第356話:情報整理
「はい。皆さんのお陰で、私達龍人一同、無事に過ごせています」
極自然な笑顔で、ナナはスクーデリアの問い掛けに答える。決して緊張感も恐怖も不安も無く、まるで同種族同世代の友人と和やかな団欒の輪を築いているかの様だった。憖、両者の間には外見的な年齢差が非常に大きい事もあり、その様は非常に物珍しい光景だった。
その言葉が聞けて安心ね、とスクーデリアはナナの言葉に対して微笑み返す。それは、果たして本当に彼女は悪魔なのだろうか、と疑ってしまいたくなる様な気品ある態度振る舞い。そこには、普段日頃の彼女が携えている狼の様に鋭く氷の女王の様に冷たい眼差しは一欠片たりとも含まれていなかった。
「所で、二人は何で此処にいるんだ? アルピナが呼んだのか?」
クオンは、特定の誰かに限定する訳でも無く、この場にいる全体へ尋ね掛ける。凡ゆる未知の情報が錯綜し、最早何が何やらさっぱり分からなくなってしまっていた。天使達の事、悪魔の事、龍の事、龍人の事。果たしてどれから理解すべきかの手掛かりすら掴めず、彼は手当たり次第に質問を投げるしか無かった。
「いや、ワタシが態々《わざわざ》その様な面倒事をすると思うか? まぁ粗方予想は出来るが……アルテア、君がこの二人を此処迄連れてきたのだろう?」
「えぇ、そうよ。丁度この二人だけ龍の血が覚醒出来たから、実戦練習も兼ねてお手伝いをしようかと思って。迷惑だったかしら?」
レイスとナナ、二人の肩に其々《それぞれ》手を添えて、アルテアはアルピナの予想に正解の意を表する。どの道明かさなければならない話であり秘密にする積もりは更々抱いていなかったが、だからこそ一欠片の曇りも無い純粋な感心の瞳を彼女に対して向けるのだった。
「まさか。セナが不甲斐無い姿を晒していたからな。丁度良かっただろう。しかし、如何やら未だ覚醒が不安定な様だな」
「仕方無いわよ、未だ出来る様になったばかりだもの。それにしても、あれってシンクレアだったのよね? 折角なら、この子達を彼に会わせておけばよかったわね」
シンクレアが飛び去った方角の空を見上げ乍ら、アルテアはポツリと呟く。最早その方角を見た所でシンクレアの姿形は全く映っていないが、しかし無意識の内に見てしまう。同時に、その心の中に湧出するのは、ちょっとした名残惜しさだった。
「そう焦る必要も無いだろう。何れ近い将来、飽きる程会えるだろうからな」
実際に飽きる程見てきた龍の魂の波長を脳裏に思い描きつつ、アルピナは冷めた笑いを零す。決してアルテアの憂慮を無碍にしている訳ではないが、しかし脳裏に描いた懐かしい波長には胸焼けがしてしまいそうだったのだ。
兎も角、そんな不安や期待に揺れ動く感情の儘に言葉を紡ぐアルテア達だったが、そんな彼女らの傍では会話にイマイチ混ざり切れない者達が静かに傍観者に徹していた。それは何れも悪魔であり、中でも龍人を今初めて目撃するクィクィとヴェネーノの二柱だった。
二柱は、レイス及びナナという二人の龍人を興味深く観察していた。其々《それぞれ》金色の魔眼を静かに開き、会話の邪魔にならない程度に観察する。一欠片たりとも見逃さない精密さを保ちつつ、彼彼女の魂を詳らかにしていくのだった。
果たして、何故二柱がこれ程迄にこの龍人達に執着するのか。一見して何処にでもいる普通の人間。魂の波長だって、他のヒトの子とは殆ど大差無いと言っても過言では無い程。それにも関わらず、やはり如何しても見逃す事が出来無かったのだ。
というのも、一見して只のヒトの子の様にしか感じられない魂も、明確に異なるポイントが一ヶ所だけ存在していた。それこそ即ち、龍人が龍人たる所以であり、人間とは明確に異なる最大のポイントとも言えるもの。
つまり、魂の色である。人間、即ちヒトの子の魂が持つその種族を示す種族色は白色。それに対し、龍人である彼彼女の魂には微かだが確実な琥珀色が混ざっている。この色こそ龍を示す個体色であり、同時に彼彼女の祖である皇龍ジルニアの個体色でもあるのだ。
それは言い換えれば、ヒトの子の中に神の子である龍の存在が混入しているという事。神の子-ヒトの子間は子を生してはならないという絶対の掟が存在する手前、そんな存在が存在する事はあってはならない筈なのだ。
だからこそ、クィクィもヴェネーノも、初めて目撃する存在してはならない存在に対して、驚きと興味関心を向けずにはいられないのだ。それこそ、知識としてはアルピナやスクーデリアやクオンから得ているものの、その程度では止められなかったのだ。
一方、そんな二柱の悪魔は放っておいて、クオンはアルピナに更に問い掛ける。質問ばかりが続く上にそれらの質問になんら脈絡が無い為に如何しても会話がぎこちなくなってしまうが、そんな事は今更気にする様な問題では無かった。
「龍と言えば、あの儘帰しても良かったのか? あれだけの存在なんだ。ベリーズの人間達からはほぼ間違いなく見られてるんじゃないか?」
しかし、その問い掛けに最初に答えたのはアルピナでは無くスクーデリアだった。柔らなウェーブを描きつつ腰に至る鈍色の長髪を潮騒に靡かせつつ、彼女は金色の不閉の魔眼を燦然と輝かせる。魂の奥底から震え上がる狼の様な妖艶さに、クオンは思わず身震いしてしまう。
「そうね。貴女達の動向を窺いつつベリーズの様子にも意識は向けていたけれど、貴方の言う通りよ、クオン。実際に、シンクレアの姿は人間達に見られていたみたいね。魂の気配からして間違い無いわ」
何より、と彼女は付け加える。その顔色は何処か深刻であり、クオンがこれ迄見た事が無い様な代物だった。それこそ、レインザード攻防戦や先程迄の攻防でさえも見せた事が無い様なもの。若しかしたら神龍大戦時以来なのかも知れない、とすら思わせてくれるものだった。
「セナとアルバートが現在付き従っているガリアノット・マクスウェルという四騎士の男にも見られたみたいね」
四騎士という役職名がスクーデリアの口から零れ、それに真っ先に反応を示したのは当然クオンだった。今この場にいる者の中で唯一の人間社会出身という事もあり、やはりその反応速度は流石だった。これ迄何度も聞き及び、何なら仕事上の付き合いから多少の馴染みがある事もある為、尚の事だった。
また、アルピナもそれなりの反応を見せていた。人間社会にはそれ程馴染みが無い彼女でも、流石に反応せざるにはいられなかった様だ。尤も、クオンの警戒心とは異なり、彼女のそれは決して警戒の欠片も抱いている訳では無い様だったが。
「あぁ、それはワタシも確認済みだ。しかし、別に構わないだろう。確かにそこから情報を国の枢要に持ち帰られる事は確実だが、人間如きではそこから何かが出来る訳でも無い。それに、唯一警戒すべきは天巫女とやらを兼任しているエフェメラ・イラーフだが、しかしどの道最後迄隠し通し抜く事は不可能だ。ならば、彼方の事はセナとルルシエとアルバートに丸投げすれば良いだろう」
違うか?、とばかりにアルピナはスクーデリアに対して極自然なウィンクを投げ掛ける。しかしそれは自然体であると同時に非常に不自然であり、そこに非言語的な何かが込められている事は確実。つまり、何か秘密の情報が伝達されているのだろう。
しかし、クオンにはそれが何かは掴み取れない。また何か自分の与り知らない所で何かが交わされている、と心中で溜息を零すだけだった。尤も、それも今に始まった事では無い上に立場上仕方無い事だと分かり切っている為、特別不快な訳では無かったのだが。
次回、第357話は9/19公開予定です。




