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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
332/511

第332話:時間切れ

「仕方無い、やれる範囲でやるしかないな」


 セナは、誰に言う訳でも無く静かに独りちる。その顔色は絶望の色香に染まり、瓦礫山の向こうで待ち構える死の宣告師に睨みを利かせていた。しかしそれとは対極的に、その口調や声色は既に覚悟を決め切ったものであり、一切の震えを見せていなかった。

 また、アルテアやルルシエも同様だった。彼と同世代であり共に神龍大戦を戦った事のあるアルテアは兎も角として、具体的な戦闘経験がレインザード攻防戦というただ一つに限られるルルシエもまた、アルバートがぐ目の前で戦っているという現実を前にしてスッカリ覚悟が決まっていた。

 最早、今の彼彼女らの心に肉体的死に対する憂慮は無かった。それは人間社会の常識の様に、死ぬ事で全てが無の領域に沈み込むと思い込んでいる訳では無く、ちょっとした状態の流転でしかない事を知っているからこその態度。あるいは、死が救済でも無ければ究極的な完成形へと至る手段でも無い事を知っているからこその態度。別に死んだ所で復活出来る可能性の方が大きいと分かっているからこそ、死を前にしても一切臆する心配が無かった。

 そして、遂にセナとアルテアとルルシエは瓦礫山を吹き飛ばして外へと出ようと魔法を構築する。最早その姿を目撃する人間は近場におらず、元よりそれは魔眼を用いる事であらかじめ確認済み。英雄としての立場や認識を気にする必要は無かった。


「あっ、やっとセナ君達が出てきたみたいだね」


 その動向を聖眼で捉えたレムリエルは、レイスとナナとアルバートに聞こえる様に声を掛ける。と言っても、そもそもとして彼女こそこの状況を作り出した張本人である事から、別に心の底から彼彼女らを心配している訳では無い。

 それでも、ちょっとした意外性と純粋な感心を内包する言葉が無意識的に口腔から漏れ出ていた。精々が心中で一柱ひとり勝手に思うだけにしようと思っていただけに、そんな自身の態度に対してレムリエルは静かに微笑むのだった。

 しかし一方で、そんなセナ達の動向やそれに続くレムリエルの言葉に対して、レイスもナナもアルバートも何ら反応する事は出来無い。眼前の彼女の相手をするのに精一杯で、そんな事をしている余裕など何処どこにも無かった。それに、セナ達がいる瓦礫山はレイス達の丁度背後。振り向いて無防備な背中を晒す様なバカなマネは到底出来無かった。

 そして漸く、セナ達は瓦礫山の中から脱出する。肉体的にもっと万全ならこんな瓦礫山程度一切苦労する事も無かったが、しかし随分と無駄な時間を喰ってしまっていた。暫く振りに浴びる憎たらしい陽光に目を細めつつ、雪色の肌を美しく輝かせる。

 その時、遂に来て欲しくない時間が到来する。つまり、顕現化させていた龍の血の覚醒の時間切れだった。幾ら半龍半人な片身替りの心身及び魂を宿しているとはいえ、数世代越しに発露する神の子の力をたかがヒトの子の肉体で受け止めるのは無理が過ぎた。

 だからこそ、急激に肉体から抜け落ちて空中に霧散していく龍脈に抗う事は出来ず、レイスもナナもその場に崩れ落ちる。言葉に成らない声と共に耐えられない様な激痛が全身を駆け巡り、魂が肉体から飛び出そうと暴れ狂う様な感覚を覚える。

 そんな二人の龍人の様子を見て、アルバートは咄嗟に身を固めてしまう。一体何が起きたのか瞬間的に理解が及ばず、思考回路がショートしたかの様に混乱してしまう。それがレムリエルにとって格好のスキになる事も構わず、彼は茫然とその様を見つめる事しか出来無かった。

 対してレムリエルもまた、その二人の態度を前に静かに見つめるだけだった。聖眼で魂や肉体の状態を観察していた事もあり果たしてこれまでの驚異的な力の源が何なのかはある程度予想していた。それでも、こうして確信的な姿を前にすれば到底無視を決め込む事は出来無かった。

 同時に、彼女の心には微かな安堵が込み上げていた。それは、二人の龍人の力が薄れていく事に対するもの。つまり、最悪敗北の可能性すらあったものが突如として非現実的な代物へと降下した事に由来する安心感だった。


「成る程、やっぱり私の予想通り龍の血が覚醒してたんだね。でも、その様子だともう限界が来ちゃったのかな? あいやぁ、危なかったぁ~。でも、二人同時じゃなくて勿体振って一人ずつ覚醒させてたらもっと危なかったし、私の方が殺されてたかも」


 さて、とレムリエルは心中で溜息を零す。独白的に漏らした言葉通り、かなり厳しい戦いだったと改めて良く思うものだった。勿論、だ決着がついた訳では無いし、何より今尚二人を庇う様にアルバートが一人で頑張って攻め掛かってきている。その上、セナ達が大急ぎで此方こちらに飛んできているのだ。幾ら残った相手が圧倒的な格下ばかりとは言え、しかし決して予断を許さない状況である事には変わりなかった。


 ……皇龍の血を引いてる子を手に掛けるのはちょっと申し訳無いけど、キチンと処分だけはしようかな? 我が君の所に連れていくのが一番かも知れないけど、私一人じゃ手が足りないし、バルエル様もだ手が離せそうにないもんね。


 そして、今尚鬱陶しく攻め掛かるアルバートを聖剣の一振りで適当にあしらうと、彼女は足元に蹲る二人の龍人に手を翳す。魂から産出される聖力をその手掌に集約させ、やがて暁闇色に輝く聖力の塊を具現化させる。

 最早、特別な聖法を打ち込んでやる必要も無かった。この程度なら、相性差を無視しても適当に聖力をぶつけてやるだけでも十分処理出来そうな程度でしか無い事は承知の上だった。それこそ、存在価値の無い他のヒトの子を処分するのと作法は変わらなかった。

 それに、確かに龍人はこの世界にのみ存在する特殊な立場ではあるが、しかしあくまでも血の系譜が特殊なだけで魂自体はヒトの子そのものでしかない。その為、その魂の扱いはヒトの子と全く変わらないのだ。

 何より、天使の職務はヒトの子の魂の輪廻を管理する事。そもそも輪廻とは、ヒトの子の魂を同一世界内で再度ヒトの子として生まれ変わらせる事。その為、他世界にヒトの子として生まれ変わらせる転生と異なり、あらゆる功績も責任も全て単一世界内で完結出来る。

 だからこそ、幾らこの子達の魂が皇龍の血を継承する肉体に宿ったものだとしても、適当に別の龍人へ生まれ変わらせれば何も問題を生じない可能性の方が高い。大丈夫だろう、と高を括って龍人以外のヒトの子へと生まれ変わらせるよりはよっぽど安全だろう。

 そういう訳もあって、レムリエルは自身の手で責任持ってこの二人の人間に肉体的死を贈る。穏健派としては武力行使による死の贈与は余りやりたい事では無かったが、しかし悪魔が担う転生に任せるよりはだマシだろう。それに、この状況に追い込んだのもレムリエルが実行者だし、計画全体で見ても天使側に非がある。責任を前に楽な道を選ぶ事は如何どうしても憚られた。


 間に合わないッ‼


 全速力でレムレイルの攻撃を食い止めようと藻掻くアルテア達だが、しかし最早間に合いそうに無かった。物理的な距離で言えばぐそこなのだが、しかし果てしなく遠い場所でそれが行われている様に感じてしまう。

 確かに彼女らは悪魔であり神の子として相応しいだけの速度を持っている為に、この程度の距離など瞬き程の時間も掛からない。しかし彼女らが神の子だという事はその相手もまた神の子である。その上でつ相手の方が階級も実力も上。つまり、速度もまた向こうが圧倒的に上。その為、どれだけ彼彼女らが急ごうとも、相手はそれ以上の速度で動く事が出来るのだ。

次回、第333話は8/26公開予定です。

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