表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
305/511

第305話:レムリエルとセナ

「さて、セナ君達は何処どこにいるかな?」


 町の片隅へと降り立ったレムリエルは、キョロキョロと辺りを見渡しながら目的としている対象を探す。と言っても、人間の様に目視に限定されずとも聖眼を用いて魂の存在を知覚すれば態々《わざわざ》探すまでも無い事なのだが。その為、あくまでも体裁としての捜索行動でしかなかった。

 そして、ものの数十秒程で彼女は目的であるセナ達英雄と彼らが所属している人間の部隊を発見する。そもそもとして彼彼女らが町の中で何をしているのかは粗方想像が付いていた事もあり、態々《わざわざ》魂を探すまでも無く容易に発見出来た。


「あっ、見~つけたっ!」


 陽気で可愛らしい声色及び口調と首の後ろで緩く一つに結んだ藤色の長髪を其々《それぞれ》大路を吹き向ける温暖な海風に乗せて流し、それに相応しいだけの明朗快活な相好を浮かべたまま彼女は英雄達に近付く。一見して何て事無い平穏な態度振る舞いだが、しかしその内奥から滲出する冷徹な殺気(まで)は隠し切れていなかった。

 だからこそ、セナもルルシエも瞬時にレムリエルの襲来に気付く。魂の秘匿によりレムリエルの存在を認識出来無い状態とはいえども、しかしこれ程の反応速度は流石は神の子だろう。事実、彼彼女と共にいるアルバートはスクーデリアと契約を結んでいるとはいえ本質的にはただの人間と言う事もあり、二柱ふたりと比較して反応が遅れてしまっていた。

 それでも、四騎士ガリアノットを始めとする部隊を構成しているどの人間よりも早かった辺り、彼も彼なりに英雄に相応しいだけ人間としてのレベルから逸脱出来ているのだろう。何ならガリアノットを始め他の人間達は揃ってレムリエルに対して何ら警戒心を浮かべていないのだ。これはこれで問題行動だとは思うが、しかしそういう悪い例があるお陰もあってアルバートの行動は何だかんだで許されていた。

 しかし、セナもルルシエも——と言ってもルルシエはアルバートの陰に隠れたままで姿形は誰からも見えていないが——その相好には普段の穏やかさは一切見られない。レインザード攻防戦でアルピナと茶番を広げていた時の演技を優に上回る程に真剣な心を露わにして、レムリエルを見据えていた。

 対してアルバートは、二柱ふたりに近しいだけの警戒心を浮かべてはいるものの極僅かな楽観視が醸し出されている様だった。勿論、契約があるとはいえ本質的にはただの人間でしかないアルバートにとってあらゆる神の子は自身より圧倒的な上位存在である事には変わりない。その為、眼前にいるのがレムリエルであろうとも他の神の子であろうとも相応の警戒心を魂に宿す事には変わりない。

 その上で、しかしセナとルルシエがいるという事実がそこに微かな安堵感を齎しているのだ。なまじ、レムリエルとセナとルルシエの年齢関係とそれに付随する実力差だったり、あるいは死亡経験の有無による実力の上下を正確に把握出来ていないからこその反応だった。

 つまり、彼のその反応は立場上決して悪い対応では無い。むしろ、キチンと説明していなかったセナ達に非がある程だ。だからこそ、セナもルルシエもアルバートのその態度に対して憤懣を抱く事は無いし、それどころか説明不足だった自分達の行動を心中で嘆くだけだった。

 それでも、幾ら教養が無いとはいえどもアルバートはそこまでバカでは無かった。セナとルルシエの様子を見てただ事では無いと直ぐ様察知してその楽観的視座を捨て去る。離れた場所でアルピナ達が何やら戦闘中である事を考慮に入れ、此方こちら此方こちらで相応の戦闘が発生しても可笑しくないと改めて肝に銘じるのだった。


「レムリエルか……。まさかこっちに来るとは思わなかったな。いや、穏健派のお前だからこそこっちに来たのか? 大方、俺達がアルピナの助太刀に行かない為の牽制って所だろうがな」


「正解! 流石セナ君! まぁ、だからといっても何か御褒美がある訳じゃ無いんだけどね。それより、早速始めよっか? あんまりのんびり御喋りばっかりしてると、バルエル様に怒られちゃうから」


 レムリエルは、暁闇色の聖力を自身の指先に纏わせる。そしてそれを高らかに鳴らすと、その聖力は音の波に乗せられて空中へと疾走する。一見して突拍子も無い行動にしか見えずガリアノット達は茫然と眺めているだけだったが、しかしその正体を知っているセナとアルバートは剣を抜き放ちつつ全方位に警戒心を張り詰める。

 やがて、聖力の込められた音は完全に空中へと溶け切り、先程(まで)の平和的な空気が舞い戻る。しかし、それは極一瞬の間だけ。一息付く間も無いその微かな安堵を空間諸共破り捨てる様に、周囲には無数の暁闇色の渦が出現する。

 セナもアルバートも、其々《それぞれ》魂から魔力を産生して全身に循環させる。金色の魔眼を開き、渦の向こうに広がる空間をジッと見つめる。通常の瞳では靄が掛かっているかの様に見通せないその領域は、天使が住まう天使の為の領域である天界。空気の代わりを成す様に聖力が空間を満たす特殊な領域は、今にも彼彼女らの意識を刈り取ってしまいそうな覇気を零す様に大口を開いていた。

 そして、遂にその状況が大きく動き出す。無数に浮かぶ暁闇色の渦の向こうからは、同じく無数とも表現出来る程の聖獣が大挙を成して姿を現す。いずれも暁闇色の角を額から伸ばし、低い理性を高い本能で上書きしていそうな強暴顔を曝け出して唸り声を上げていた。

 そんな光景を見て、当然とも言うべきだが町は恐慌状態に陥る。幸いにして此処ここは町外れであり町の出入り口からも比較的近い。それに何よりつい先程(まで)戦闘騒ぎがあった場所。そのお陰もあってそこまで酷い恐慌状態では無かった。

 それでも、聖獣(もとい)魔獣が強暴である事には変わりない。普通の人間では如何どう頑張っても勝つ事は出来ず、相応の鍛錬を積んだ者であっても一体に付き複数人で相手取る事を余儀無くされる。一人で複数体を狩れるのは限られた極僅かな者だけであり、これまでも数えきれない程の犠牲者乃至(ないし)負傷者を出している。

 だからこそ、ガリアノットもそれに付随する部隊兵士達もこぞって身を強張らせて警戒する。こんな街中でこれだけ大量の魔獣を相手にする事などかつて例が無いし、何より目の前で魔獣を新たに生み出された——実際には呼び寄せただけだが、しかし無知の人間からは生み出した様にしか見えない——のだ。警戒しない訳にはいかなかった。

 対してセナは、そんな彼らと異なり一種の安堵感を過ぎらせていた。勿論、人間達から下手に恨まれない様に表立ってその安堵を表出する事は無いが、しかしそうやって隠さなければならない程には分かり易い安堵を得ていたとも言える。

 と言うのも、セナとしては聖獣では無く天使が出て来る可能性を考えていた。そうなれば幾らセナといえど如何どう頑張っても人間達を護り切れないのは確実であり、それどころか自分がもう一度神界アーラム・アル・イラーヒーに送り飛ばされる可能性の方が高い迄ある。

 しかし、改めて考えてみれば天使が来る筈が無い。天使の存在は公には認められておらず、精々レムリエルが魔王の可能性として認知されている程度。そしてそのレムリエルは無翼の天使という事もあって決して天使だとバレる恐れは無い。ならば、折角(あら)ゆる暗躍が魔獣と魔王のお陰だと勘違いしてくれている最中に態々《わざわざ》天使達を連れて来るメリットが存在しないのだ。

 その真相がすっかり頭から抜け落ちて一柱ひとり勝手に警戒していた自分の無能さを嘲笑する様に、セナは心中で自虐的な微笑みを浮かべる。そして、別に天使が来なかった所でレムリエル一柱ひとりだけでも十分過ぎる程厄介な事を改めて思い出すかの様に、大きく溜息を零すのだった。

次回、第306話は7/30公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ