第331話:潜在化までの猶予時間②
これは、アルピナやジルニアを筆頭とする神龍大戦の有無を別として本来的に戦いを好んでいた武闘派達とは対極に当たる性格である。そしてその影響か、彼彼女らと比べてやや繊細さに優れる反面力に劣る傾向が見受けられる。
その上、階級分けの都合上か智天使級と座天使が極端に多い。それこそ、天使長に選出されなかった草創の108柱は勿論として、それ以降約1,000,000,000年で生まれた天使は全て智天使だし、それ以降も大体イルシアエルやテルナエルが生まれた1,000,000,000年前迄は全て座天使になるのだ。
要するに、階級で見るとレムリエルより下の者の方が圧倒的に多いが、年齢的に見ると反対に年上が生まれる期間の方が圧倒的に多いのだ。それこそ、約8倍近い年月の差がある程に、彼女は比較的最近の生まれなのだ。
これは偏に、その誕生方法の違いに起因する。と言うのも、所謂旧世代の神の子と区分される者達は、何れも当時神界に唯一本のみ存在していた生命の樹より誕生した。それに対し、蒼穹内に各世界が創造創造されて以降の所謂新世代乃至次世代の神の子と称される者達は、何れも各世界の天界並びに魔界や龍の都に其々《それぞれ》一本ずつ挿し木された各生命の樹から其々《それぞれ》誕生した。
その為、旧世代の神の子程単位期間当たりの出生数が少なく、新世代や次世代の神の子程多くなる傾向にあるのだ。それこそ、工場の数が多ければ多い程単位期間内に於ける製品の製造個数が多く、仮令短い期間であったとしても各製品が要求する需要を満たすだけの数が製造出来る様なものだ。
そういう訳もあって、低い階級の者程そこに区分される年代が単純に短くなる様に設定されている。事実、天使を例に挙げると、所謂智天使級天使と区分される者達が生まれたのは約1,000,000,000年近くあるのに対し、大天使級天使に至っては100,000年足らずしかその期間が設定されていない。因みに、天使級天使は10,000前からもう暫く先の未来迄という事で具体的な期間は定まっていない。
兎も角、それらの理由が組み合わさっている事もあって、レムリエルは自身の力に対して特別自信がある訳では無かった。憖皇龍やら天使長やら悪魔公が跳梁跋扈している上にそれらと比較的近しい立ち位置に付いていた事もあり、その傾向は尚の事だった。
だからこそ、レムリエルはナナの素直な称賛の言葉に対して自虐交じりに苦笑しつつ受け取り乍らも、同時にその背後で柔らに否定する。決して悪い気はしなかったが、しかしだからと言ってそれを全て受け入れるのもまた却って恥ずかしかったし申し訳無かった。
それでも、どれだけ煽てた所で未来が変わる訳では無い事は互いに承知の上。ナナだってこんな事を言えば見逃してくれるとは思っていないし、レムリエルだってそれを理由に見逃す積もりは余り無い。穏健派としての価値観に収まる範囲であれば無駄な殺生は避ける積もりだが、それを逸脱する様な温情をくれてやる程の恩恵はそこに宿っていなかった。
その為、穏やかな口調声色とは対極的に、攻撃の手は一切緩まる所を知らない。幸いにして、この光景を目撃している人間種アルバートのみであり、他の無関係の人間は何処かに吹き飛ばされて久しい。それを良い事に、彼女は天使としての力を一切隠す事無くレイスとナナを翻弄する。
抑、龍人は一応このプレラハル王国に属する一種族という形を取っているが、実態としては包領国家に近い。それこそ形式的とはいえ公的な遣り取りを挟む必要がある程度には人間が龍人の領土へ踏み込む事は許されず、法的な拘束力も一部無効化される。
だからこそ、こうして龍人達の前に天使としての力を存分に晒しても、それが人間達の情報網へ流される心配は無い。何なら、カルス・アムラの一件で神の子の存在は龍人達に周知されているし、抑論として龍人の文化文明の中に神の子やそれに関連する周辺知識は継承されている。人間の様に、神や神の子及びそれに関連する彼是に対して一切の無知では無いのだ。
尚、この場には唯一の純粋な人間としてアルバートがいるが、しかし彼は例外として数えられる。スクーデリアと契約を結び悪魔と行動を共にし天使に敵対する者なのだ。今更そんな配慮をして隠す必要性は存在しなかった。
そして、そうこうしている間にも時計の針は刻一刻と進み続ける。時の流れは絶えずしてまたその理を侵す事能わず、というのがこの世の中を土台する基本原理なのだ。それが仮令この世の中を創造した神であろうとも、時の流れだけは如何なる神力及び神通力を行使しても介入する事は出来無いのだ。
だからこそ、レイスとナナが彼是苦戦しつつ如何にかしてレムリエルを攻略しようと攻め倦ねるこの最中にも、無情にも時間が進み続けてしまうのだ。仮令どれだけ願おうとも、仮令どれだけ望もうとも、それだけは譲れなかった。
そして、仮令それを知らずとも抑として時間に介入する力など持ち合わせていないレイスとナナは、だからこそ余計に焦燥感に背中を押され続ける。着実に歩み寄る敗北の鐘の音が、今正にでも喉元を掻き切ろうと鋭利な宣告を喉元に突き立てていた。
また、そんな二人の態度様子を横目で捉え、彼彼女と今日としているアルバートもまた同様に焦燥感を露わにする。彼は龍人と会うのはこれが初めてだし何が何やらさっぱりで状況すら碌に掴めていないが、しかし決して安堵出来る状況では無い事だけは理解出来た。
その上で、尚且つこの状況が何時迄も保ち続けられる保証が無い事も、朧気に理解出来た。しかもアルテアとルルシエがセナの治療に奔走し、仮にその治療が上手くいってこの危機的状況に間に合ったとしても、それがこの状況を打破する起爆剤としては成り得ない事もまた事実として捉えていた。
その為、アルバートは足手纏いにならない様に必死になってレムリエル対レイスとナナの戦いに喰らい付き乍らも、同時に必死になって思考を加速させる。憖この状況下に於いて他の人間達程では無いが限り無く部外者に近い存在として、彼は躍起になっていた。
だからこそ、その余りにも逼迫した思考回路は正常な思考を亡失させていた。現状レムリエルを打破出来そうな者と言えば、精々がアルピナかスクーデリアかクィクィかクオン程度なのだ。そんな彼彼女らの助力を得ようとする回路が綺麗さっぱり抜け落ちていた。自分達で如何にかしなければ、という固定観念が、協力と言う可能性を打ち消してしまっていた。
その為、彼の思考はより一層の泥濘へと沈み込んでいく事となる。何時迄経っても抜け出せない思考の螺旋階段を数段飛ばしで転がり落ち、狭窄した視野と浅くなる呼吸が戦況をより不安的なものへと変質させる。
尤も、仮にそんな協力の可能性を模索出来たとしても、彼彼女らに頼む事は憚られたかも知れない。幾ら認識阻害があるとはいえ、彼彼女らは人間社会に於いて魔王として周知され恐怖されている。それが何らかの切っ掛けで露呈してしまえば、また新たな面倒事が増えるだけでしかないのだ。只でさえ、街外れの海食崖から齎される衝撃に対して魔王の再来を恐怖する声が町の中から上がりつつあるのだ。尚の事だった。
そして同時に、そんな彼の魂の焦燥や心の思考を魔眼越しで読み取るセナ達は、最早待っていられる余裕は無かった。だからこそ、今尚心身及び魂に掛かる負担や消耗の量は計り知れないが、瓦礫山の中から出る覚悟を決める。
何より、アルテアの観測上の予測では、レイスもナナも覚醒の顕現化がそろそろ限界を迎えそうだった。恐らく後数十秒もすれば覚醒が潜在化してしまうだろう、と予想は付くし、一分を割り切っているのは確実視出来たのだ。
次回、第332話は8/25公開予定です。




