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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第315話:魂探し

 するとクィクィは、そんな魔力のオーラを纏わせる腕を一切の躊躇も無くシンクレアの身体へと突き立てる。柔らかい腹肉から大量の血が噴出薄る事も厭わず、乱暴で狂気的な外科医の様に腹部を弄り回すのだった。


「GRAAAAAAAAAAR!!」


 故に、シンクレアはその痛みから逃れる様に地面に伏したまま暴れ回る。四肢と翼を激しく動かし、耳を劈く様な咆哮を上げてのた打ち回る。それは当然の反応であり、ある種彼女が最も求めていた反応でもある。こうして情けなく地面を転がり回る姿を見下す事が出来るのも、勝者ならではの光景だった。

 しかし、そうしてのた打ち回るシンクレアの気持ちなど一切考慮する事無く、クィクィはその腕を彼の身体のより深奥へと突き刺し続ける。ブチブチ、と肉を抉る音が隠される事無く晒し漏れ、それに呼応する様にシンクレアの体動はより大きくなる。外部からの衝撃には滅法強い龍の身体も、内部からの衝撃には他の生命と変わらない程度の耐久性しかない。

 一方、そんな彼の叫声(もとい)悲鳴と体動をその目と耳で受け止めつつ、クィクィはその冷酷で残虐な笑みを絶やす事無く保ち続けている。可憐でいとけない少女から零れる笑顔とはとても思えない猟奇的()つ狂気的なそれは、正しく彼女の本質的な性格そのものと言えるだろう。アルピナをも上回るその嗜虐性は、決して他の何者にも抑え込める程度のものでは無かった。

 だからこそ、少年はそんなクィクィの態度を前にして恐怖に打ち震える事しか出来無い。幾ら彼女が味方であり優しい上にこの感情が自分に対して向けられていないとはいえ、しかしだからと言って何事も無く見過ごす事は出来無い。むしろ、自分に向けられていないからこそ客観的にその恐怖を認識する事が出来るのだ。

 その為、少年の足はクィクィから遠ざかる様に僅かに後退あとずさる。決して逃げる訳では無いが、しかし近寄り難い感情が心を支配していた。改めて彼女が人間では無い事を思い知らされ、如何どうしようも無い絶望感すら沸き立っているかの様だった。

 しかし同時に、少年の心に浮上するのは奇妙な感覚。眼前の猟奇的嗜虐性からは到底生み出される筈の無い感情であり、何方どちらかと言えば冷たさよりも温かさに近かった。あるいは、懐かしさというか頼もしさに近い感情と言えば良いのだろうか? そんな感覚だった。

 だが、そんな感情を知覚してもそれを抱く心当たりは存在しない。そもそもとして一切の記憶が無い上に知識も無いのだ。いまかつて天使や悪魔や龍と呼ばれる生命と会った覚えは無いし、それらしいものを聞き及んだ事も無い。全てが初めての筈であり、それは疑いようの無い確信としてこれまでずっと自身の根幹を形成していた。

 それにも関わらず、そんな既知の間柄を思い起こさせられる感情がこうして浮上してきたのだ。果たしてこれが何を意味しているのか皆目見当が付かないが、しかし同時にこれが勘違いな気は一切しなかった。身に覚えが無いにも関わらず、まるで事実だと知っているかの様な確信もまた同時に心の奥底から湧出してくるのだった。

 一方、そんな彼の思いや疑問には一切気を留める事無く、クィクィはシンクレアの体内に突っ込んだ腕を乱暴に動かす事で彼の肉体を内部からグチャグチャにする。血飛沫で自分の身体が鮮赤色に塗れる事も厭わず、その金色の魔眼を瞬き一つさせず彼の体内を見据えていた。


〈魔拘鎖〉


 しかし、余りにも激しく乱暴にのた打ち回るシンクレアの体動は流石に鬱陶し過ぎる。腕を体内に突き刺す事で中心的な動きこそ抑え込めてはいるものの、末端部の動きは却って激しくなるばかりだった。その為、魔力の鎖で彼の身体を雁字搦めに固定する事で無理矢理抑え込める羽目になってしまった。

 そしてその鎖を維持しつつ、同時に指先では彼の体内に収まる魂を探り当てる。ただでさえ魔法技術や魔力操作技術が劣っている彼女では、自身より格上であるバルエルが彼にとって相性上不利となる龍に対して力業で捩じ込んだ天羽の楔を解除するのは至難の業。

 その為、スクーデリアの様に離れた場所から遠隔で除去したり、あるいはクオンが持つ遺剣の様により大きな力で強引に除去する事は不可能だった。必然的に、こうして魂に極力近付いて直接的手作業で地道に外していくしか手段が残されていなかったのだ。


 う~ん……もうちょっとなんだけどなぁ? ホント、これがボクじゃなくてスクーデリアお姉ちゃんだったらもっと早く出来てたんだろうなぁ。如何どうやったらあんな精密動作が出来るようになるんだろ? まぁ、アルピナお姉ちゃんだって出来無いみたいだし、ボク如きが欲しがるのは高望みし過ぎかな?


 まぁいいや、とクィクィは気持ちを切り替える。今どれだけそれを望んでも、一朝一夕で解決する様な生半可な問題では無い。長い長い時の果てであってもアルピナとスクーデリアの様に有意な差が生まれているのだ。自分の様な若造が悩むべき問題では無いだろう。

 それに、悪魔に限らず神の子は種族的特性として年齢に伴い力が増していく。ならば、今はだ出来無い事も今後数億年数十億年と経過するに従って出来る様になるかも知れないのだ。そう考えれば、もっと長期的な視座で捉えても良いのかも知れない。

 そんな事は兎も角、クィクィは休む事無く作業を続けていく。余りのんびりしていたら、シンクレアの肉体が持たないかも知れない。そもそもとして、肉体は魂を収める為の器。神界アーラム・アル・イラーヒーの外において、魂は肉体無しで存在する事は出来無いのだ。

 だからこそ、クィクィは確実性と迅速性を両立させる様に、漸く捕らえて手中に収めた彼の魂に対して魔力を流し込み続ける。し肉体に死が齎されてしまったら魂を肉体と共に復活の理に流さなければならず、そうなればまた膨大な時間を待ち続けなければならないのだ。それに、彼の魂に施された仕掛けの所為せいもあって神界アーラム・アル・イラーヒーへ送る訳にはいかなかった。


「やっぱりそうだったんだね。ホント、面倒な事してくれたよねぇ、バルエルは」


 手中に収めたシンクレアの魂を魔力で洗浄しつつ、クィクィは溜息交じりに言葉を漏らす。それは、呆れの感情に伴う乾笑とバルエルが天使の中でも最上位に近いからこそ成し得た御業に対する素直な感心が入り混じったもの。勿論、苛立ちの感情だって多分に含まれているが、最早そんな感情はうに通り過ぎていた。

 そして彼女は、少しばかり後退あとずさっていた少年を改めて呼び寄せる。シンクレアは今(なお)魔力の鎖で抑え込んだままな為、最早その身の安全性を案じる必要は無かった。だからこそ、それはまるで平和な街中で偶然出会った時の様な穏やかさや華やかさを纏う可愛らしい態度振る舞いをしていた。


如何どうしました?」


 足下の岩瓦礫と拘束されてなおも暴れるシンクレアに注意を払いつつ、少年はクィクィの傍(まで)戻ってくる。一見して穏やかそうに見える彼女だが、しかし何処どこと無く得体の知れない恐ろしさは感じられる。それでも、そんな分かり易く怖がる訳にもいかないし、何よりすべき事があるから呼ばれた事は分かっている。その為、そんな気持ちを如何どうにか押し殺して平常心の仮面ペルソナを被りつつ彼女に問い掛けたのだ。


「遅くなってごめんね。キミの出番だよ」


 右手を出して、とクィクィは少年に指示を出す。果たしてこれから何が行われるのか皆目見当が付かない彼としては、今この瞬間(まで)眼前で行われていた彼女の行動も相まって恐ろしさしか感じなかった。それこそ、差し出した瞬間に腕を斬り落とされても文句は言えない程の恐ろしさだった。

次回、第316話は8/9公開予定です。

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