第323話:純光聖弾
これでは如何頑張っても勝ち目は無い。寧ろ、即死していないだけで奇跡な程。これに関しては、レムリエルが穏健派であり戦闘行為が苦手だという点に救われた結果だろう。と言っても、気休め程度にしかならないだろうが。
兎も角、そんな訳もあってセナはレムリエルを前に赤子同然に打ち捨てられる。悪魔としての本性を曝け出せないという事情があるとはいえ、しかし仮に悪魔としての力を最大限放出しても余り変わらない結果になりそうな気もするが。何れにせよ、英雄としての名声がまるで嘘の様な有様だった。
「クソッ……流石に俺達だけじゃ如何しようも無いな……」
「ホントそれ。上位階級と真面に戦うの初めてだけど、これじゃあ理不尽過ぎない?」
セナとルルシエは、口々にこの状況へ悪態を吐き零す。幸いにして人間達からは少々距離がある為、この声が聞こえる事は無いし、ルルシエの存在が露呈する事も無い。しかし、そんな事を態々《わざわざ》気にしていられなくなるくらいには、この状況を前に切羽詰まっていた。
「当然でしょ、抑としての階級が違うんだし、相性差もあるんだから。寧ろ、相性差も関係無しに天使を蹂躙出来るアルピナ公とかスクーデリア卿とかクィクィちゃんが特殊なだけだから。それに、セナ君だって復活直後にしては大分全盛期に近い力迄戻ってるんじゃない? あとルルシエちゃん……だっけ? 凄い才能だね。大戦を知らない新生悪魔とは思えないくらいの強さだよ。流石はスクーデリア卿に期待されてるだけの事はあるみたいだね」
でもね、とレムリエルは、金色の聖眼を輝かせつつその手をセナとその影から顔を覗かせるルルシエに向ける。首の後ろで緩く一つに纏めた藤色の髪が魂から溢出する聖力の波に乗って優雅に靡き、その手掌には暁闇色に輝く聖法が構築される。
〈純光聖弾〉
レムリエルの手掌で輝く聖力が結ぶ聖法は、瞬く間に暁闇色の弾丸となる。それは、アルピナが好んで使用する魔弾に似ている様で何処か異なる聖力の弾。彼女の魔弾よりやや威力に乏しそうな辺り、その辺りは実力相応に準拠しているのだろう。
しかし、それはアルピナが特殊なだけの話。レムリエルが手掌に構築する聖弾もヒトの子はおろか神の子全体の価値観で見てもかなりの威力を内包していそうなのは確実。幾ら穏健派とは雖も、座天使級として相応しいだけの聖法技術は持っている様だった。
そうして発射された聖弾は、超高速でセナへと迫る。その速度は音を優に上回るもの。宛ら光の様な速度であり、只の人間ではそれを視認する事は非常に困難。不可能と言って差し支え無いだろう。それ程の速度だった。
しかし、幸いな事にセナは人間では無く悪魔。つまり、神の子である。その為、その身体機能は人間の枠組みで語れる範疇に存在していない。それは、魔眼と言う特殊な目に限った話では無く、そうした力を宿していない肉眼であっても同様だ。
その為、幾ら人間的価値観に於いて速いと評価される様な攻撃であっても、それは神の子的視座に於いては特別そういう訳では無い。実際、レムリエルが今正に放った一撃だって、速い事は速いが如何しようも無い程に速い訳では無い。それこそ、未だアルピナとかセツナエルに比べれば如何という事は無いし、それ処か智天使級天使達を比較対象にしても大きく劣る。
しかし、それはあくまでも彼女より上位階級を比較対象としているからこその話である。それに対して、セナとルルシエは彼女より格下。それも、レムリエル-クィクィ間の様に誤差程度で済む話では無く、比較するのも烏滸がましい程の隔絶された開きが存在するのだ。
その上、幾らアルピナやスクーデリアといった圧倒的な上位階級の力に見慣れているとはいえ、それはあくまでも見慣れているだけの話である。そこから更に自らの自我で思考し、身体を制御して最適な行動を実行出来るかと言われたら、それはまた別の話。
その為、確かに眼前に迫る一撃に対して視覚上はそうでも無い様に見えているが、身体がそれに付いていかなかった。だからこそ、セナ及びその影に潜むルルシエは、レムリエルの手掌から放たれる一撃に対して回避行動を間に合わせる事が出来ず真面に受けてしまう。
着弾と同時に、そこを始点に生じる衝撃波及びそれに伴って吹き荒ぶ嵐の如き爆風が、暁闇色の輝きを抱き乍ら瞬く間にセナの身体を包み込む様に広がる。それは宛ら日輪が地上に降りて来たかの様な様相をしており、決して近付くべきでは無い危険な代物だと誰もが直感していた。
そして、そんな聖弾が生み出す衝撃と爆風は、近くで聖獣を相手に奮闘している人間達を聖獣諸共当然の様に吹き飛ばす。副次的な被害でしかないそれは、しかし聖獣によって齎されたどんな被害よりも苛烈で悲惨だった。
アルバートは、まるでタンポポの綿毛の様に容易に吹き飛ばされている他の人間達と異なり、辛うじてその場にしがみ付く様にして留まり乍ら、吹き荒ぶ爆発の中心点を見つめる。それでも、暁闇色の光球が織り成す衝撃を前にしては真面に目を開く事すら儘成らず、殆ど何も見えていなかったが。
それでも彼は、魔眼を介する事で如何にか状況を把握しようとする。しかし、吹き荒ぶ勢力の波が魔眼を介した視界を歪め、寧ろ肉眼で見るより酷い有様だった。何処も彼処も聖力で満たされ、此処は天界なのでは無いか、と訝しんでしまう程だった。
故にアルバートは、何かしなければならない、と思いつつも、しかし何もする事が出来無かった。只茫然とその爆発を注視し、その奥で涼し気に立つレムリエルを睨む事しか出来無かった。それでも、そのレムリエルに対しても聖弾と同様に何か出来る事がある訳では無い。それに、抑自分如きでは関与するだけ損しか生まれないのは明白。だからこそ、悔しい思いを内心で堪えつつ、如何しようも無い現実を前に人間としての疎外感に打ち拉がれるだけだった。
一方、そんな一撃を受けたセナは、聖弾による一撃を真面に受け、その衝撃でそれなりの距離を吹き飛ばされていた。背後の建物を幾つも粉砕し、軈て漸くと言った具合に、倒壊した民家の瓦礫の中に埋もれたのだった。
「グッ……」
それでも、如何やらセナは肉体的死を免れていた様だった。言葉に成らない声を漏らし、瓦礫の中で息も絶え絶えに相好を歪ませていた。その頑丈さは、正しく神の子に相応しいだろう。若しこれがヒトの子だったら例外無く死んでいた。
それでも、全く以て余裕は存在していなかった。確かに彼は神の子であり、それに伴うだけの肉体強度はある。それに、一度死亡経験があるとはいえ旧世代の神の子であり、神龍大戦も経験した事が有る。その為、それ相応の技術と経験は獲得している。
それでも、座天使級天使を前にしては彼の力は赤子程も存在していなかった。確かに彼は肉体的死を免れていたが、それでも殆どギリギリだった。辛うじて魂を肉体にしがみ付かせる事で体外への放出を防ぎ、それにより如何にか無理矢理肉体に生を与え続けていた。今一瞬でも気を抜けば、その儘魂が体外へ放出されて肉体は死を迎えるだろう。それ程の状況だった。
だからこそ、無数の傷と大量の出血に塗れるセナは、瓦礫の中で必死になって死を拒絶する事しか出来無かった。瓦礫を除去するだとか、魔力で肉体を修復するだとか、レムリエルに反撃するだとか、そんな事を言っていられる余裕なんて何処にも無かった。最大限の集中力と天魔の理を無視した最大出力の魔力で魂を肉体に繋ぎ止めるだけが今の彼に出来る事だった。
次回、第324話は8/17公開予定です。




