第336話:龍装対バルエル
それに、剣を握っているレムリエルが穏健派なのだから、武闘派の彼女も同じ様に剣を握っては面白くない。相性差と経験差では総合力に違いが生まれないからこそ、こうした殺傷能力や間合いの差で多少のハンデがあった方が派閥の差を埋め易いのだ。
果たして二柱がそんな事迄考えているのかは扨置き、衝突によって生まれた聖力と魔力の衝撃波は疾風と成って空中を走る。宛ら鎌鼬の様に辺り一面を見境無く破壊して回るそれは、神の子の中でも上位層に位置するに相応しいだけの苛烈さと凄惨さを抱き合わせていた。
そんな、レムリエルとクィクィの激しい衝突が街中で一切の遠慮も無く吹き荒んでいる一方、少し前迄驪龍の岩窟があった海食崖の跡地では、シンクレアと龍装を組んだヴェネーノが智天使級天使バルエルを相手に同規模の衝突を繰り広げていた。
それは、当然とも言うべきかヒトの子如きの常識では語れない様な特別な苛烈さによって生み出されており、眼下に広がる翠玉色の海原は雄々しいうねりを積み重ねていた。それは、頭上に広がる澄み渡る青空とは正に対極的であり、得体の知れない気味の悪さを醸し出していた。
しかし、それは何も知らないヒトの子の視点でこの状況を目撃した場合の感想でしかない。対して、此処にいるのは基本的にほぼ全員神の子。唯一クオンだけが、神の子と契約を結んだヒトの子としてこの場に参戦しているだけ。
そんな神の子達が有している基本的価値観から見れば、しかしバルエルとヴェネーノが互角に競り合っている光景は奇妙なものでしかない。抑バルエルは智天使級天使。つまり、シャルエルやルシエルと同じく天使全体で見ると上から二番目の階級。また、年齢的に見ればクィクィやレムレイルよりかなり上になる。
対して、ヴェネーノは伯爵級悪魔。生まれた年代は今から凡そ10,000,000年前で第一次神龍大戦の終戦とほぼ同時期。同じく現在彼と龍装を組んでいるシンクレアも、生まれたのは今から凡そ10,000,000年前であり、ヴェネーノとは幼馴染。
しかしこれは、悪魔全体で見ればかなり若い部類に入る。それこそ、辛うじて伯爵級悪魔に名を連ねているものの、実際の所は殆ど子爵級寄り。ヴェネーノが生まれる迄とそれ以降で階級が分けられていると言っても過言では無いのだ。
何なら、これはセナやアルテアよりも更に年下という事でもある。彼彼女——それにエルバも加わる——は、第一次神龍大戦の初期に生まれたのだ。より具体的に言うと、今から50,000,000年以上も昔という事だ。
つまり、座天使級天使を相手に苦戦しているセナやアルテアよりも更に若いにも関わらず龍装込みとはいえ智天使級天使を相手に善戦しているのが、今繰り広げられている光景なのだ。幾らセナもアルテアもヴェネーノと異なり死亡経験があるとはいえ、はっきり言って異常以外の何物でも無い。
だからこそ、無数と存在する他の雑多な天使達を遇うクオンは、その二柱の戦いを見て驚愕する事しか出来無かった。憖、龍装というモノに関して何ら知識を持ち合わせていない上に中途半端に悪魔について理解する様になった事もあって、その思いは尚の事だった。
しかしそんなクオンに反して、アルピナを始めとする悪魔達も、それこそ今正にヴェネーノと戦いを繰り広げているバルエルも、誰一柱としてその光景には驚いていない。それこそ、それが然も当然かの様な雰囲気すら抱いている始末だった。
或いは、何処か懐かしさを孕む眼差しすら思い浮かべている様な気さえする始末だった。果たしてそれが真実なのかはクオンには判別し兼ねるが、不思議と間違いを犯している様な気は一欠片たりとも感じなかった。
そして、そんなクオンの思いは扨置いて、シンクレアと龍装を組んだヴェネーノ対バルエルの競り合いは際限無く苛烈さの熱を帯びていく。その顔は共に真剣そのものであり、バルエルに至っては真剣を通り越して辟易とした感情すら抱いている始末だった。
「相変わらず、龍装は厄介だなぁ。まさか、ヴェネーノ君とシンクレア君の組み合わせでも此処迄強くなるなんてね。ちょっとズルくない?」
「いえいえ、天使だって相性さえ合えば龍装は組めるんだし、全然卑怯では無いでしょう? ただ、壊滅的な迄に天使と龍とでは相性が悪過ぎるだけで。それに、まさかとは言っても第二次神龍大戦の末期に一度だけ戦った事あるんだけどなぁ。覚えてくれてないのはちょっと残念だね」
「はは、ゴメンゴメン。まぁでも、今こうして互いに認知し合ったんだからそれで良いんじゃない?」
苛烈で驚異的な競り合いの最中で交わされる会話劇。非常に穏やかで平和的なそれは、外部から見る印象とはまるで正反対。それこそ、それが戦いの最中で交わされる会話とは到底思えない程には優しい風が凪いでいた。
そうしている間にも、バルエルが握る聖剣とヴェネーノが握る龍剣は休む間も無く幾度も衝突を繰り返す。片や純粋な聖力を溢出し、片や魔力と龍脈を綯交させた龍魔力を滾出させる。暁闇色と黄昏色と琥珀色が織り成すその剣戟は、無知の民草から見れば言葉を失う様な華やかで美しい花火の様に映るかも知れない。
天も地も遍く焼き焦がす様な衝突は、その後も果てしなく続いていく。同時に、それを眺めつつアルピナとスクーデリアは天使達を一蹴し乍ら互いに微笑み合う。片手間で処理される天使達にとっては何とも言えない屈辱的な態度振る舞いだが、しかし神の子の頂点に立つ者としてはその程度の光景でしか無かったのだ。
「数千年振りにしては、意外と様になっているな」
「えぇ、そうね。或いは、この数千年の間常に魂を強制的にとはいえ一つにさせられていたお陰で、龍装を組んだ際の上昇幅が拡大したのかも知れないわね」
思った儘の感想を素直に零すアルピナと、やや論理的思考でその理由を考察するスクーデリア。まるで異なる態度振る舞いを見せる二柱の悪魔。しかし、そうやってまるで異なる視点を有しているからこそ、これだけの仲の良さを構築出来るのかも知れない。
何れにせよ、二柱の共通していたのは喜びの感情。友人と数千年振りに再会出来た事に対する純粋な喜びと、そんな彼が想像以上の実力を兼ね備えてくれた事に対する喜び。その二つが絡み合う事により、単純な足し算では推し量れない量の感情が湧出していたのだった。
そして、その喜びを絶やさない様に、二柱は其々《それぞれ》自身の気分を昂らせる。一先ずは無事に山場を越えられたのだから、残す所は後始末のみ。それを下手に失敗しない為にも、昂らせた喜びの感情で此処一番のやる気を漲らせるのだった。
「なぁ、アルピナ? その龍装って言うのは一体何なんだ? あのヴェネーノって悪魔から龍脈を感じるんだが……」
対して、そんな裏事情について一切存じないクオンは、下位階級の天使数柱を相手にしつつアルピナとスクーデリアに尋ねる。今如何しても聞かなければならない問題では無いのだろうが、しかし如何しても気になってしまう。憖、自身もまた龍魔力を使用している事からも何らかの関連性があるのかも知れないし、或いは何かより使い熟せる様になるヒントがあるかも知れなかった。
「そうか、君は龍装を知らないのだったな。あれは謂わば龍と悪魔の融合の様なものだ。魂を一つにし、龍の剣と悪魔の身体とで一つなる事により、一時的乍らも大幅な実力向上を狙うものだ」
「へぇ。道理で龍魔力を感じる訳だな。……と言うか、そんなに便利ならお前らも使えば良いんじゃないか?」
次回第337話は8/30公開予定です。




