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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第316話:魂の分離と結合

 それでも、彼はその指示に従って右手を彼女の前に伸ばす。身長に比してやや長いものの非常に細く、またクィクィと変わらないくらいの白色の肌は、とても健康的な肉体とは呼べない程に弱々しい。しかし同時に、何処どこか強い活力と意志を感じるものでもあり、相反する二つの様相が組み合わさる事で奇妙な印象を抱かせてくれる。

 そんな彼の腕を、クィクィは空いた左手で優しく握る。そしてそのまま彼の腕を引っ張る事で先導し、その手掌をシンクレアの胸元に触れさせる。爬虫類の様に柔らかく冷たい肌にピトリと触れ合わせ、少年とシンクレアが物理的に接触される。

 そして、クィクィは右手をシンクレアの体内に突き刺して魂を洗浄しつつ、彼の前腕を掴んでいる左手にも同様に魔力を流す。幾ら魔力操作技術が不得手とはいえども、こうして直接手に触れてしまえば如何どうと言う事も無い難易度。そもそも、これ自体は特別難しくも何とも無い。それこそ、クオンはおろかアルバートだって出来る程度でしかない。


「えっと……一体何を……?」


「キミの記憶、だ見つかって無いでしょ? でも何故か此処ここに来たがってた。理由も分からずにね。何でかなぁって思ってたんだけど、その答えが此処ここにあるんだ。だからそれを見せてあげようと思って」


 そのまま、黄昏色に輝く彼女の魔力に包まれた彼の腕はシンクレアの中部へと沈み込んでいく。それは、クィクィの様に肉体を物理的に穿って捩じ込んでいるのでは無く、まるで溶き合わさって一つの肉体へと変質していくかの如き感覚だった。

 その奇妙な違和感を味わい、少年は咄嗟に手を引こうとする。何かこの龍に悪い影響を与えているのではないか、という不安や、自分が自分では無くなっていってるのではないか、という恐ろしさに由来する感情だった。

 しかし、そんな彼の意に反してその腕はピクリとも動かない。それを握り込むクィクィの力を前にして、ただの人間でしかない少年では如何どう頑張っても抗う事は出来無かった。なまじ、純粋な力に限れば龍にも匹敵するだけの事はあるだろう。

 そして、少年の右手首から先が完全にシンクレアの肉体と一体化する。温かくも無ければ冷たくも無い。それに痛くも痒くも無い。まるで初めからこの状態だったかの様な一体感であり、不快感も嫌悪感も何一つ感じられなかった。

 やがて、体内と一体化した彼の手指に小さな何かが触れる。ガラス玉の様にも感じられ、あるいは磨き削られた宝石のようにも感じられ、あるいはそのどれでも無い不確かな存在の様にも感じられる。この世にありながらもこの世ならざる存在と言って差し支え無い印象だった。

 それこそ即ち、シンクレアの本質を成す彼の魂。龍という肉体を器としてその内奥に潜みつつ彼の意思と記憶と自我と欲望を形成する根幹。ヒトの子が言う命よりも上位に君臨する、この世の理で定義付けられた意味での命だった。


「これは……?」


「触れた? それがこの子の魂。分かり易く言うと、命の根源みたいなものだね。この中に意思とか記憶とか自我とか感情とか、そういう全てが収まってるの。だからキミ達が言う死とはまた違って、これが霧散しちゃうとその個体は本当の意味でいなくなっちゃうの。輪廻も転生も復活も出来ずに、完全な過去の存在として終わりを告げられるから」


 でもね、とクィクィは少年と頬を寄せ合う様に顔を近付ける。目線を彼と同じにし、金色の魔眼で目線の先に位置している少年の手とシンクレアの魂を見据える。同時に、性格由来の可憐で稚い笑みを消失させて生真面目で無感情な相好を浮上させる。


「この魂ね、実は一柱ひとり分じゃないみたいなんだ。キミには到底認識出来無いと思うけどね。……まぁ、それは良いとして、その隠れてる別個体の魂。それがキミのなんだ」


「僕の魂が……龍の中に?」


「そう。全部じゃなくて過去の記憶とか知識とか本質的な力とか一式がね。だから、今のキミの身体の中に残ってる残滓がそれを取り戻そうとして引き合ってたの。それが此処ここに来たいっていう意思になって表出されてたって訳。そうでしょ、ヴェネーノ?」


 だからさ、とクィクィは改めて背中から二対四枚の翼を伸ばして悪魔としての力を上昇させる。そして、右手で触れているシンクレアの魂と左手で触れている少年の左腕に流す魔力量を更に増やす。天魔の理で定められた放出量の上限値を一時的に突破する量の魔力が彼女の魂から迸出され、辺り一面が黄昏色の光で満ち溢れる。

 ふうっ、と小さく息を吐き零すと、彼女は改めて眼前の状況に意識を集中させる。少年が彼女から何かを聞き出そうと彼是あれこれ声を掛けるが、最早彼女には聞こえていない。それ程(まで)に彼女は深い注意力の海底うなぞこに潜り込んでいた。

 そして、彼女はバルエルがシンクレアの魂に施した仕掛けの解除を進める。彼女がしなければならない事は大きく分けて三つ。シンクレアの魂に打ち込まれたバルエルの天羽の楔を洗浄する事、シンクレアの魂に移植されたヴェネーノの魂の欠片を分離する事、そしてその分離された欠片をこの少年の身体に眠る魂と結合させる事。

 それは、魔力操作技術も魔法技術も劣る彼女程度が天魔の理の影響下で出来る様な生半可な作業では無かった。その為本来であればダメな事だと分かっていながらも、しかし一時的に天魔の理から逸脱するだけの力を解放する。

 恐らく、彼女は後でアルピナから怒られるであろう。アルピナは全悪魔を統括する立場。言い換えれば悪魔という種にける管理職。つまり、彼女より下の者が起こした不祥事に対する監督責任を有している存在だという事。

 その為、立場上アルピナはクィクィを止めなければならない。仮令たとえそれが必要が必要であるが故の行動だと分かっていても、秩序としてそれを止めなければならない。例外を認める事は今後類似の事例があった時も認めなければならない為、原則的に認める訳にはいかないのだ。

 しかし、アルピナはアルピナで時折天魔の理を破っている。それこそ、レインザードでセツナエルと再会した時が良い例だ。当時クィクィはルシエルに支配された上でカーネリアとして行動していたが、しかし魂がそれを覚えていた。

 だからこそ、それを盾に言い包めれば如何どうとでもなる。最悪、過去の彼是あれこれを引き合いに出して強引に抑え込めば良いのだ。幸いにして、過去の迷惑を引き合いに出せばアルピナはスクーデリアとクィクィには逆らえない。何も問題は無かった。

 そういう訳で、クィクィは遠慮する事無く二対四枚の悪魔的翼を羽ばたかせながら作業を続ける。既にバエルエルの天羽の楔は洗浄し終えていた為、後はそこに絡まるヴェネーノの魂の処理だけ。岩窟内が激しく振動し、壁や天井が少しずつだが崩れ落ちる事で瓦礫が雨となって降りしきるが、しかしそんな事を気にしている余裕は無かった。

 そもそも、魂を分割する事自体真面な思考では無いのだ。確かに龍魂の欠片という前例こそあるものの、あれはアルピナ曰く彼女がジルニアと共同で行ったものらしい。それ以前には事例としてそれが存在した試しは無いのだ。

 だからこそ、クィクィとしてもこれは完全な初めての試みだった。一応最近暇な時にアルピナから何と無く内容は聞いていたし、何より本物の龍魂の欠片を保有していた事もある為、大体の事は理解出来ている。それに、分割した魂だけで存在できる龍魂の欠片と異なり、今回は他の魂と結合させる事で存在を確定させているのだ。こんな劣化コピー如きに苦戦している様ではアルピナの友人として傍に立つのも憚られるだろう。

次回、第317話は8/10公開予定です。

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