第318話:龍装
それでも、運も味方していたとはいえ神龍大戦を最後まで生き残ったのだ。それ相応の経験だってあるし、実力もそれに比例して高められている。その為、最早同世代の他の悪魔とは比較にならない程の実力を有しているし、セナ達よりもずっとクィクィ達に近しい関係に迄伸し上がってきている。
「無事に目的は果たせた事だし、外に出よっか。アルピナお姉ちゃん達が待ってるからね」
「そうだね。でも、この儘出ても大丈夫かな? 僕達は人間とそう変わらない姿形だけど、シンクレアの存在を知られる訳にはいかないでしょ?」
「あ~……如何しよっか?」
クィクィは、二柱の神の子を交互に見つめつつ彼是思案する。片や自身と同じ悪魔であり人間社会に存在していても違和感無い姿形をしている。しかし、もう一方は本来人間社会に存在している筈が無い存在であり、見る人が見ればそれが竜の化石の正体だと気付く事だって可能だろう。
その為、そう簡単に姿を見せる訳にはいかない。それに、只でさえ魔王による人間社会の侵攻がそれなりの騒ぎとなって彼彼女らの心身に圧し掛かっているのだ。そこへ竜基龍の存在が確認されたとなると、恐慌状態などという言葉では済まない様な騒ぎになる事は必至。そうなると、またセナやアルバートに掛かる負担が大きくなるし、何より彼女らとしても色々動き辛くなる。
そうして彼是悩んだ挙句、クィクィはふと一つの方策が閃く。果たしてそれが出来るか否かは未だ確証性は無いものの、しかし試すには一定の価値がある。それこそ、今後にも強く影響し得る程の重要性だって持たせられるものだった。だからこそ、あっ、と声を上げて彼女は二柱に提案を投げ掛ける。
「ねぇ、二柱とも……〈龍装〉って未だ組める?」
大きな緋黄色の瞳を可憐に輝かせつつ同色のアンダーポニーテールを靡かせ乍らクィクィは尋ねる。純粋無垢で一切の邪念が混じっていない相好には当然の様に一切の悪意も他意も無く、純粋な可能性としての質問だと保証してくれていた。
そして、そんな瞳に見つめられるシンクレアとヴェネーノは、互いに目配せしつつその意図を察する。決して無能でも蒙昧でも無い彼らは、一切の言語的遣り取りを挟む事無く互いの言いたい事や考えている事を全て汲み取る。そして、その勢いをその儘表出する様に、揃って笑い声を上げるのだった。
「ハハハッ、一体何を言っているかと思えば。当然、出来るに決まっているだろう。暫く会わない内に瞳が衰えたか?」
「そうだよ、クィクィ。僕達を甘く見過ぎだって。一体今迄僕が何回シンクレアと〈龍装〉を組んできたと思ってるんだよ。仮に未だ天羽の楔に囚われた儘だったとしても完璧に出来るよ」
やれやれ、とばかりに、ヴェネーノはクィクィの心配乃至不安を笑い飛ばす。立場の上下を感じさせない至ってフラットな関係は、そういった格差を重要視しない悪魔ならではの光景。若しこれが天使だったり人間だったりしたらこうはいかなかっただろう。
対して、そうやって不安を笑い飛ばされたクィクィは、しかしそんな彼らの態度に対して一切不快感を見せる事は無かった。それでも、敢えてワザとらしく頬を膨らませてムッとする事で、この場にちょっとした平和的空気を持ち込もうとする。
「そう? 良かったぁ。でも、折角このボクが心配してあげたのに随分な言い方だね? ……まぁいいや。そんなに言うんなら、早速見せてもらおうかな?」
やってごらんよ、とクィクィは二柱を急かす。別にハラスメントしてやろうという意図は決して込められておらず、寧ろ信頼しているからこその言葉だった。或いは、余りのんびりしすぎる訳にもいかない状況だからこその言葉かもしれない。
というのも、岩窟の外では今尚アルピナ達がバエルエル達と戦っているし、町の方ではセナ達がレムリエル達と戦っているのだ。前者は兎も角後者に関しては尚の事危険な状況である。アルバートとルルシエは必然としてセナだってレムリエルには遠く及ばないのが現状なのだ。悪魔二柱を神界に送られない為にもアルバートの魂を輪廻の理に流させない為にも、少しでも早く状況を鎮めるべきだった。
そして、そんなクィクィの意図を汲み取ったのか、或いは岩窟外の状況を魔眼乃至龍眼で把握した上での自己解釈なのかは定かでは無いが、ヴェネーノとシンクレアは互いに目配せをする。態々《わざわざ》言語化して心況を擦り合わせする迄も無かった。これ迄の果てしなく長い時の流れの中で数え切れない程の回数を熟してきたのだ。今やヒトの子が呼吸をするのと変わらないくらいの本能レベルに迄落とし込まれていた。
その儘、ヴェネーノはシンクレアの正面に立つと彼の胸元に手を添える。別に触りさえすれば何処だって良いのだが、しかし久し振りにするのだ。折角だし正式な手順を踏みたかった。それに、今後情勢がより一層慌ただしくなる事は確実。そうなると今以上にのんびりしていられなくなるに違いない。だからこそ、せめて今回ぐらいはじっくりと駒を進めたかったのだ。
軈て、ヴェネーノの手掌とシンクレアの胸元が淡い輝きを抱き始める。それは、悪魔としての種族色である黄昏色と、龍としての種族色である琥珀色が複雑に絡み合ったもの。それは、溶けあって一つに混ざり合っている様でありつつも、しかし各個の色が明確に分離して表れている様にも窺わせられる。
そんな光に包まれた儘、ヴェネーノとシンクレアは互いにジッと見つめ合う。其々《それぞれ》魂から魔力乃至龍脈を放出させ、身体接触面を介して優しく馴染ませ合う。久し振りに味わう相棒の力に喜びを感じ乍ら、二柱は同時に呟く。
〈龍装〉
その言葉と共に、手掌と胸元の接触面を中心に光の帯が一気に広がる。軈て瞬く間にその光の帯はヴェネーノとシンクレアを包み込み、一つの巨大な光球を形成する。それこそ、クィクィが天井近くに浮かばせていた魔法の光球が無くても問題無い程の明るさを放っており、寧ろ眩しい程。幸いにして岩窟内と言う事もあり全く以て騒ぎにはなっていないが、若しこれが屋外なら遠く離れた地からも容易に観測される超常現象として人間社会に記憶されていた事だろう。
しかし、それはあくまでもヒトの子としての視座に基づいた場合の感想であり、神の子としての視座に立つとそうはいかない。と言うのも、光球が形成されると同時にそこから大量の魔力と龍脈が放出されているのだ。それこそ、何故天魔の理に抵触していないのか不思議でならない程の量。一応真相としては、〈龍装〉を含む一部事柄に限り天魔の理が定める条件が緩くなっているだけなのだが、しかし同じ神の子として不安になってくる程。
事実、その余りにも大き過ぎる規模と多過ぎる量は、驪龍の岩窟内部で完結出来る程度を優に超えていた。細く長く伸びる岩窟内の道を疾風の如く駆け抜ける二つの力は、瞬く間に地上へと放出される。そして、それは当然の事乍ら外で戦っているアルピナ達の魔眼やバルエル達の聖眼に映り、彼女らの戦闘行為を一時的に停止させるのだった。
「ほぅ、この力は……」
「ふふっ、また随分と懐かしいわね」
アルピナとスクーデリアは其々《それぞれ》感慨深げに魔眼を輝かせる。10,000年以上振りに知覚される力と力の絡み合いは、その年月の流れに相応しいだけの懐かしさと喜びを高めてくれるのだ。或いは、クィクィ達が無事に事を運べていると知れたからこその安堵かも知れない。何れにせよ、彼女らの心に圧し掛かっていた不安が払拭された瞬間だった。
次回、第319話は8/12公開予定です。




