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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
335/511

第335話:ストレス発散

 だからこそ、クィクィは自身の心身及び魂に認識阻害は掛けていない。単純に見られていないと分かっていたからと言うのもあるが、それ以上にそれをしていられる余裕が無かっただけでしかないのだ。スクーデリアの様に魔法技術に秀でていないからこそ、魔法を掛けながらの戦闘は消耗が大き過ぎる為に余りしたくなかったのだ。

 そんな彼女の意図を汲み取ったのかそうでないのかは定かでは無いが、アルバートはクィクィのお願いに素直に首肯する。しかしそれは、決して彼女の言い成りに成っているのではなく、それ以外の選択肢が全て彼女の邪魔にしか成らないと知っていたからこそ。自分自身を弱いと自覚しているからこそ、クィクィの求めていない言動は全て切り捨てられるのだ。

 そして、その態度振る舞いに連続する様に、アルバートはその場を離れる。相応の体力及び魔力の消費があったものの、幸いにしてだ動けるだけの余裕はある。それに、聖獣相手ならだ何とか成る見込みも有った。

 何より、セナもアルテアもルルシエもいる。レイスとナナの療養の為に幾らか手を必要とするだろうが、それを考慮してもだ借りられる手は残っているに違いなかった。だからこそ、希望の光はだ強いと確信出来たのだ。

 そんな事を考えつつ魔眼から得られる情報を頼りにガリアノット達人間や生き残っている聖獣達を探すアルバートを余所よそに、クィクィは改めてレムリエルに視線を向ける。露わになったレムリエルの魂を見透かす様に彼女は金色の魔眼をさながら日輪の様に輝かせると、さて、と呟きつつ大胆不敵な笑みを浮かべた。

 両者の間に言葉は交わされない。緋黄色の髪と藤色の髪が其々《それぞれ》柔らかな海風に乗って爽やかに靡き、潮騒の香りと虚飾に塗れた平和的彩りが二柱ふたりの間を静かに満たしていた。非人間的で脅威的な力を宿しながらも、その出で立ちは普通の人間と何ら変わらなかった。


「お待たせ、レムリエル」


「お互い、部下の扱いには苦労してるみたいだね、クィクィちゃん?」


「そうかな? 別にボクは君達天使と違って上下関係を明確化しようとは思ってないから、大した苦労なんてしてないけどね。だって、その方が気楽でしょ?」


 ねっ?、と爽やかで自然体なウィンクと共に同意を求める様な問い掛けを投げ掛けるクィクィの態度振る舞いは、その外見年齢に相応しく非常に子供っぽい可愛らしさを孕んでいる。これには、明確な敵対関係にあるレムリエルであってもつい無意識的に敵対意思が浄化されてしまいそうになる。

 そもそも、レムリエルとクィクィは昔馴染み。セナ-アルテア間やアルピナ-スクーデリア間程近くは無いものの、しかし長い長い神の子の歴史から見れば誤差程度の年齢差しかない程度には勝手知ったる間柄なのだ。

 それもあってか、レムリエルとしてはクィクィを相手に敵対意思を持つ事をつい憚られてしまう。自身が穏健派だからというものも勿論有るのだが、それ以上にそういった間柄という影響が多分に含まれていた。


「そうね。自分で言うのも何だけど、私も階級に由来する上下関係は余り意識しない様にしているから、その気持ちは良く分かるよ。それでも、やっぱり思い通りに事が運ばないとストレスには成るんだけどね」


「まぁね。でも、アルピナお姉ちゃんとかジルニアお兄ちゃんとかセツナお姉ちゃんとかを経験してたら全然気にならなく成るよ。あれに比べたらだマシだって思えるもん」


 その辺りを比較対象に出来るのはクィクィちゃんかスクーデリア卿ぐらいだと思うけどなぁ……。


 表立って口にこそ出さないものの、しかしレムリエルは心中で溜息を零しつつ呆れる。そんな最上位格を比較対象に出せるのは果たしてこの世に何柱なんにん存在しているのだろうか。そう思ってしまっても仕方無い程には、彼彼女らの格は特別なのだ。


「まぁいいや。それで、これから如何どうするの?」


「さっき言ったじゃん、一暴れしたい気分だって。キミが穏健派なのは承知の上として、悪いけどボクの我儘に付き合ってもらうよ」


 それだけ言うと、クィクィは魂から魔力を迸らせる。クィクィを悪魔足らしめる本質的な力が彼女の全身を循環し、やがて抑え込み切れない力が全身へと放出される。種族色としての黄昏色と個体色としての緋黄色が綯交され、眼前で敵対するレムリエルは顔を顰めて冷汗を流す。

 それにより、さながら海嵐が渡来したかの様に周囲の自然環境は一変する。快晴の下にも関わらずハリケーンの如き強風が無秩序に暴れ、それを表すかの様に二柱ふたりの髪は激しく靡く。また、着用する衣類の裾も、それに負けず劣らずの激しさを音を立てて物語っていた。

 しかし、その程度の風では二柱ふたりの意識を阻害する事は出来無い。美しく可愛らしく整えられていた御髪がやや乱雑に荒れ、衣服もまたそれに合わせる様に乱れようとも、しかし彼女達は其々《それぞれ》お互いから一切目を離す事無く見つめ合い続けていた。


「……私は戦いたくないなぁ。穏健派としては静かに紅茶でも嗜みながら近況報告を交わすのが一番なんだけど、でもこうなったクィクィちゃんを止めるのはもう無理だし……。はぁ……スクーデリア卿とアルピナ公の苦労が今なら分かる気がする」


 最早、覚悟を決めるしか無かった。クィクィの感情由来な頑固さは折り紙付きであり、一度そうだと決めたら基本的には梃子でも動かないのだ。それを崩せるのはスクーデリアや現龍王ログホーツなど僅か数柱すうにん程度であり、レムリエル如きでは不可能なのだ。


 ……こうなったら、もう覚悟を決めるしかないかな?


「仕方無いかぁ。分かったよ、クィクィちゃんの話に乗ってあげる。でも、乗るからには手加減はしないよ。私だって死にたくないしね」


 諦めが付いたのか覚悟が決まったのか、レムリエルはクィクィに対抗する様に聖力を魂から迸らせる。種族色としての暁闇色と個体色としての藤色を綯交させた覇気を溢れさせ、眼前の悪魔の魂に対して鋭利に突き刺す。

 二柱ふたりの神の子は、そのまま見つめ合う。何も知らない者から見ればただ見つめ合っているだけにしか見えないその光景だが、しかし二柱ふたりの脳内では既に戦いは始まっていた。相性上有利なレムリエルとしても経験上優位なクィクィとしても、僅かな隙すら命取りに成り兼ねないのだ。場合によってはその一瞬で全てが決まる事だって十分あり得る。

 だからこそ、互いに決して早とちりする事も無ければ慢心する事も無く、己の全てを眼前の敵に向けていた。周囲の者達はこの状況下で自分達に近付く事すらまま成らないのは分かり切っている。だからこそ、そういった第三者という不穏分子に気を留める必要は無かった。

 そして、二柱ふたりの神の子レムリエルとクィクィは同時に地面を蹴ると、その勢いのままに遂に衝突する。天地を揺るがす激しい衝撃を隠す素振りすら無く曝け出し、天使としての力も悪魔としての力も全てを地上に垂れ流す。

 レムリエルは細身の聖剣を握り締め、対するクィクィは拳に魔力を纏わせる。所謂いわゆる、剣士対武闘家という歪な構図だった。あるいは、異種格闘戦とでも言うべきだろうか。一方にだけ殺傷能力のある武器があるのは卑怯な様にも見えるが、しかし戦いの場にいては全て結果のみが真実である。

 それに、しこれが卑怯だと思うのであればクィクィもレムリエルと同様に剣を構築すれば良いだけの話。幾ら魔法技術や魔力操作が下手糞だとは言っても魔剣を構築出来無い程悪い訳では無い。それに、剣の扱いには多少慣れている。あくまでも直接殴った方が彼女的には手っ取り早いし楽だと感じているからそうしているだけに過ぎないのだ。

次回、第336話は8/29公開予定です。

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