第337話:アルピナの本心
純粋で素直な疑問を二柱に投げ掛けるクオン。その瞳にも口調にも声色にも一切の悪意乃至悪気は無く、只単純な疑問としての問い掛けだった。だからこそ、そんな彼の疑問に対してスクーデリアは笑って答えを返すのだった。
「ふふっ。無駄よ、クオン。この子が龍装を組むのはたった一柱だけ。他の龍とは如何なる事情があっても絶対に龍装を組む事は無いわ。それに、抑私もこの子も龍装を組む必要が無いのよ。それこそ、神に逆らう様な事態にでもならない限り、そこ迄して実力を底上げしないと敵わない相手がいないのよ。それは仮令、皇龍や天使長が相手であってもよ」
流石は最上位階級だな、とクオンは乾いた笑い声と共に納得する。それと同時に、たった一柱を除いて他の如何なる龍とも龍装を結ぼうとしない、というアルピナの意思の強さには感心を通り越した呆れの色香も浮かべてしまう。別に彼女の意思決定を批判しようとは思わないし、それが罷り通るのも相応の実力があってこその代物だとは分かっている。それでも、相変わらずの自由奔放具合には周囲の苦労が窺い知れてしまう。
また同時に、その唯一一柱の龍というのも、名前こそ明かされなかったが言われずとも何と無く分かってくる。それこそ、此処暫くの間常に寝食その他行動を共にしてきたのだ。今更知らぬ存ぜぬとは言えなかった。
つまりその一柱こそ、現在彼女が必死になって探している龍魂の欠片の大本となった存在。皇龍ジルニアに他ならなかった。今や肉体的死を迎えて欠片へと分割された魂が散らばるだけとなった存在だが、それでも今尚彼女の心に他の追随を許さない絶対の相棒として君臨していた。
或いは、それ程の相棒だからこそこうして必死になって欠片を収集しているのかも知れない。抑、幾ら悪魔-龍間の相性が天使-龍間と比較して優れており龍装を組み易いとはいえ、限度というものは存在する。つまり、悪魔-龍間なら仮令どんな組み合わせでも自由に龍装を組める訳では無いという事だ。
その為、彼女が龍装を組める程の相手ともなれば、それだけその重要性乃至心象評価も必然的に高くなるのだ。種族の垣根を越えたその相互評価は、悠久の時を越えた現在に至る迄途切れる事無く紡がれ続けていた。
一方、そうして一人感心するクオンの直ぐ側では、アルピナとスクーデリアは何処と無く神妙な面持ちで互いを見つめ合っていた。今尚果敢に攻め掛かる天使を埃を払う程度の所作で遇う彼女らの心は、最早遠く離れた未来へと向けられているかの様だった。
「……如何した?」
だからこそ、クオンはそんな二柱の態度を前にして直感的に尋ねる。彼女らの事だから余程の事でも無い限り大事にはならないだろうし、仮に大事になる様な事態だったら彼如きでは如何しようも無い為、それは全て聞くだけ無駄でしかないだろう。それでも、共に背中を預け合って戦う仲間として、或いは単純な友人として、到底無視出来兼ねる問題だった。
「フッ、気にするな。少々考え事をしていただけだ」
『相変わらず素直ではないわね、貴女』
クオンは当然としてこの場にいる誰もが決して探知出来無い深層領域で精神感応を紡ぎつつ、スクーデリアはアルピナを嗤う。悪戯色に染まるその口調や顔色に明確な悪意は存在せず、何方かと言えば昔馴染みの友人として有している仲の良さに起因するものだった。
『そうか?』
『えぇ。もう一度龍装を組みたいって顔してるわよ』
消せない金色の不閉の魔眼でアルピナの魂を見透かしつつ、出来れば触れて欲しくなかった彼女の本心を穿り出す様にスクーデリアは彼女の疑問に答える。それは、アルピナをして完璧に騙し切れないスクーデリアの不閉の魔眼だからこそ露呈した深層心理であり、アルピナとしては余り触れられたくない様な恥ずかしい本心だった。
だからこそ、アルピナはスクーデリアの言葉を受けて頬を紅潮させて視線を泳がせる。動揺を隠し切れない相好は蕩け、普段の傲岸不遜さや傲慢さでは無く年頃の少女らしい可愛らしさが前面に押し出されていた。
『チッ、相変わらず君の魔眼には敵わないな』
『ふふっ、何年一緒にいると思ってるのよ。貴女の事なんて、本当なら態々《わざわざ》魔眼を使う迄も無いわ。閉じられないから仕方無く使っているに過ぎないだけよ。それと単純に、貴女は分かり易過ぎるのよ。シッカリしないと、クオンに悟られるわよ』
真実を正確に狙い撃つスクーデリアからの教示を前にして、アルピナは何も言葉を返せなかった。彼女の言っている事は間違い無く事実であり、彼女自身もまた心の片隅で憂慮していた事でもある。別に悟られた所で事態が悪化する事は無いのだが、しかし劇的な勝利を演出する最大の興奮剤は衝撃的な真実に他ならない。何より、その方が単純に面白いだろう。
だからこそ、アルピナはその秘密を来るべきタイミング迄確実な秘密足らしめるべく、覚悟と決意の緒を締める。何れ自身の口からそれを打ち明ける為にも、今此処でそんなくだらないヘマを犯している暇は無かった。
またそれ以外にも、事実とは言え自身の欠点を一切の躊躇も無く容易に突き付けられるのは少々癪に障るし恥ずかしい。勿論、彼女自身に全幅の責任があるのは揺るぎない事実だし認めるしかないのだが、だからこそ反駁したい気持ちもまた同程度には湧出される。
或いは、何時か見返してやろうという気概と言った方が近しいのかも知れない。絶対的優位性が服を着て歩いているかの様なアルピナの負けず嫌いな性格を思えば、寧ろそう考えるのが自然だろう。何なら、彼女が恥ずかしさに萎れている姿など一周回って気味が悪い。
『そこ迄分かり易いか、ワタシは? 兎も角、こればかりは、来るべき時が来たらワタシの口から直接伝えなければならない真実だからな。こんな所で露呈してしまうのは惜しい』
自虐的に自身を鼻で笑い飛ばしつつ、アルピナはクオンの背中を見つめつつスクーデリアに語る。その瞳は決意に染まった色味の中に微かな懐かしさや優しさを醸し出しており、普段の彼女からは余り馴染みの無い感傷的な代物だった。
勿論、それに見つめられるクオンは天使達の相手をするのに手一杯であり到底気付く事は無かったが、だからこそアルピナとしては好都合でしか無かった。その為、それ幸いとばかりに、彼女はその瞳の儘心中で燻る10,000年の約束の果てを夢見るのだった。
『そうね。クィクィも以前から言っていたけれど、分かり易過ぎるわ。取り分け、ジルニアの話題になると尚の事ね。嫉妬してしまうわ』
嘗て神龍大戦を共に戦った皇龍及びそれと背中を預け合って戦った悪魔公という構図を眼前に投影しつつ、スクーデリアは微笑む。同種族としてアルピナとスクーデリアは幼馴染だが、実の所ジルニア-アルピナ間とアルピナ-スクーデリア間の年齢差は同じなのだ。その為、異種族であり乍らも同族という優位性を超える信頼関係を結ぶジルニアには、嫉妬の眼差しをついつい向けてしまいそうになる。
それは別に、アルピナの事を独り占めしたいという独占欲的思考による傲慢だったり同性愛的恋愛観による恋心では無い。単純に、幼馴染として紡がれる友情と信頼の太さを比較した場合の敗北感からくる負けず嫌いな対抗心によるものだった。
だからこそ、スクーデリアはそれを隠そうとしない。尤も、仮令これが恋愛感情だろうと独占欲だろうと隠す必要なんて無いし隠す積もりも更々有していない。寧ろ、そっちの方がもっと強く表出していただろうという気迄する程だ。
次回、第338話は8/31公開予定です。




