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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
354/511

第354話:シンクレアとヴァ―ナード②

「そうか……いや、これでも我々にとっては十分過ぎる。しかし、そうか……やはり、魂は霧散してしまったのか……」


 肉体の一部である角が人間に見つかったという事は、つまりそれまで地界に残存していたという事。そもそもとして、死した神の子の肉体は復活の理に魂を流される際に肉体も紐付けされる。これは、死した肉体を悪用されない為の特殊な予防措置であり、大した価値も無いヒトの子の肉体が輪廻乃至(ないし)転生の理に流される際には適応されない。

 その為、肉体が残存しているという事は即ち魂が上手く回収されず復活の理に流される事が無かったという事。つまり、時間の経過によりその存在を維持出来無くなった彼の魂が霧散してしまった事の確定条件なのだ。

 全幅の信頼と最大限の友情を傾けている旧友の霧散が確定した事について、シンクレアは大きな溜息を零す。折角見つけてくれた手前、あまり表立って落胆するのは失礼なのだろうが、しかし如何どうしてもこればかりは譲れなかった。だからこそ、アルピナもまたシンクレアのそんな態度に対して兎や角文句を言う事は無かった。

 尚、その深く大きな溜息の背景には、シンクレアなりのちょっとした淡い期待が込められていた。あるいは、願望と称するべきかも知れない。それ程(まで)に、それは確実性の乏しい事を承知の上で抱いていた願いだった。

 それは即ち、ヴァ―ナードが生存している可能性。連絡が取れなくなって幾星霜の年月が経過し、最早生きている事が絶望的となって以降も、心の片隅には彼が生きているかも知れない事を微かに願っていたのだ。

 勿論、それが確証性の欠片も無い現実逃避的妄想なのは誰の目から見ても明らか。それこそ、シンクレア自身でさえも、自身の思考回路が愚かしい事を痛感していた。しかしそれでも、大切な友人の死をその目で直接確認するまで如何どうしても受け入れられなかったのだ。

 だからこそ、龍剣となったヴァ―ナードの剣をこうして直接自身の目で確認する事により、自身の抱く妄想的願望が夢幻ゆめまぼろしである事が確定してしまったのだ。そしてそれに伴い、絶望や失望に土台される感情が無意識の内に表出されてしまったのだ。

 それでも、あまり落胆してばかりはいられない、とばかりにシンクレアは気持ちを切り替える。確かに、ヴァ―ナードが霧散してしまった事は非常に悲しい。しかし、これまでと異なり、今度からは一部とはいえ彼が存在していた証拠が手元に残るのだ。最早彼を知らない者が多くなった昨今、こうして思い出にらない彼の生きた証が手元に残る事は何よりもの喜びだった。


「この近辺は大戦の主戦場だった。それを考えれば死した肉体を脱した魂が誰にも発見されなかったのは少々疑問だが、しかし最早過ぎた事。考えるだけ野暮だろう。それより、これ以上彼の様な犠牲を増やしたくない、と君達が望むのであれば、大人しく我々に力を貸してもらおう」


 改めて、アルピナはシンクレアの魂へ静かに楔を打ち込む。しかもそれは、決して逃れる事の出来無い鋼の楔。彼女が本来持つ恐怖に由来する拘束力を、恐怖にらない力によってより一層補強するものだった。

 しかし、その楔に対してシンクレアは決して不快な相好を浮かべる事は無い。むしろ、気味が悪い程に清々しくその楔を受け入れるのだった。普段の彼なら決してこうはならなかっただろう。しかし、今はそんな事は如何どうでも良かったのだ。

 つまり、ヴァ―ナードの龍剣を渡されたという事実が、彼の心に強大な保護膜を形成していたのだ。これまで夢想の範囲から逸脱出来ていなかった彼との思い掛けない再会によって、彼の心は喜びに満たされていたのだ。


「あぁ、俺に出来る範囲であれば最大限動いてみよう。もっとも、我々の立場上、天使-悪魔間の抗争に際して傍観者に居続ける事は事実上不可能だがな」


 そう言うと、シンクレアは自身の眼前に浮かぶヴァ―ナードの龍剣に自身の龍脈を流し込む。アルピナの魔法によって浮かされているそれの操作権を移譲される様に、彼は龍剣を対象にして龍法を起動する。

 そして、それを確認する様に、アルピナは魔力の注入を遮断する事で魔法を解除する。それにより、龍剣の操作権限は完全にシンクレアへと移譲される。体格の都合上、如何どうしても手で持つ事の出来無い彼の為にも、少々面倒だが如何どうしてもこの手順が必要だったのだ。

 龍剣を自身の眼前に浮かべたまま、シンクレアは自身の異空収納を起動する。空中にポッカリと空いた虚空は果たして何処どこに繋がっているのか、それは誰にも分からない。しかし、それがどんなものでも好きなだけ入れる事が出来る不思議な収納箱として機能している事だけは事実である。

 加えて何より、それは基本的に他の何者にも干渉出来無い各個体独自の領域。実力の開きや種族の隔たりは関係無く、基本的には相互不干渉の原則が成り立っている。唯一例外があるとすれば、それは当人が介入を許可した場合であり、それをしない限りにいては貴重品を保管するに最適な場所なのだ。

 だからこそ、シンクレアは龍剣をその中へと放り込む。決して何者にも奪われる事が無い様に、あるいは仮に自身の身に何か危機が生じても決してその安全が脅かされない様に、彼は最大限の想いと共に龍剣を虚空へと仕舞い込むのだった。

 そうして異次元空間へと消え去った龍剣は、シンクレア以外の誰の目にも触れる事も手に触れる事も出来無くなった。それこそ、悪魔公であるアルピナや天使長であるセツナエルは当然として、彼の直接の上位階級である龍王や、仮に生きていたら皇龍であっても同様である。

 そんな絶対的な安全領域に亡き友人の安全を確保出来たシンクレアは、改めて大きく息を吐き零す。龍という特殊な身体を持つ都合上、それはただの呼息では無く創作物でありがちな吐息攻撃の様な迫力を齎してくれる。

 しかし、そこに彼の攻撃意思は一欠片たりとも込められていない。勿論、実際にその息が攻撃的特性を抱いている事も無い。ただ単純な吐息となって空間内に満ちる空気と混ざる様に何処どこかへと霧散するだけだった。


「では、俺は龍の都に戻らせてもらう。契約を結んだ上にこうしてヴァ―ナードと再会出来た。そのお陰もあって、しなけばならない事は山積みになったからな」


「あぁ。また時が来れば此方こちらから龍の都(タナーニィーン)に出向くとしよう。精神感応テレパシーを繋げられたら楽なのだが、生憎此処(ここ)からでは上手く繋げられないからな」


 龍の都(タナーニィーン)は三界を包んで余りある広大な龍脈の何処どこかに存在し、絶えず位置を変えている。その為、位置関係次第では余りにも遠過ぎる場合があり、それこそアルピナですら移動に多少の時間を要する程には遠くなってしまうのだ。その為、条件次第では精神感応テレパシーが上手く繋げられない事が多くなってしまう。

 加えて、龍の都(タナーニィーン)そのものは絶えず強大な保護膜によって秘匿されている。それは、龍の都(タナーニィーン)という龍の住処を外的要因から保護する為に設けられた特殊な膜構造であり、それがあるお陰で龍の都(タナーニィーン)の位置は基本的に知覚出来無い様になっている。

 その為、アルピナですら此処ここから龍の都(タナーニィーン)の中へ直接精神感応(テレパシー)を繋げるのは不可能に近い。緊急性に迫られて止むを得ない状況であれば無理にでも繋ごうとはするのだが、それ以外の状況で繋ぐのは労力の割に合わなさ過ぎる。それこそ、龍脈全体を虱潰しに捜索して龍の都(タナーニィーン)に直接乗り込む方が早いし楽だと感じる程度には面倒なのだ。

 だからこそ、アルピナは面倒を承知の上で自分から出向こうとするのだ。彼女の傲慢で性格を考えれば異常な様にも感じられるが、しかし龍魂の欠片探しやそれに伴う悪魔の救出を悪魔公である彼女自らが率先して行っている辺り、そこまで違和感は無いかも知れない。

次回、第355話は9/17公開予定です

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