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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
306/511

第306話:戦闘開始

 チッ、とセナは溜息の中に小さく舌打ちを零す。如何どうやらガリアノット達人間もまた剣を手にして魔獣(もとい)聖獣の相手をしようと覚悟を決めている様だが、しかし決して楽観視出来る状況では無かった。それどころか、敗北の可能性が濃厚な空気が漂っている程だ。

 しかし、何も知らない人間達ではそれに気付く事は出来ず、ただ漠然と自らの力に希望を委ねて勝利を手繰り寄せようと感情を昂らせているだけに過ぎない。だからこそ余計に、その倒錯した理想と現実の剥離に対して不満と失意を募らせてしまうのだった。

 それでも、世間的には英雄として認められている身の上。茶番とはいえ、人間社会に脅威を齎す魔王を一度撃退したという実績が存在する。その為、ガリアノット達から魔王の一派だと思われているレムリエルを前にして逃走や諦観は許されなかった。レインザード攻防戦の様に魔王が複数柱存在している訳では無くたった一柱ひとりしか存在していない事からも、それはより絶対なものとして昇華されている。

 だからこそ、セナは仮令たとえレムリエルに到底敵わないと分かっていても戦わざるを得なかった。なお、別に人間社会には対して恩も情も無い為に、それらに気を遣わなくても良いのが幸いかも知れない。しかし、英雄としての地位を守り抜く為にも余り大きな犠牲を生む訳にはいかなかった。

 その為にも、セナはアルバートとルルシエに精神感応テレパシーを繋ぐ。表面上こそ普段通りの冷静さと自信を張り巡らせた様な落ち着いた態度振る舞いを残していたが、しかしその内奥からはかつて無い程の焦燥と絶望が滲出していた。


『アルバート。お前はガリアノット達人間に混ざって聖獣の相手を頼む。これだけの数を相手に、アイツ等だけだったら勝ち目が無いだろうからな。それと、ルルシエ。お前は俺の影の中に入れ。聖獣相手ならお前の力が無くてもアルバート一人で大丈夫だろうからな。最低限、死んだ魂の管理だけを手伝ってやれ』


『う、うん、分かった。でも、セナは如何どうするの?』


『この中でレムリエルの相手が出来るのは俺しかいないからな。勝ち目は無いが、多少は抗ってみるさ。その為にもルルシエ、お前にも手伝ってもらうぞ』


 セナの声色は、何時いつに無く落ち着きが無かった。弱々しく震える様なか細い声色と自棄になったお陰でかえって感情が昂っているかの様な口調が組み合わさり、常日頃の様な頼り甲斐は何処どこかへと隠れていた。

 それでも、現状この中で彼が最も強い事実(まで)は変わらない。それを知っているからこそ、アルバートもルルシエも彼に対して全てを委ねる。それがむしろ余計な重圧になっている事は承知だが、しかしそれ以外に選択の余地が無いのだ。了解、とアルバートとルルシエはセナの言葉に同意すると、自身の役目を遂行するべくぐ様行動に移すのだった。

 そして、遂に両陣営は衝突する。ルルシエがアルバートの影の中からセナの影の中へと移動し、アルバートはガリアノット達より先行する様に聖獣達へと攻め掛かる。スクーデリアから授かった魔力を漲らせ、自身の全身と剣に纏わせると、無数に存在する聖獣達へと斬り掛かるのだった。

 幸いにして、聖獣達は天使達と異なり魂の秘匿がされていない。その上、種族的な都合もあって単純に弱い。だからこそ、どれだけ数が多かろうがアルバートは聖獣の群れを余裕を以て対処する事が出来た。

 その余裕は、レインザード攻防戦以前に魔獣退治をしていた頃と比較しても飛躍的に増加している様だった。それは当然、スクーデリアと契約を交わして魔力を授かったというものが大きいだろう。しかしそれ以外にも、此処ここ最近常日頃を悪魔達と共に過ごしている事により知らない内に鍛えられ、結果として逸脱者第二段階である英雄としてのレベルが高まっているのだろう。

 故に、どれだけ数的不利とはいえども、聖獣如きの実力では悪魔の強さを知ったアルバートを崩す事は出来無い。むしろ、悪魔達の決違いな実力を改めて実感させるだけでしか無かった。なまじ身近な悪魔に旧時代出身が多い事からも、その傾向はより強かった。

 そして、そんな破竹の勢いで聖獣(もとい)魔獣を薙ぎ倒していく彼に負けまいと、ガリアノット達もまた魔獣に挑み掛かる。勿論、彼の様に一人で複数体を狩れるのはガリアノットくらいなもの。しかし、他の部隊員も複数人で一糸乱れぬ抜群のコンビネーションを形成しつつ、魔獣に致命の一撃を与えていく。

 そんな姿は、やはり当然とも言うべきか、セナの様な華やかさやガリアノットの様な雄々しさは感じられない。それでも、彼彼女らは決してそれで不貞腐れる事無く、自分達の出来る範囲で出来る事を確実にこなしてゆく。

 やがて、少しずつではあるが魔獣達に複数の肉体的死亡者が現れ始める。と言っても、魂を知らない人間達にとってそれはただの死でしかない。その為、彼彼女らは何ら気に留める事無く次の相手へと忙殺されるだけだった。

 一方、魂の存在こそ理解しているものの正式な神の子では無い為に魂の管理権限を持たないアルバートは、茫然と浮かぶ魂に対して出来る事は何も無く、彼彼女らと同じ様に次の相手へと攻め掛かるだけだった。

 そして、アルバートが英雄としての職務を完遂しつつガリアノット達もまた彼に負けじと聖獣を相手に力を振るっている頃、そのぐ側ではセナとレムリエルが互いに見つめ合っていた。彼彼女の手の中には其々《それぞれ》聖剣と魔剣が握られ、一見して平和そうな見つめ合いの背後では人間レベルを逸脱した牽制が交わっていた。

 やがて、満を持して二柱ふたりの神の子はその力を惜しむ事無く激しい衝突を繰り広げる。レムリエルが持つ聖剣は撓やかで可憐な細剣。セナが持つ魔剣は無骨で重い長剣。何方どちらもそれを持つ彼彼女の本質的性格を暗に示している様であり、同時に自身がただの人間では無い事を醸し出している様でもあった。

 だが、セナは一応人間として認識されている。その為、本来であれば魔剣を持ち出すべきでは無い。し仮にそれで不審に思われて英雄としての立場を危うくしてしまえば、アルピナ達から色々と文句を言われてしまう事は確実。

 しかし、最早そんな事を言っていられる様な余裕は無かった。こうでもしなければ即刻神界アーラム・アル・イラーヒー送りにされてしまうだけの実力差があるのだ。むしろ、天魔の理で定められた魔力の放出上限を逸脱していないだけでも感謝して欲しい程だった。

 要するに、彼としては体裁に固執して全てを失う訳にはいかなかったのだ。それに、何かあってガリアノットを始めとする人間達から正体を疑われる様な事があったとしても、適当に記憶を弄ってしまえば問題無い。幾ら業務を共にしている仲間とは言っても、それを躊躇う程の情けは抱いてすらいなかった。


「クッ……」


 それでも、気合だけで状況を打破出来る程レムリエルは甘い相手では無い。確かに彼女は穏健派であり武闘派程戦闘行為に長けている訳では無いが、しかし生まれはクィクィより年上。更に天使-悪魔間の相性差を考慮すれば、その実力はクィクィに引けを取らないだろう。あるいは、アルピナとジルニアの小競り合いを仲裁し続けてきた分だけクィクィの方が強いかも知れないが、少なくともクィクィを比較対象に出来るだけの力を持っている事は確実なのだ。

 対してセナは一応旧世代生まれの悪魔であり、何方どちらかと言えば武闘派に属している。しかしそれでも、レムリエルと比較すれば赤子同然の若者だし、何より死亡経験がある。その上、単純に種族的な相性も悪い。最早、一瞬で殺されなかっただけでも有り難く思うべきかも知れなかった。

次回、第307話は7/31公開予定です。

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