来ているのかは、その平和的態度振る舞いを見れば何とも疑問に思わせてくれる。それこそ、これっぽっちも理解出来ていない可能性だって有り得る。
しかし、実際の所、そこ迄深刻に実感出来ていないのだろう。英雄という名称に釣られて訳も分からず持て囃しているだけの、所謂上っ面の熱狂を楽しんでいるだけのハリボテに過ぎないのだ。それこそ、野次馬根性より質の悪い、世論に流されるだけの傀儡人形でしか無いのだ。
そんな人間達が織り成す無知と能天気に塗れた平和的熱狂の中を、四人組の男女が歩いている。性別比は男が一人で女が三人。男の方は栗色の髪を短く切り揃えた長身であり、外見年齢は20代後半から30代前半といった所。決して若くも年老いてもいない、丁度働き盛りな年頃と言った所だろう。
対して、女性の方はかなりのバラツキがみられる。三人のうち一人はその男と同じく20代後半程度の外見年齢を抱く長身長髪の美女であり、宛ら大貴族の令嬢の様な雰囲気すら醸し出している。対して残りの二人は一見して子供と見間違えてしまい兼ねない程に小柄で稚い顔立ちをしており、一人は10代半ば、もう一人は10代後半の様な印象を感じさせてくれる。
そんな彼彼女は、同じく大路を歩む人間達の群衆に交ざり込む様にして歩みを続ける。その姿形及び態度振る舞いは、何処から如何見ても人間にしか見えない。それこそ、彼彼女らが実は人間では無い、と知らされたとしたら、果たしてこの場にいるどれだけの者達がそれを素直に受け入れられるだろうか。
恐らく、誰一人として不可能だろう。実際、彼彼女らの姿形は人間とは何一つ変わらない。精々差異を上げてみるとすれば、少々髪や瞳の色が多種多様でカラフルなだけだろう。それを除けば、何もしていない限りは人間と見分けが付かないのだ。
そして、そうして上手く人間達が形成する群衆に紛れ込み乍ら、アルピナとスクーデリアとクィクィとヴェネーノは、王都の熱狂を堪能する。悪魔という特別な立場で生まれ育った彼彼女らからしてみれば、人間達が織り成す俗世間的な熱狂はそれなりに面白く楽しめるのだ。
それこそ、クィクィに至ってはその傾向が尚の事だった。正面から見ればザンバラなショートカットに見えつつも後髪を細く長いアンダーポニーテールに纏めた緋黄色の髪を、その足取りに合わせて踊り子の様に跳ねさせ乍ら、彼女は人間社会をこれでもかという程に堪能していた。
また、柔らなウェーブを描きつつ腰に至る鈍色の長髪を優雅に靡かせ乍ら、スクーデリアもまた彼女について回って一緒に楽しんでいる様だった。そして、そんな二柱の数歩後ろを、ヴェネーノ及びアルピナが静かに付いて行くのだった。
そんな彼彼女らの姿は、人間達の目には非常に映える。というのも、彼彼女らは悪魔という余り聞いていて良い印象を感じない種族として生を受けているとは思えない程に穏やかなのだ。その上、アルピナもスクーデリアもクィクィもヴェネーノも、系統こそ異なれども揃ってかなりの美男美女乃至美少女。すれ違えば思わず振り向かずにはいられない程の魅力を、其々《それぞれ》内包しているのだ。
一方、そんな人間達の劣情など露と知る事無く、彼彼女らは其々《それぞれ》思い思いに人間社会を楽しむ。果たしてどれだけ楽しんだのかは彼彼女ら自身そこ迄気にしていない。しかし、先日迄の戦いの疲れを癒すには丁度良い息抜きになったのだ。
尚、彼彼女らは何れも魔王としてその存在は周知されている。果たして人間達がその存在を何処迄危険視しているのかは定かでは無いが、しかし眼前にその存在が現れればどんな低能でも驚かずにはいられない。
しかし、彼彼女らの正体に気付く者は誰もいない。それこそ、まるで魔王などという存在が初めから存在していないのではないか、と錯覚してしまいたくなる程にはその存在に恐怖の色を示していなかった。
その理由は単純にその認識を阻害している為。彼彼女ら魔王を真に魔王だと強く認識すればする程、その認識がより強く改竄される様な魔法が張り巡らされているのだ。そのお陰によって、誰一人として彼彼女らの正体を正確に認識出来無いのだ。
そうした背景により、彼彼女らは思うが儘に人間社会を堪能出来たのだ。それこそ、これ迄様々な原因因子により出来無かった鬱憤を晴らすかの様に、其々《それぞれ》が其々《それぞれ》の想いを発散するのだった。それこそ、ヒトの子には基本的に不干渉なアルピナでさえも、何処と無く楽しそうな相好を浮かべている程だった。
軈て、それなりに人間社会の喧騒を堪能出来たのだろうか、彼彼女らは大路に面してとある喫茶店に足を踏み入れる。そこはスクーデリアを救出した後もクィクィを救出した後も同様に悪魔種だけで集まっていた、恒例行事の場だった。
「改めて、久し振りだな、ヴェネーノ」
「そうだね。久し振り、アルピナ」
テーブルを介して向かい合う様に座るアルピナとヴェネーノは、其々《それぞれ》再会を言祝ぐ様に言葉を紡ぐ。何方も淡々とした物言いであり、取り分けアルピナに至っては感情すら上手く読み取れない。果たして本当に喜んでいるのか甚だ疑問だが、しかし当人達はその背後心理も全て分かり切っている為、今更兎や角言う事は無かった。
尚、喫茶店という事もあり、彼彼女らの前には其々《それぞれ》飲食物が並べられている。アルピナとスクーデリアの前には温かな紅茶が添えられ、クィクィとヴェネーノの前には冷たいジュースが並べられていた。ヴェネーノとしては本当はお酒が良かったそうだが、しかし喫茶店で酒の望むのは野暮だし抑置いてなかった為に仕方無い選択だった。
また、テーブルの中央には様々な焼き菓子が綺麗に並べられており、見るだけでも十分過ぎる美しさだった。尤も、悪魔は人間と異なり食欲を持たない事もあり、幾らそれを見てもお腹がすく事は無いし食べてもお腹が満たされる事は決してない。あくまでも行為として飲食が可能なだけに過ぎないのだ。
兎も角、それでも彼彼女らは適当な談笑を交わしつつ其々《それぞれ》飲食を嗜む。何れも神の子という事もあって人間社会の礼儀作法程度は全て頭に入っている。だからこそ、その態度振る舞いは店を同じくしている者達の視線を釘付けにするのに一役買うのだった。
それこそ、その光景を適当に切り取れば芸術作品として十分な役割を熟せられると太鼓判を押せる程。果たして彼彼女らがそれを望むとは決して思えないが、少なくとも彼彼女らを目撃する人間達の評価としてはそれで一致している様だった。
「それにしても、随分と酷い目に遭ってたんだね」
ジュースの入ったグラスを両手で持ちつつ、クィクィはヴェネーノに対して呟く。それは、バルエルの天羽の楔によって囚われたヴェネーノがこれ迄送っていた悲惨な生活に対する率直な感想であり、基本的に他者に対して残酷か無関心を貫く彼女にしては珍しい反応だった。
それはつまり、それ程迄にヴェネーノがこれ迄送ってきた生活が余りにも過酷だったという事。それこそ、クィクィが音を上げる程の過酷な生活であり、だからこそ彼女はヴェネーノに対して真っ当な評価を下す事となったのだ。
第358話:悪魔達の茶会Ⅲ




