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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第334話:説教と役割交代

 それは、別に死んでしまった訳では無い。何なら、気を失った訳でも無い。だ辛うじて意識は保っている。しかし単純に、力を使い果たしてしまった為に一切の発声も身振り手振りもする余裕が無かっただけ。それこそ、呼吸するのがやっとの状況であり、クィクィの姿を目視する事すらまま成らない状況だった。

 それ程(まで)に、彼彼女の血に眠る龍としての覚醒の顕現化には多大なる負担が掛かるのだ。それこそ、一歩間違えれば肉体が龍脈に耐え切れずに崩壊してしまい兼ねない程の危険性だって孕んでいる、危険で油断ならない吊り橋の上なのだ。

 それを知っているからこそ、クィクィとしても意思を返してこないレイスとナナの態度を当然の様に受け入れる。むしろ、これで平然とした態度で迎え入れて来るようだったらそれはそれで恐ろしくもあるだろう。

 それでも、ヒトの子としての肉体的耐久性を考慮するならば、この状態は危険と言って差し支え無い。魔眼越しに得られる情報の限りでは恐らく死ぬ事は無いだろうが、しかしそもそもとして彼女が龍人と会うのはこれが初めてなのだ。つまり、龍の血の覚醒についても今回初めて目にする。その為、何時いつ何らかの見逃し要素が生じていても不思議では無かった。

 その為、クィクィは二人に対して指尖を向け、そこから静かに魔力を放出する。勿論、そこには一切の害意は込められていない。それどころか、彼女の外見的優しさや快活さをそのまま反映させたかの様な温かな魔力だった。

 そんな黄昏色に染まる糸の様に紡がれる魔力の帯は、やがて静かに二人の龍人の身体を包み込む。温かくも無ければ冷たくも無い、それどころか、触れられているのに触れられている感覚が無いという奇妙な実態を孕んでいた。

 そして、その帯はやがて静かに二人の身体をクィクィの目線の高さにまで持ち上げる。一切の音や衝撃を生じさせなければ、そもそもとして包まれる二人の身体にすら一切の負荷を生じさせない。まるで繭に包まれたかの様な穏やかさと安心感と共に、それは空中に留まる。


「ねぇ、アルテア。この子達はジルニアお兄ちゃんの血を引いてるんだからさ、大切に扱わなきゃダメだよ。そうしないと、何時いつかアルピナお姉ちゃんに怒られるよ。それとセナはさ、もうちょっと何とか成らなかった訳? この中だったら君だけが頼りなんだからさ。あの程度の事で倒れられたら困るんだけど?」


 帯を介して宙に浮かせたレイスとナナをアルテアのもとに送り届けつつ、クィクィは彼彼女らに語り掛ける。大きな溜息及び低くくぐもった声色口調と同時に零れる明らかに大きな溜息からして、如何どうやらこの状況は彼女にとって相当不満な様子。

 そして、それを自分自身でも強く認めているからこそ、セナもアルテアも言葉を返す事が出来無い。言葉のナイフで魂を抉られる様な感覚に伴って相好を歪ませつつ、彼女の言葉を全て無言で受け入れるしか無かった。

 対してルルシエは、彼女から何も言われなかったお陰か、そこまで強い傷心は抱いていない。確かに彼女はこの中で唯一の新生神の子であり実力としても覚醒を顕現化させたレイスやナナにすら劣るのだから無理も無い話だった。

 それでも、ヒトの子と神の子と言う絶対的な上下関係を無視して一方的にヒトの子に護られていた事もあり、完全に無視出来る立場に無い事もまた事実。だからこそ、それを体現するかの様に、彼女はセナとアルテアに対して掛けられた言葉を我が事の様に受け止める。


「悪い、クィクィ」


「……まぁ、良いけど。それより、レムリエルはボクが相手するからさ、その間に君達はその二人の事を如何どうにかしといてね。あと、暇だったら周りの聖獣とか人間達とかもちゃんと処理しといた方が良いよ」


 多少は精神的憤懣を収めつつも、しかし何処どこか不満げな態度振る舞いや口調声色を見え隠れさせながら、クィクィはセナ達に指示を飛ばす。はっきり言って打切棒ぶっきらぼうな事この上無いが、しかしこれ以上彼女を不機嫌にさせたらこの星が丸ごと消滅し兼ねないのだ。それ故、セナもアルテアもルルシエも黙って受け入れるしか無かった。

 対してそんなクィクィは、そんな苛立ちや不満が見え隠れする感情的な態度振る舞いを瞬時に消し飛ばす。そして、これまで通りの少女的な明朗快活さや可憐さが前面に押し出たいとけない瞳を、近くにいるアルバートへと向ける。


「大丈夫、アルバート?」


 正面から見ればザンバラなショートカットの少年の様に見えつつも、しかし襟足を細く長いアンダーポニーテールにした緋黄色の髪を軽く掻き上げ、彼女は同色の大きく可愛らしい瞳を陽光の下で眩く輝かせる。両膝に手を添えて屈み込みつつ、そのままアルバートを覗き込む様にして彼女は尋ねた。

 その姿は非常に可愛らしく、相手を気遣う言葉も併せていとけない聖女の様にしか見えない。あるいは、現実として存在しているそれではなく、あくまでも人間社会に浸透している宗教的側面にける天使の様な印象とでも言うべきだろう。

 いずれにせよ、アルバートの視線では一瞬だけクィクィをクィクィとして受け入れられなかった。つい今の今(まで)セナ達と繰り広げていた会話劇をしっかりと聞き及んでいたにも関わらず、不思議と錯覚させられていたのだ。

「あぁ、大丈夫だ、カーネリ……じゃないな、クィクィさん」

 だからこそ、彼は咄嗟にクィクィの事をクィクィでは無くルシエルに天羽の楔で支配されていた当時に名乗っていたカーネリアとして呼んでしまいそうになる。僅か一瞬の勘違いだったが、だからこそより自然な流れでそう呼んでしまっていた。

 それでも、咄嗟だったからこそ尚の事その間違いにもぐに気が付いた。だからこそ、ほとんど呼び掛けていた彼女の名前を無理矢理軌道修正して本来の名で呼び直す。同時に、これが大事に成らない事を祈りつつ恐る恐る彼女の瞳に視線を重ね合わせる。


「はははっ、呼びにくそうだね。良いよ、今(まで)通り呼んでも。その方が呼び易いんでしょ? それに、ボクとしても人間社会で使える名前が出来たみたいで嬉しいよ」


 外見年齢相応の笑い声を飛ばしつつ、クィクィは改めてアルバートにそう伝える。ヒトの子好きな彼女としては、むしろ人間らしい名前を使ってくれる事は人間に認められた様な気がして嬉しい他無かった。それに、アルバートと共に英雄乃至(ないし)逸脱者として活動していた当時の事は精神の支配権限を取り戻して以降も全て覚えている。その為、むしろアルバートから自身の本来の名を呼ばれる方がかえって恥ずかしい程だった。

 もっとも、名前を呼ばれる度に頭の片隅にルシエルの顔が思い浮かぶのは癪でしかない。その上、クィクィと言う名前にしろカーネリアという名前にしろ、何方どちらも魔王としての正体はレインザードの一件で全て周知されている。それも相まって、アルバート以外からはその名前では呼ばれたくなかったし、そもそもとして表立って使えない問題は残っていたが。


「そうか。それで、カーネリア? 俺は如何どうすれば良い?」


「えーっとねぇ……そうだなぁ……だ力は残ってる? し残ってるなら生き残ってる聖獣達の後始末と気を失ってる人間達を遠くの方に運んどいてよ。ボク、認識阻害掛けてないから人間の前に姿を晒せないんだよね」


 レムリエルとクィクィでは、生まれた年代的にレムリエルの方が僅かに年上。その上、単純に天使と悪魔を比較すれば天使の方が相性上有利。その為、こうして比較的余裕そうな態度振る舞いを見せているものの、実際の所はそこまで大きな余裕がある訳では無い。過去の経験を基に底上げされた実力で如何どうにか優位性を確保しているだけに過ぎないのだ。

次回、第335話は8/28公開予定です。

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