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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第344話:神の子間の契約

 やがて、バルエルの胸元に鮮やかな魔法陣が浮かび上がる。アルピナの魔力のみで構築されたそれは、冷酷で傲慢な彼女の魔力を内包し、しかし奇妙な温かみも感じられる。最上位格の神の子として内包している威厳や品格に由来する様な、そんな信頼感ある温かみだった。

 そして、その魔法陣を介してアルピナとバルエルの間にて契約が交わされる。願いは助命。対価は労働。双方の同意と合意に基づき、それは一切の騙しや裏切りも無く交わされる。本来あるべき天使と悪魔の関係性に則り、それは粛々と交わされるのだった。


「さて、それでは、クィクィに連絡をするとしよう。余りのんびりしていては、間に合わなくなるからな」


 そう言うと、アルピナは精神感応テレパシーを構築する。対象は町外れで座天使級天使レムリエルと対峙しているクィクィ。此処ここ驪龍の岩窟跡地からでも容易に観測出来る激しい爆発と衝撃を重ね、彼女らは戦っている様だった。


『クィクィ、聞こえるか?』


『うんっ。聞こえるよ、アルピナお姉ちゃん!』


『勝敗は決した。レムリエルを連れて戻ってきてくれ』


 アルピナは普段通りの端的で無感情な物言いでクィクィに語り掛ける。唯一その少女的な可愛らしい声色だけは残っているものの、しかし何処どこか有無を言わせぬ冷徹な迫力が滲み出ている様でもあった。あるいは、悪魔らしいとでも言うべきだろうか。そんな雰囲気だった。

 しかし、そんなアルピナの言葉に対してクィクィはぐには答えない。言葉として表出されてはいないが、何処どこか不服そうな相好を浮かべているのはアルピナの脳裏に容易に描き出せる。それこそ、ぐ目の前で見せつけられているかの様な鮮明さで想起出来る程だった。

 それはひとえに、長い付き合いが齎してくれるもの。ヒトの子では到底経験する事の叶わない程の長い長い時を肩を並べて共に生き抜いてきたのだ。ジルニアやセツナエルやスクーデリアからしてみれば赤子の様な存在かも知れないが、しかしそれでも十分過ぎる程だった。


『えぇ~、今良い所なんだけど……』


『バルエルと契約を結んだ。残念だが、諦める事だな』


『……はぁい。契約なら仕方無いかぁ』


 残念だなぁ、とでも言いたげに、クィクィは大きな溜息を零す。ワザとらしい不機嫌さを露骨に浮かべながら呟くその言葉だが、しかしワザとでは無く本心そのもの。レムリエルを丁度良いストレス発散道具として見出していた彼女にとって、此処ここでの打ち切りは消化不良な感覚がして堪らなかった。

 だからこそ、一聞して純粋無垢な少女の様にしか感じられない声色と口調で語られるそれだったが、アルピナは咄嗟に警戒の色を覗かせる。もっとも、物理的な距離がある程度離れている上にそもそもとして大切な友人同士である為、何か害を及ぼされる訳が無い事は分かり切っている。それでも、過去の彼是あれこれの影響で頭が上がらない事もあってか、ちょっとした恐ろしさも感じてしまっていた。

 しかし、アルピナはそれを悟られない様に必死で隠し通す。まさか友人の一挙手一投足に恐怖しましたなんて事実に気付かれてしまったら何とも言えない申し訳無さしか無いし、何よりそれで不機嫌になられたら堪ったものでは無い。ただでさえ頭が上がらないのだ。し仮に不機嫌にでもなられてしまったら最早手の施し様が無いのだ。

 だからこそ、彼女はそっと静かに己の心を鎮静化させる。これまで幾度と無くすり抜けてきた修羅場よりよっぽどマシな状況でしか無いのだ、と自分自身の魂に言い聞かせ、状況に心身及び魂を慣れさせるのだった。


『悪いな』


『いいよいいよ。その代わり、またアルピナお姉ちゃんには別の機会で補填してもらうから』


 それだけ言うと、クィクィは精神感応テレパシーを切断する。そして、それと全くタイミングを同じくして町外れから巻き上がる戦闘の衝撃が鳴りを潜める。魔眼で見る限りでは双方共に多少の消耗こそあれども無事であり、如何どうやら契約は無事に果たせそうだった。

 だからこそ、アルピナはクィクィとレムリエルの魂を観察しつつ安堵の相好を浮かべる。そして、もう間も無く此方こちらへ来るであろうクィクィとレムリエルを待つ様に、彼女は改めて自身の足元に倒れ転がっているバルエルに視線を向ける。


「相変わらず、クィクィちゃんには弱いね、アルピナ公は」


「自分の命よりもレムリエルを優先する君に言われたくないな」


 バルエルの言葉を鼻で笑いつつ、アルピナはそれを否定する。しかし、心の片隅ではそれが痛い程事実として突き刺さる。地位階級や年齢的には上なのに如何どうしても逆らえない自分自身の情けなさを抉られる様な痛みが魂を刺激していた。

 しこれがスクーデリアやクィクィに言われたのであれば笑ってり過ごせるだろう。しかし、敵対する天使達に言われるとなると話が変わってくる。契約を反故にして肉体的死を贈ってやろうとまでは思わないものの、しかしそう思っても可笑しくないだけの不満と恥ずかしさがあった。

 だからこそ、それを示す様に、アルピナは微かに頬を赤らめている様な気がした。勿論、日の当たり方の都合による勘違いかも知れないし、あるいは体調的な問題かも知れない。しかし、少なくとも精神的動揺がある事だけは事実だった。

 また、そんなアルピナの反論に対して、バルエルは静かに笑う。アルピナの様に事実を突き付けられた事に対して恥ずかしさは一欠片たりとも抱いておらず、むしろ穏やかな心情すら抱いていた。一柱ひとり勝手に抱いている勝手都合を対外的にも認められている様な気がした喜びによるものだった。

 もっとも、それは両者の性格の違いによるものが大きいだろう。バルエルは超が付く程の穏健派であり、天使らしい他者想いな一面が強く出ている。自己犠牲的とまでは言えないものの他者を労わる事に躊躇いは無く、それはレムリエルに対する態度を見れば一目瞭然。

 一方、アルピナは対外的には非常に傲慢で冷酷。命を数として捉え、生と死を状態の流転としか見做していない様な側面が強く出ている様に見える。しかし反面、仲間に対する情は非常に厚く、しかし対外的な印象でそう見られる事が倒錯的な羞恥心を煽っているだけでしかない。

 だからこそ、一見して相反する態度振る舞いを見せる二柱ふたりの神の子だが、しかし双方が胸に抱いている結果的な心情は然程変わらない。そしてそれ故に、互いが其々《それぞれ》胸に抱いている本心もまた自ずと察せられてしまう。なまじ付き合いが長いだけに、それはほぼ確信に近い感情だった。

 さて、とアルピナは話を転換させると、改めてバルエルに対して金色の魔眼を向ける。そして、その瞳で彼の心身及び魂を見つめる。まるで氷の矢で打ち抜かれたかの様な悪寒が彼を襲うが、しかし彼女はそんな事は気にせず無言のまま彼の容態を再分析するのだった。


「クィクィとレムリエルが来るまでもう暫く掛かるだろう。その間、何もせずただ待つというのも少々勿体無い。加えて、昔のよしみもある。せめてもの情けとして、君の心身と魂を回復させておこう」


 あぁそれと、とアルピナは視線を動かしてぐ傍で倒れ込んでいるヴェネーノを見下ろす。だ辛うじて龍装を維持している様だが、しかし彼もまたバルエルに負けず劣らずの消耗具合。死ぬ事は無いだろうが、しかし無事とは到底言える状態では無かった。


「ヴェネーノ、君は少々待っていろ。龍装があるんだ、そう簡単に死ぬ事は無いだろう?」


「……多分ね。でも、出来るだけ急いでくれると助かるかな。それか、スクーデリアの手が空いてるのならそっちに任せたいかな」

次回、第345話は9/7公開予定です。

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