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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第346話:合流

 やがて、バルエルの心身(およ)び魂は万全に程近い状態にまで回復する。アルテアとルルシエがセナの治療に苦戦していたのとはまるで異なる驚異的な速度で、しかも悪魔である彼女には本来存在しない筈の力でそれを成し遂げていた。その点から見ても、やはり彼女の実力は他の神の子とは数段掛け離れた桁違いのものなのだろう。

 ふぅ、とバルエルは息を吐き零す。全身を余す事無く埋めていた負傷や消耗は見る影も無く消失し、反射的に張っていた力が漸く抜け落ちる。心臓の鼓動は遅くなり、呼吸も深くゆったりしたものへと移ろうのだった。


「この程度(まで)回復していれば、後は君一柱(ひとり)の力で如何どうにでもなるだろう?」


「そうだね、ありがとう。……それにしても、相変わらず君の力は桁外れだね。僕もそれなりに力を付けてた積もりなんだけど、これだけ回復させて未だ余裕が残ってるみたいだし」


 純粋で素直な感心の眼差しを携えて、バルエルはアルピナを見上げる。栗色の瞳を燦然と輝かせ、敵対関係にあるとは思えない深い尊敬と憧憬の念を零れ出している。なお、気味が悪い程に素直なその態度振る舞いにはアルピナも少々面喰らってしまうが、しかし不思議と悪い気はしなかった。


「当然だ。そもそもとして、草創の108柱として生まれたお陰かワタシ達二柱(ふたり)は魔力量には恵まれてたからな。聖力に関しても、血の回廊の兼ね合いかワタシでもあの子と同程度には恵まれている。君達智天使級程度ならもう二柱ふたり程なら回復させられるだろう」


 金色の聖眼で自身の魂を観察しつつ、アルピナは分析する。果たしてそんなに有り余っていても使う事があるのかははなはだ不思議でしか無いが、しかし足りなくなるよりはマシだろう。だからこそ、余り深く考えず、素直に現状を受け入れるだけでしか無かった。

 対してバルエルは、そんなアルピナの自己評価に対して乾いた笑い声しか出なかった。こう見えて一応、彼は穏健派とはいえ智天使級にまでは上り詰めているのだ。それも、生まれた時期や派閥の兼ね合いもあってか同じ智天使級天使ならシャルエルには劣るもののルシエルとは余り変わらない程度は備わっている。

 それでも、アルピナの聖力で換算しても全量の三分の一程度でしかない。本来存在しないはずの力であり、詰まる所彼女の根源的力そのものである魔力には大きく劣るはずの力であってもその程度なのだ。余りにも隔絶された実力の開きには真面な想像力を走らせる事は出来無かった。

 しかし、バルエルの心に屈辱の感情は形成されなかった。何方どちらかと言えば諦観に近い感情すら湧出している始末だった。というのも、常識として神の子全体の中でも草創の108柱として神の直接的創造を受けた者は特別なのだ。その中でも、天使長・悪魔公・皇龍は頭一つ飛び抜けた存在なのだ。それが仮令たとえ本来の天使長乃至(ないし)悪魔公では無く新たに任命された二代目だったり代理者だったりしても同様だ。

 その為、二代目とはいえ悪魔公の地位に君臨しているアルピナがこれ程の力を持っていても何ら不思議ではないし、当然とも言えるのだ。事実、彼女とは対にして同格の存在でもある鏡写しの様に瓜二つな天使長セツナエルもまた驚異的な魔力を持っているのだ。なおの事だろう。


「さて、そろそろあの子達も到着する様だな」


 話を適当に切り上げつつ、アルピナは空を見上げる。澄み渡る青空の中に日輪が浮かび、そこから放たれる陽光が彼女らの肌を容赦無く焼き焦がす。本来日輪が存在しない空間で生まれ育った者の宿命として、その雪色の肌は陽光に対して非常に弱いのだ。一応は聖力乃至(ないし)魔力で保護しているとはいえ、余り喜ばしいものでは無かった。

 しかし、アルピナがそうして見上げているのは、何も日輪に対して恨み辛みがある訳では無い。その日輪を背負う様にして上空を飛ぶ二つの影に気付いた為だ。もっとも、最初に気付いた要因は影では無く聖眼に映る魂の波長だったが。

 兎も角、そうしてアルピナが行動するのとほぼ同時にその二つの影は地上に降り立つ。何方どちらも翼が無い為に一見してヒトの子にしか見えないが、しかし何方どちらも純粋な神の子。片や座天使級天使レムリエルであり、もう一方は侯爵級悪魔クィクィだった。

 何方どちらも、戦いを終えた直後という事もあり、それなりに消耗している様子。何方どちらかと言えばレムリエルの方がやや多めに消耗している様だった。それでも、今(なお)地に倒れている龍装ヴェネーノに比べれば軽傷と呼んで差し支え無い。空だって飛べるのだ。あるいは無傷扱いしても構わないかも知れない。


「思っていたよりは早かったな、クィクィ」


「酷いなぁ、アルピナお姉ちゃんじゃないんだから何時いつまでもバカみたいに戦い続ける訳無いじゃん。……あれ、良いの? 聖力を表に出したままだけど」


 不満をそこそこに、クィクィは首を傾げてアルピナに問い掛ける。これがもっと徹底的に詰め寄っても良いのだが、しかしそれ以上に尋ねずにはいられなかった。彼女が悪魔でありながらも聖力を使える裏事情を知っているからこそ、余計にそれを表立させても良いのだろうか、という疑問が拭えなかったのだ。


「今更隠し通す必要など無いが……しかし今はもう不要だな」


 それだけ言うと、アルピナは思い出したかの様に聖力を魂の内部に収めていく。体外に放出されているものも体内を血液に乗って循環しているものも、その全てを巧み操る事で魂の深奥へと格納していく。それと同時に、金色に輝く聖眼は彼女本来の蒼玉色サファイアブルーの瞳へと染め変わり、やがて頭の先から足の先に至るまでの全てにいて彼女が神の子だと示す痕跡が姿を隠すのだった。

 そしてそこから反転させたかの様に、悪魔である彼女を正しく悪魔足らしめる魔力が魂の深奥から顔を覗かせる。暁闇色から黄昏色へと顔立ちを変えたその力は、先程(まで)と同じ様に血液に乗せられて全身を循環する。蒼玉色サファイアブルーの瞳は金色の魔眼へと染め変わり、体内に留まり切れなかった魔力は威圧感乃至(ないし)覇気となって体外へと放出される。

 それは間違い無く彼女本来の魔力であり、これまでにも幾度と無く程見続けてきた波長だった。それこそ、飽きる気持ちを通り越して嫌になる程見続けてきた。取り分け天使達からしてみれば、過去の出来事も相まって恨みすら感じる程。悪魔からしてみても、それは同情出来得る側面を有していた。

 そうして、アルピナが天使の力を隠して悪魔としての力を再度露わにするのを見届けると、最初に口を開いたのはクィクィだった。持ち前の天真爛漫で明朗快活な態度振る舞いをそのままに、純粋で素直な声色と口調を以てアルピナに尋ねるのだった。


「それでさ、何があったの? あそこでヴェネーノは倒れてるし、バルエルはだ生きてるし、レムリエルを殺さず連れ戻させたりしてさ?」


精神感応テレパシーでも伝えたが、結論を述べるなら契約だ。如何どうやら、だ死にたく無い様だからな。穏健派の天使を戦いの場から退かせる事を対価に神界しんかいへ送るのを取り止めた。ただそれだけの事だ」


 さて、とアルピナは改めてバルエルとレムリエルへと相対する。何方どちらも複数の感情が入り混じった複雑な相好を浮かべてアルピナとクィクィを見つめている。肩を寄せ合い、さながら若い夫婦めおとの様な穏やかな関係すら背後に透けて見える様だった。


「そういう訳だ。早速だが、対価を見せてもらおうか?」


 アルピナは、魂から魔力を迸らせて威圧する。気分次第では何時いつでも殺せるぞ、と暗に示すその態度振る舞いは、はっきり言って脅迫以外の何物でも無い。最上位格としての品格や尊厳を最大限活用した、彼女なりの遊び心だった。

次回、第347話は9/9公開予定です。

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