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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
352/511

第352話:アルピナ-シンクレア間の契約

「ほぅ。流石は龍種。ヒトの子とは異なり素直に騙されてはくれないか」


「一言余計だ。そもそも、何年来の顔馴染みだと思っている? 今この瞬間でさえ神の子の存在を認識していないヒトの子如きと同格扱いするな」


 まったく、とばかりに溜息を吐き零しながら、シンクレアはアルピナに呆れる。勿論本心から彼女を馬鹿にしている積もりはないし、彼女の態度振る舞いに憤懣を抱いている訳では無い。しかし、到底無視するには不可能な程度には感情を揺さ振られてしまった。

 相変わらず、悪魔は口が減らないものだ。シンクレアの心に過ぎる思いはそれに尽きた。何千年何万年と時が経てども決して変わる事は無く、あるいは何千人何万人と知り合おうとも全く同じなのだ。それは最早悪魔という種の根幹に縫い付けられた本能と呼ぶに相応しいものだった。


「まぁいい。それは兎も角として、しかし契約か……。悪くは無いが、まさかこのワタシが契約を持ち掛けられる事となるとはな」


 そこから暫くの間、アルピナは無言の時を流す。如何どうしたものか、と心中で言っているであろう事が明朗な相好を顔面に貼付し、悩ましさに頭を悶えている。季節外れなロングコートのポケットに手を入れたまま、しかしその瞳は真っ直ぐとシンクレアの瞳を見据えていた。

 そしてようやくアルピナの心中で彼女なりの思考が纏まったのか、小さく可愛らしく息を吐き零す。では、と前置きをした上で、彼女はシンクレアに提案を投げ掛ける。それは、彼女なりに考えた、双方にとってメリットしかない数少ない一案だった。


「ワタシは君達に龍としての力を今後来るであろうセツナエルとの決戦に際して利用させてもらう。そして、その対価として、ワタシは君達が敬愛して止まないジルニアを生き返らせるとしよう。それなら、問題無いだろう?」


 小さく首を傾げつつ、アルピナはシンクレアの顔色を窺う。果たしてこんな願望-対価関係で良いのだろうか、という疑問が心の片隅から浮かび上がり、しかし契約を司る悪魔としての本能がそれを否定する様に自信付かせる。

 もっとも、実際の所、この願望-対価関係は正常には機能していない。そもそも、アルピナがジルニアを生き返らせる事は初めから既定路線。だからこそ、その為に態々《わざわざ》大き過ぎる犠牲を払ってまで龍魂の欠片を集めているのだ。

 そんな既定路線の現実を対価として差し出した所で、本来なら得ていない筈の龍の協力を抱き寄せる事は出来無いのだ。言い換えれば、願望に対して対価が持つ価値が小さ過ぎる。ジルニアが生き返るという事実そのものに関しては過去全悪魔の全契約史上最高なのは勿論なのだが、しかしそこに至るまでの労力が少な過ぎるのだ。

 もっとも、アルピナが投げ掛ける契約の対価そのものについても、実は少しばかり嘘が込められている。確かにジルニアは肉体的を受けてこの世から姿を消したという事にはなっている。そしてその影響で龍魂の欠片及び遺剣が誕生した、しかし、生き返らせるという言葉には少々語弊が存在するのだ。

 そもそもとして、あらゆる神の子は肉体的死を経験した後は本来であれば復活の理にその魂を肉体と共に流される。それは仮令たとえ草創の108柱であろうが旧世代の神の子であろうが新世代の神の子であろうが変わらない。その為、本来であれば生き返らせるでは無く復活させると表現するべきなのだ。

 加えて、実の所、ジルニアの魂も肉体も復活の理には流されていない。実際、龍魂の欠片も遺剣も地界に存在しているし、ヒトの子であるクオンが管理しているのだ。それは疑い様も無い真実として胸を張って答えられる。

 では、霧散したのか、と問われれば、それも否定出来る。これに関しても前述と同様の理由だ。つまり、龍魂の欠片や遺剣が実物として存在している以上、魂も肉体も霧散する事無く存在し続けているという事なのだ。

 では、ジルニアは生きているのか、と問われれば、それもまた異なる。肉体は遺剣として生まれ変わり、魂は欠片として分割された。それに、ジルニアの最期はアルピナがその目でシッカリと見届けている。

 何なら、そのジルニアを殺害した真犯人こそ、他でも無いアルピナなのだ。第二次神龍大戦終結間際に行われたそれ——あるいは、その一件こそが終戦の切っ掛けとなった——は、当時全住民が出払った龍の都によって行われたとされている。

 その為、果たしてその瞬間に何があったのかを正確に把握しているのは、ジルニア自身を除けばアルピナしかいない。後は精々、彼女から直接経緯や真相を聞かされた一部の悪魔や龍達か、血の回廊によって彼女と結ばれている天使長セツナエルのみ。

 そういった事情がある為、実の所アルピナ-シンクレア間の契約は真面に結ばれる筈が無かった。契約を司る悪魔自らがそんな事をしても良いものなのか、という疑問は当然の様に存在するが、しかしシンクレアがそれを指摘しなければそれで良いだろう。

 そもそも、シンクレアがその事実を知っているのかはアルピナも把握していない。直截話したかも憶えていないし、若しかしたらヴェネーノから聞かされている可能性だってあるのだ。別に龍が相手なら話されて困るものでは無い為に如何どうだっていいし、龍魂の欠片を知っていれば元よりその真相も知っている筈。だからこそ余計に、この契約の不透明さが浮き彫りになっているのだった。


「皇龍様を? ……良いだろう。果たしてあの日に龍の都で何があったのかは知らないが、しかしお前がそう言うのであればそれを信じる他あるまい」


「ほぅ、君が思いの外素直で助かるな。では、早速だが契約を結ぶとしよう」


 アルピナは、魂から魔力を湧出させる。平和的な空気感は一変し、冷酷で傲慢な黄昏色の覇気が辺り一面に充満する。アルピナをアルピナ足らしめるその力は、彼女の瞳を宝石の様な蒼玉色サファイアブルーから煌びやかな金色へと染まり替わり、氷の様に冷たい眼光がシンクレアの魂を鋭利に突き刺す。

 そして、アルピナはシンクレアとの間にか細くも存在感のある紐帯を形成する。それは、魔力によって形成される契約の帯。他の何者にも侵害される事の無い、彼彼女同士の間だけでのみ効力を発揮する不可視の信用だった。

 やがて、その魔力の帯はシンクレアとアルピナの魂に其々《それぞれ》契約を刻み込む。何時いつもなら悪魔であるアルピナが契約主になりその相手が契約相手になる筈なのだが、しかし今回は珍しく逆。つまり、契約主がシンクレアになりその相手が悪魔であるアルピナとなったのだ。

 かつて例の無い——と思われる——その奇妙な契約関係は、しかし何ら不都合もトラブルも無くつつが無く結ばれる。あくまでも立場が入れ替わっただけであり、するべき事は変わらない。それに、アルピナは悪魔公。その為、多少の不都合や不備は立場故の権能で強引に打ち消せるのだ。

 そして、瞬く間に契約の儀式は終了する。表向きこそ何ら変わらないが、しかし魂にはしっかりとその証が刻まれている。果たして契約を無視した時の代償が如何どうなるかは想像したくも無いが、しかし悪魔の契約が持つ拘束力は絶対的なものである。今回は対価を支払う者が契約の儀を結ぶという奇妙な状況だが、しかしその拘束力(まで)は変わらない。

 尚、やろうと思えばクィクィやヴェネーノが間に立って仲介人として双方に契約を結ばせる事だって出来る。それは決して脱法的手段なんかでは無く、正規の手段として存在している。しかし、契約に関わる人数が増えれば触れる程に色々とやり方が煩雑になる為、悪魔達としてはなるべく使いたくなかったのだ。

次回、第353話は9/15公開予定です。

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