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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第347話:帰還

 そんな彼女の冷徹な遊び心を受けて、バルエルとレムリエルは背筋を凍らせる。少しでも余計な事をしたら即刻契約を破棄されそうな恐怖が、彼彼女の思考を支配した。それこそ、物事の主導権は全て相手方にある事を再認識させられる瞬間とも言える状況だった。

 もっとも、アルピナの心にそんな積もりは一欠片たりとも込められていなかった。悪戯心に基づくちょっとしたお遊びでしかなく、無駄に恐怖を煽る事でそれに焦らされる彼彼女の言動を見て楽しんでいるだけに過ぎなかったのだ。

 何とも性格の悪い遊びだ、と溜息を吐き零したくなるが、しかし彼女は悪魔なのだ。その見た目こそ純粋で可憐な人間の少女と遜色無いが、しかし本質はそれと正反対。聖人君主を相手にしている訳ではないという事。だからこそ言ってしまえば、アルピナのそういう言動は実に悪魔らしいとも言えるのだ。

 そして、そんな焦る気持ちもそこそこに受けつつ、バルエルとレムレイルは互いに頷き合う。直接言葉にして表さずとも、あるいは精神感応テレパシーを繋げて秘密裏に情報を共有しなくとも、互いの思っている事や言おうとしている事は全てお見通しだったのだ。


「言われなくてもその積もりだよ。大人しくあの子達を連れて、僕たちは天界に帰らせてもらうから。……あぁそれと、ワインボルト君……だっけ? あの子の対応はラムエル(ラム)に一任してたからさ、し会えたらよろしく言っといてくれるかな? シャルエル(シャル)ルシエル(ルシー)もいなくなった今、この世界を担当する智天使も随分減っちゃったから」


「……仕方無い。覚えていたら、そうするとしよう」


 やれやれ、とばかりに溜息を零しつつ、アルピナは承諾する、契約を交わしていない約束だが、しかしその都度事細かに契約を結んでいたらキリが無いのだ。この際、先程の契約に組み込むという形で手を打つ方がよっぽど楽だった。

 それと同時に、アルピナの脳裏には二柱ふたりの神の子の顔形が思い描かれる。それは、バルエルの言葉の中に出てきた者。つまり、ラムエルとワインボルトだった。片や智天使級天使として天使長セツナエルの直属の配下として行動しており、片や神龍大戦を生き残った五柱ごにんの内の一柱ひとりとして悪魔公アルピナや悪魔公代理スクーデリアの意に従って行動していた。

 果たして彼は如何どういう状況に置かれているのだろうか? シャルエルはスクーデリアを封印し、ルシエルはクィクィを無害化し、バルエルはヴェネーノを放逐した。ならば、ラムエルはワインボルトを如何どうしているのだろうか?

 これまでにも何度か魔眼を開いて状況を把握しようとはしていたものの、しかし生憎その状況は掴み切れない。少なくとも生きてはいる様だ。また、国の東方地区にいる様でもある。しかし、それ以外の情報が殆ど得られなかった。

 そういう訳もあって、どの道会わなければならないのだ。果たしてシャルエルやルシエルやバルエルの様に何らかの悪意を伴う行動を取っているのかは不明だが、しかし状況や目的を考慮すればしていない可能性は限り無く低いと言えるだろう。

 そんな敵相手によろしく言う義理なんて存在しているのかは甚だ疑問だし、仮にあった所で納得出来る要因は殆ど無いに等しい。それでも、昔のよりみもあるのだ。それに、状況次第では本来敵対する筈の無い相手なのだ。全く以て無いとは言い切れなかった。

 それはアルピナのみならずバルエルとしても同意見。というのも、あくまでも種族が対極しているだけでありそれ以外は殆ど同じ様なものなのだ。認識や価値観が限り無く近くてもそれは何ら不思議な事では無かった。

 だからこそバルエルはアルピナにそれをお願いしたのであり、到底断られるとは考えていなかった。実際、アルピナも断る気は無かったし、結果としては読み通りだった。あるいは、意地悪に急かしてくるアルピナに対するちょっとした復讐も兼ねているのかも知れない。いずれにせよ、結果としては双方の予定調和に上手く噛み合う事となったのだった。

 じゃあね、と一言声を掛け、バルエルは空高くへと飛び上がる。その直ぐ隣にはレムリエルが肩を並べ、彼に付き従う。そしてそんな彼彼女の後ろからは、アルピナ達との戦いを生き残った天使やレムリエルに付いて此方こちらに来ていた聖獣達が続いている。

 そのまま、バルエルは更に上空高くにまで浮上する。聖力を魂から放出させ、あるいは手掌から放つ。それは暁闇色の波となって空中を疾走し、空間そのものへ衝撃を加える。そして、その衝撃を与えられた空間は、まるで硝子の様にひびを走らせるのだった。

 やがて、空間に走るひび割れはその規模を拡大させつつ密度を高めていく。その後、限界ギリギリまで拡大したそのひび割れは、突如として音を立てて崩壊する。窓ガラスにボールを投げ付けた様に崩壊したそれは、その奥に新たな空間を広げていた。

 その空間はこの世のものにしてこの世ならざる領域の様にも感じられる。静謐な暁闇色に輝く渦を形成するその空間は、果たして何処どこまで続いているのか目視で確認する事は出来無い。まるで深い霧の中を覗き込んでいるかの様に、深奥は神秘的に隠されていた。

 しかし、聖眼や魔眼や龍眼、あるいは龍魔眼越しでそれを見れば、その正体は極当たり前の様に自然と顔を見せてくれる。つまりその奥に広がる領域こそ、天使が本来生息している筈の超常の領域である天界に他ならなかった。

 黄昏色が空間を彩る魔界とは対となる領域。そんな魔界や此処ここ地界と共に龍脈に包まれる事で一つの世界を形成するそこは、バルエル達天使にとっては憩いとなり、アルピナ達悪魔からしてみれば忌々しい場所。別に天使以外でも入れない事は無いが、しかし余り近付きたいとは思わないし、種族的な兼ね合いからか天使以外は本能的に忌避してしまう空間だった。

 そして、そんな暁闇色の渦の中に、天使や聖獣達は躊躇いも無く飛び込んでいく。もっとも、本来の住処では無い地界から本来の住処である天界に帰還するのだから、むしろ表立った躊躇がある方が可笑しな話ではあるのだが。

 兎も角、そういう訳で一柱ひとりずつではあるが天使や聖獣の数は少しずつ減っていく。誰も彼もがまるでアルピナから逃げる様な態度振る舞いであり、当のアルピナからしてみれば腹立たしい事この上無いが、しかし立場上仕方無いだろう。あるいは、そもそもの対立の原因となった主犯格の一柱ひとりでもあるのだから、むしろ当然の反応とも言えるかも知れない。

 そんな事を考えつつ、アルピナは天使達が次元の奥へと消えていくのを静かに待つ。クィクィもまた同様に彼女と肩を並べる様にしてそれを見守っているが、しかし彼女はやや退屈気だった。大きな欠伸と共に暇そうにそれを眺め、あるいは何時いつまでも変わらないそれに飽きてしまったのかも知れない。

 それから暫くして、漸く天使と聖獣の姿は渦の向こうに消え去る。魔眼で周囲を見渡しても、少なくともベリーズ周辺からは全ての天使と聖獣が手を退いている様だった。恐らく、精神感応テレパシーで一帯に指示を飛ばしたのだろう。全体比で考えれば極少数ではあるが、しかしゼロよりはマシだと思うべきだった。

 そして、唯一残された次元の渦も、やがて少しずつ縮小の傾向を見せていく。形状を維持する為に必要な聖力を提供する天使が近くにいないのだ。当然の結果だろう。勿論、今からでもアルピナが聖力を流し込めば十分維持出来るのだが、態々《わざわざ》残しておく必要も無い為そのまま放置しておいて問題は無い。

 それに、現状人間達にはだ見つかっていないのだ。処理を施す必要も無いだろう。仮に今この瞬間に見つかっても距離の兼ね合いから近付かれる前に自然消滅する筈。何も問題は無かった。もっとも、今の人間の文化文明レベルでは調べる事すらままならないのだが。

次回、第348話は9/10公開予定です。

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