第326話:助っ人
軈て、セナとルルシエを閉じ込めていた隙間を形成する瓦礫の一つが外される。大きさや材質からして非常に重たい筈だが、しかしその軽やかな動きからは決してそんな印象を与えられない。貧弱な人間では不可能な芸当だった。
「随分派手にやられたわね、セナ?」
そして、鉛白色の髪を後頭部で一つに纏めつつ金色の魔眼を暗がりの中でも美しく輝かせる美しい装いと雰囲気を携えた悪魔アルテアが、意地悪な口調と共に瓦礫の隙間から顔を覗かせた。その顔や御髪や衣服には少々の瓦礫埃が付着しているが、しかしそれを一切気にしていない素振りを見せてくれるからこそ、却ってセナもルルシエも心が安らいだ。
「あぁ……アルテアか? お前、カルス・アムラに行ってたんじゃないのか? 何でこんな所にいる?」
「えぇ、ちょっとアルピナとスクーデリアに直接報告したい事があったのよ。そうしたら、何やら大変な事になっているみたいだったから助けに来たのよ」
ふふっ、と穏やかな笑みを携えつつ持ち前の気品ある態度振る舞いを崩さないアルテアは、端的に訳を説明する。そんな彼女は相変わらず印象が何処と無くスクーデリアに似ているが、しかし彼女はスクーデリア程格上では無い。精々が伯爵級が良い所であり、何ならセナより1,500年程年下。
その為、そんな穏やかで気品ある態度振る舞いと異なり、実際の所そこ迄頼りになる助っ人では無かった。寧ろ、只でさえ数が不足している悪魔がもっと減る危険性しか孕んでいない。折角助けてもらった手前非常に言い辛いが、セナとルルシエは揃って心に暗い影を落とす。
「あー……お前がか? 相手はレムリエルなんだが、お前一柱が来た所で状況は変わらんだろ。寧ろ、徒に悪魔の数を減らす要因にしかならないと思うが……」
「大丈夫よ、レムリエルと戦うのは私では無いもの。兎に角、先ずは貴方の治療が先決ね。ルルシエ一柱の魔力だと足りないでしょう?」
そう言うと、アルテアはセナの胸元に魔法陣を描き、そこから自身の魔力を流し込む。勿論、ルルシエの魔力量が不足している事を罵りたい訳では無い。しかし新生悪魔である以上、その量はたかが知れている。それは認めなければならない事実であるからこそ、ルルシエもそれを素直に受け止める。
そして、セナの魂へアルテアとルルシエ二柱分の魔力が譲渡される。個体としての色が異なる魔力をこんな適当に放り込んでも果たして良いのだろうか、という疑問があるが、しかし遥か昔から変わらない事なので、今更誰も気にする事は無い。
きっと、悪魔という種を創造するに当たってこの世の仕組みとして神が上手い事調整してくれたのだろう。そんな事を思考の片隅で雑に処理しつつ、三柱は其々《それぞれ》自身のしている事に意識を集中させる。同時に、瓦礫山の向こうにいるレムリエルと、彼女と戦う助っ人の魂を観察するのだった。
一方、そんな悪魔達の遣り取りの最中では、レムリエルは道の半ばで足を止めて眼前に降り立った敵を静かに見据える。金色の聖眼を燦然と輝かせ、穏健派らしい清楚で撓やかな相好を嘗て無い緊張感に染め上げていた。
「へぇ、意外な相手だね。てっきりアルテアちゃんがこっちに来ると思ってたのに。……それで、本当に君達が私と戦う積もり? 考え直すなら今の内だよ。それこそ、アルテアちゃん達に無理矢理戦わされてたりしているのなら、尚更にね」
聖眼が抱く日輪の如き金色の輝きをより一層強め、手に聖力で具現化させた細剣を握り締めつつ、彼女は優しく問い掛ける。陽光を嫌悪する雪色の肌の上を平和的な海風が滑り、シンプル乍らも御洒落に着飾った衣服が戦ぐ。
そんな彼女の言葉は、正しく彼女の本心だった。眼前に突如として現れた新たな抵抗者達を前にして、穏健派としての本能が戦闘行為を避けたがっていた。出来る事なら戦わずして平和的にすれ違いたい気持ちで一杯だった。
しかし、そんな彼女の想いに反して、眼前の二人は一切引く姿勢を見せない。その手には剣が握られ、眼前の天使に対して並々ならぬ闘志を浮かべている。とても人間とは思えない様な、そんな非現実的な雰囲気だった。
事実、その二人は正確には人間では無かった。一人は少年、もう一人は少女。全体的な印象こそ、何処にでもいる人間の子供にしか見えないし、その辺の大人達よりよっぽど貧弱そうな印象しか与えてくれない。
しかし、明確に異なるのはその額。如何見ても人間にしか見えない彼彼女の額には、本来人間には存在していない筈の琥珀色に輝く二本の角が鋭利に伸びていた。大きさはそれ程でも無いが、しかし本来存在しない筈のものが存在しているという異形さは、それ相応にその存在感を主張していた。
それは、彼彼女が龍人である事の証。純粋な人間では無く、歴史上に於いて遥か昔に存在していたとされる龍と当時を生きていた人間による混血から続く末裔だとされ、それを主張している少数民族だという数少ない物的証拠である。
「勿論、戦う積もりですよ。まぁ、アルテアさんに言われたのもありますけど、何より私達だってやれば出来るんだって所を見せてあげたくなったので。ねっ、お兄ちゃん?」
「あぁ。アルテア様は元より、アルピナ様やスクーデリア様に知らせる積もりで此処迄来たんだからな」
二人の龍人は、互いに目配せしつつその内情を曝け出して意気込みを語る。その彼彼女とは、暫く前にアルピナとクオンがスクーデリアを救出する過程でシャルエルの魔の手からその命を助けた龍人達。その中でも皇龍ジルニアの血を継承する直系の一族に属する有望な子供であるレイスとナナだった。
二人は其々《それぞれ》手に剣を握り締め、その瞳を金色に染まる龍眼へと変質させて眼前の天使の魂を見つめる。この間アルピナとクオンに助けられた力無き子供とは到底思えない程に冷静で、地界に生きる民とは思えない貫禄を宿していた。
そして何より、彼彼女の背中からはこれ迄見た事の無い一対二枚の大きな翼が伸びていた。縦幅は身の丈とほぼ同じ、そして両翼を広げれば身の丈を優に超す程の巨大な翼は、ヒトの子的価値観に照らし合わせれば異形な姿形に、神の子的価値観に照らし合わせれば勝手知ったる龍を彷彿とさせる姿形をしていた。
その上、額から伸びる角及び両眼に宿る龍眼並びに体内に宿る魂からは、その本質を神の子に近付ける龍の力が放出されていた。それは、決して紛い物なんかでは無い、神の子としての知見から保証出来る正真正銘本物の龍脈だった。
そんな力や姿形に土台される態度振る舞いは、龍人の発生要因や本質的な真相を把握しているレムリエルでさえも驚かされる。憖彼彼女の先祖が皇龍ジルニアだという事もあって、相性上不利な事も合わさり異常とも呼べる警戒を露わにせざるを得なかった。
「ふぅん……そこ迄言うのなら強要はしないけど……でもね、神の子でも無ければヒトの子でも無いどっちつかずで曖昧な半端者でしかない〝傲慢の落胤〟にしては、ちょっと自信過剰が過ぎるんじゃないかな? それでも、そんなに私と戦いたいのなら相手になってあげるよ。どの道、この儘だと早めにバルエル様の所に戻らなくちゃいけない所だったから」
戦い嫌いで穏健派に属する身の上として、余りアルピナやクィクィとは戦いたくないのが彼女の本音。神龍大戦の遥か以前から変わらない敬愛と共に付き従っている直属の上司であるバルエルに対して申し訳無い思いは多少あるものの、しかしこういう突発的乱入者は彼女の本心として非常に大歓迎だった。
次回、第327話は8/20公開予定です。




