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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第311話:咆哮と強暴化

 それでも、クィクィはこれまで培ってきた経験とスクーデリアから習った技術を駆使して如何どうにか解除を進めていく。それに、〈聖拘鎖〉と対になる〈魔拘鎖〉はかつてジルニアとアルピナが小競り合いをしていた時にそれを仲裁する為によく使用していた技。その為、技の勝手は年齢相応以上に精通していた。

 だからこそ、決して無理難題を押し付けられている訳では無かった。この程度の事、あの二柱ふたりを仲裁する事に比べたら何倍も楽。それこそ、あの二柱ふたりの小競り合いなんてそのまま放っておいたら世界が一つや二つ消滅しても可笑しくない程度の規模だったのだ。比べるのも烏滸がましいだろう。

 その為、その鎖から逃れようと藻掻き苦しむシンクレアの暴走を前にしても、彼女は決して焦る事無く解除を進めていく。バルエルの魔法なだけあってそう簡単にはいかなかったが、しかし全く以て不可能なお手上げ状態と迄は言い切れなかった。

 その間、少年は暴れ藻掻くシンクレアの長く太い尻尾や巨大で雄々しい翼や四肢末端から伸びる鋭利な爪の直撃を受けない様に彼から距離を取る。その空間の壁際(まで)極力下がり、岩場の陰に隠れる様にして吹き荒ぶ龍脈の嵐から身を護る。心の深奥で燻る使命感からして恐らく本来であれば自分が一番近くまで行かなければならないのだろうが、しかしとてもそんな事をやっていられる状況では無かった。たかが人間の少年如きでは、仮令たとえどれだけそれを望もうとも、決して手が届かない至高の領域での出来事だったのだ。

 やがて、クィクィが鎖に魔力を流し始めてから1分ほど経過しただろうか? 漸く、シンクレアを捕縛していた〈聖拘鎖〉に綻びが生じる。それは非常に小さく弱々しい破綻でしか無かったが、しかし彼女にはそれで十分だった。たったそれだけでも生じる事が出来れば、そこから幾らでも拡大出来るのだ。

 だからこそ、そこから先は非常に早かった。解除の取っ掛かりが掴めた為と言うのもあるだろうが、それ以外にも一度でも綻びを作りさえしてしまえば解除の過程で対象者の心身及び魂に負担を掛ける事が無いというのが大きい。つまり、此処ここに至るまでの様にシンクレアの心身及び魂を傷付けない様な配慮をしなくても、力業で如何どうにでも出来るという事だ。ならば、魔法技術や魔法操作技術が劣る彼女でも決して不可能では無い。伊達に年だけは無駄に食っていないのだ。それが出来るだけの力は持ち合わせていた。

 そして、それからものの数秒でシンクレアを捕縛していたバルエルの聖力鎖は跡形も無く霧散する。暁闇色の欠片が空中へ弾け、その後空間に溶けるかの様に静かに消え去るのだった。魔眼には映らないが、恐らく空間に満ちる聖力自体も同様に減少しているのだろう。


「ふぅ、やっと解除出来た。ホント、面倒臭い事好きだよね~天使って」


 全身の力が抜け落ちたかの様に眼前に崩れ落ちるシンクレアの巨体を見上げつつ、クィクィはこの場にいないバルエルに対して悪態を吐き零す。一応は彼の方がクィクィより遥かに年上であり立場も上なのだが、しかしこの際如何(どう)でも良かった。元々、悪魔としての本能により地位や階級を然程重要視していないというのもあるが、それ以上にクィクィ自身の性格が基本的な礼節を放棄していたのだ。もっとも、それは今に始まった事では無いし、それを含めてクィクィはクィクィでいられるのだから誰一柱(ひとり)としてそれを咎める者はいないのだが。

 兎も角、そういう訳もあって一方的になじられているバルエルは放置して、クィクィは改めて眼前のシンクレアを見上げる。魔眼を凝らし、この巨体の中で沈黙する彼の魂を探り当てて状態を分析するのだった。

 幸いにして、彼の魂は天使達の様に秘匿されていなかった。そのお陰もあり、ものの数秒とも言わず刹那的な時間でそれを見つけ出す。躯体の大きさが変われども魂自体の大きさや性質は他の神の子と同一。その為、分析もまた容易だった。

 しかし、魂の深奥を漏れ無く見渡そうとしたその時だった。シンクレアの巨体が徐に動き出す。空間全体が振動しているかの様な地響きと共に動く彼の肉体は、まるで巨大な岩山が自我を持ったかの様。そしてそんな光景が彼女の視界を覆い、彼女は咄嗟に距離を取る。


「おっと、危ないなぁもう。急に動かないで欲しいんだけど?」


 別に全然危険では無かったのだが、咄嗟的に彼女はシンクレアに対して悪態を吐き付ける。尚、龍との体格差は昔から良く知っている為に今更驚く様なものでも無かったのだが、それでもやはり到底無視出来る差では無かったのだ。

 そうやって明朗快活で可憐な声色と口調で呼び掛けるクィクィだったが、しかし如何やら今回は状況が違っている様だった。何というか、猛獣が檻から解き放たれたかの様、とでも形容したら良いのだろうか? そんな雰囲気だった。もっとも、シンクレアとはちょっとした顔馴染み程度でしかない為にしかしたらただの思い違いかもしれないが。

 しかし、如何どうやらそれは彼女の思い違いでは無い様だった。少々狭いながらも必要十分過ぎる程に広い空間の中でシンクレアは倒れた躯体を完全に起こし、そのまま何かに藻掻き苦しむかの様に唸り声を上げつつ周囲を見渡す。

 彼の魂から溢出する龍脈が血液に乗って全身を循環し、心臓の拍動に合わせて濃密な龍脈が衝撃波となって押し寄せる。鱗と同じ黒鉄色の瞳が金色の龍眼に染め変わり、その瞳はぐ足下で彼を見上げるクィクィの魂を捉える。


「GRAAAAAAAAAAR!!」


 そして、間髪入れずにシンクレアは空気を破る程に大きな咆哮をクィクィに向けて放つ。雪色の牙がクィクィが設置した光球の光を受けて鋭利に輝き、眼前の獲物に狙いを定めた猛獣の如き殺気を曝け出して威嚇する。

 そのまま、シンクレアは眼前の獲物に対してその大口で食らい付く。何とも野蛮で美しさの欠片も無い野性的な行動であり、クィクィは咄嗟に飛び上がってそれを回避する。


「ちょっと、急に何!? ボクを食べるつもり!?」


 驚愕と憤怒が入り混じる荒々しい口調で、クィクィはシンクレアに怒鳴り付ける。抑え切れない大きな魔力が彼女の小さな口腔から零出し、感情に飲まれた理性が思考回路を鈍麻させる。そこに駄々を捏ねる少年乃至(ないし)少女の様な可愛らしさは無く、何方どちらかと言えば我儘娘の様な傲慢さが滲出している様だった。

 しかし、クィクィは自身のそんな現状を咄嗟に客観視し、冷静さを取り戻す様に深呼吸を挟む。そして、改めて金色に輝く可愛らしい魔眼を凝らしてシンクレアの魂を観察し、根拠の伴う客観性を探す様にして状況を探る。

 そもそも、人間に限らず全ての生命に共通する事だが、行動には全て何らかの目的や理由が伴わなければならない。理由の無い行動は決して行動とは呼べず、それは全て自身の行動の意図すらも正確に認識出来ていない愚鈍な馬鹿でしかない。

 つまり、シンクレアがこうしてクィクィに対して強暴策を取っているのも何らかの理由があるのだ。そもそも、龍は聡明な生命であり、天使や悪魔と何ら変わらない知能を持っている。それは、纏う肉体と使う力が異なるだけの同一種族と言っても過言では無い程だ。

 その為、本来であればこうして強暴さを見せる事は無い。言葉だってちゃんと話すし理解も出来る。決して、こんな風に動物的咆哮だけを上げて眼前の獲物に食らい付くだけの低能ノータリンでは無いのだ。それを知っているからこそ、クィクィはより慎重になって彼の魂を探る。

 しかしたら鎖を外す時に魂を傷つけたのではないか? それが彼女の心に過ぎる最大()つ最初の可能性。しそうならその責任は全て彼女にある。勿論、鎖を掛けたバルエルにも多少の責任があるのかも知れないが、しかし決してそんな事は言うべきではないだろう。

次回、第312話は8/5公開予定です。

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