第327話:助っ人②
だからこそ、レイスとナナの言葉に素直に賛同する様に、彼女は眼前の龍人へ攻撃目標を改める。どの道、セナもルルシエもアルテアもアルバートも大して強くない。神界へ送ろうと思えば何時でも送れる。折角の機会なのだから、先にこの子達の相手をしても良いだろう。
そして、小さく息を吐き零したレムリエルは、改めて細身の聖剣を握り直す。魂から聖力を湧出させ、燦然と輝く可愛い聖眼をより一層神聖に輝かせる。そうして、つい先程セナと戦っていた時と何ら変わらない力を身に纏った彼女は、その儘の勢いでレイスとナナに斬り掛かる。一振りで二人纏めて斬り伏せてしまえる程の覇気を零し、穏健派でも穏健派なりに出来る所を見せつけるかの様に、彼女は刹那程の時間で剣を振るうのだった。
「クッ……」
「へぇ、意外とやるじゃん。凄いね、二人とも」
剣と剣が衝突する激しい金属音と共に、レイスとナナの剣はレムリエルが放った一撃を完全に受け止めていた。余波を受ける事も無く、その余波を周囲へ撒き散らす事も無く、完璧と称して問題無いレベルでその勢いを全て受け切っていた。
だからこそ、レムリエルはその結果を前にして素直な感想と称賛を与える。まさか龍人如きが純粋な天使——しかも座天使級——の力に負ける事無く拮抗したという事実は、流石の彼女と雖も予想外であり想定外だった。
何より、直近の戦闘でセナやルルシエの実力を知り、彼彼女と自身との間にある隔絶された実力を認識したばかりだった。だからこそ、その思いは一入だった。或いは、同じヒトの子であるアルバートが自分に対して完全に臆してしまっている事から彼彼女も同様だと感じ取っていたのかも知れない。
何れにせよ、眼前の結果を前にしてレムリエルは咄嗟に硬直してしまう。認識やそこから派生する思考が混濁してしまい、真面な理性を保つ力を瞬間的に忘失してしまった。その結果、二人の前に完全な無防備を晒す事となってしまっていた。
それは瞬きにも満たない刹那程の時間でしか無かったが、しかしレイスもナナもそれを見逃す事は無かった。彼女の一撃から斬り返す様に、二人は抜群のコンビネーションを発揮してレムリエルに反撃を開始する。
それでも、その一瞬の時間の後に改めて冷静な思考力を取り戻したレムリエルは、レイスとナナの反撃に対して正確に反応する。僅かな失態も不備も帳消しにするかの如き態度振る舞いを以て、彼女は二人のヒトの子の攻撃を受け止める。
そして、そこから始まる非人間的な剣戟を前にして、アルバートは茫然と立ち尽くす。如何見ても自分より年下な、しかし人間な様で人間では無い正体不明な子供達がこれ程迄に強大な力を振るっているのだ。愕然としない方が無理のある話だった。
それでも、敵の敵は味方だと解釈するならこの子供達は彼の味方である。それに、レムリエルとの会話を聞く限りではこの子達は龍人であり、彼彼女が現れてからというものの、セナとルルシエの傍にアルテアの魂を感じる。
そこから導き出される結論として、アルバートはこの二人を純粋な味方だと判断する。アルピナやスクーデリアが先日説明していた件の龍人がこの場に現れたのだ、と確証こそないものの個人的に判断するのだった。
だからこそ、アルバートは改めて剣を握り締める。こんな子供達が臆せず天使達に立ち向かっているのに、自分だけが安全な場所で偉そうな態度を取っている訳にはいかなかった。それに、英雄としての立場の観点から言っても、他の民の為に率先して動く使命があった。
その為、アルバートは改めて魂から魔力を迸出させると、それを自身の手に握られている剣の刃に纏わせる。悪魔の力は天使に対してそれ程効力は及ぼさないが、しかし何もしていない只の剣に比べればよっぽどマシだった。
同時に、両眼に宿る金色の魔眼をより一層燦然と輝かせると、レムリエルの魂を強く睨み付ける。果たしてその原因は定かでは無いが、気が付けばレムリエルを始めとするベリーズ周辺の全ての天使達の魂が観測出来る様になっていたのだ。
それに対してアルバートは、きっとアルピナ達が何かしてくれたのだろう、という勝手解釈を心に宿し、一人納得していた。尚実際の所は、クィクィがシンクレアを解放してヴェネーノの魂を修復した事により魔力と龍脈の供給が停止した為に、彼らが自分達の魂を秘匿する事が出来無くなった為だった。
尤も、結果として魂が見える様になったのだからそこに至る迄の過程はこの際如何でも良い。だからこそ、アルバートは深い事情を考える事無く素直にその結果だけを受け入れる。そして、見えないという事実が見えている、という不快感からの脱却を有り難く享受する。それに続く様に、彼は二人の龍人対レムリエルとの戦いに龍人の味方として参加するのだった。
尚、如何やら幸いにして、つい先程迄戦っていた聖獣達はレムリエルの聖弾の余波で遠くへ吹き飛ばされており、其々《それぞれ》が揃って戦闘不能状態だった。未だ生きている者の方が多いが、しかしこの程度なら事の次第が済んでからでも間に合うし、殆ど動けていない状態だからこそ何れ目を覚ますであろうガリアノット達でも容易に対処出来る。その為、彼は聖獣達に対しては基本的に無視を決め込むのだった。
一方、そんなレムリエルやレイスやナナやアルバートの行動と思考を読み取りつつ、瓦礫山の中でセナはルルシエとアルテアから魔力供給を受けている。崩壊寸前で辛うじて無理矢理繋ぎ止めていた肉体と魂はかなり安定してきており、如何やら肉体的死の峠は越えて下りへと向かいつつある様だった。
それでも、相変わらずとして状態が最悪な事には変わりない。あくまでも死んでいないというだけの話であって、健康であるという訳では無い。医学的に言うなら急性期から亜急性期に変わり始めたくらいと言ったら近いかも知れない程度。
しかし、何故これ程迄に回復が遅れてしまっているのか? それは偏に、彼彼女らの魔力量の問題だった。アルピナがクオンを治療する時の様に迅速で確実な治療を施せていない理由の100%がそれであり、決して技術的な問題では無かった。
と言うのも、クオンの魂は純粋な人間であり、保有魔力量も契約によって授けられたほんの極僅かな量。対してアルピナは、純粋な悪魔である都合上から、契約によって授けられるそれとは比べ物に成らない量の魔力を保有している。その上、悪魔公である事から他の悪魔と比較してもその量は莫大である。
尚且つ、アルピナの草創の108柱として与えられた唯一無二の技能は〝莫大な魔力量〟である。スクーデリアが持つ技能〝不閉の魔眼〟の様に特別客観的に目立つ技能では無いが、だからこそ余計にこういった場面で際立つのだ。
対して、中途半端に多くも少なくも無い魔力量を持つセナの治療の為では中途半端に多くも少なくも無い魔力量を持つアルテアや魔力量が少ないルルシエでは単純な力不足だった。仮に全魔力を余す事無く一気に明け渡すのなら単純なのだが、自分の魂や肉体に無理が生じない様に抑え乍らともなれば、如何しても仕方無かった。
だからこそ、セナもアルテアもルルシエも、如何する事も出来無いもどかしさで歯痒いを思いをし乍らも、瓦礫山の中から出る事が出来無かった。立場上、本来なら今直ぐにでもレイスやナナやアルバートの助太刀に行かなければならないし、抑としてヒトの子が神の子と戦うなどという無謀な事態を止めなければならなかった。しかし、それが如何しても出来無かった。全てをかなぐり捨てて無理をすれば出来無い事も無いのだろうが、そんな事をしても徒に犠牲が増えるだけでしかないという思考が抑制を掛けていたのだ。
次回、第328話は8/21公開予定です。




