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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第303話:クィクィの本性と岩窟への突入

 しかし、そんな事はクィクィにとって如何どうでも良かった。仮令たとえ天使達が如何どう感じていようとも、彼女がそれをダメだと指摘する限りにいてそれは全てダメなのだ。今回もまた彼女が天使達の行動に対して怒りを見せている限り、天使達は自身の行動を正当化する事は許されないのだ。

 だが、だからと言って唯々諾々と状況を受け入れる事は出来ない。今にも逃げ出したい恐怖が魂を抉る様に刺激するが、自身より上位から命令が下りてきている以上戦い続けなければならない。悪魔と異なり階級による上下関係が明確な天使ならではの思考回路によって、それは決定付けられていた。

 だからこそ、クィクィの魔法や単純な暴力によって蹂躙されつつも、魔法の直撃を免れた一部の天使達は彼女に歯向かい続ける。ボロボロになった躯体に鞭を打ち、離れてしまいそうな魂を無理矢理肉体に紐付けて生を手繰り寄せる。そして、改めてクィクィを足止めしようと天使達は吠えるのだった。

 しかし、それでも尚クィクィの実力には遠く及ばない。苛立ちを露わに嗜虐的本性を曝け出したクィクィの容赦無い攻撃により、天使達は次々と無言の骸へと変えられてしまう。そして、そんな死を与えられた肉体から飛び出した各魂はクィクィの手によって肉体と紐付けられ、その後速やかに復活の理を介して神界アーラム・アル・イラーヒーへと送られるのだった。

 やがて近場にいる天使を粗方始末したクィクィは、さながら快楽殺人鬼の如き狂気の相好で最後の一柱ひとりを嬲りながら溜息を零す。ボロ雑巾の様に岩場へ投げ捨てられ最早生きているのか死んでいるのかも分からない状態となったその天使を足蹴にしつつ、彼女は眼前にしゃがみ込んで目線を合わせる。

 幼い少年の様にも少女の様にも見えるその純粋無垢な外見は、今(まさ)に自分達を虫籠の中の羽虫の様に嬲り殺しにした存在とは思えない。潮騒に乗せて柔らかに靡く緋黄色の御髪はその外見に相応しいだけの明朗快活さを強調する様であり、大きな金色の瞳はさながら愛玩動物の如き愛おしさを抱かせてくれる。

 しかし、最早そんな雰囲気に騙される程能天気にはいられない。彼女が文字通り全神の子で最恐()つ最凶な存在である事を痛い程実感させられ、その名声に恥じないだけの悍ましさを魂に刻み込まされる。


「ホント、キミ達って鬱陶しいよね。上位階級の傀儡人形で自由意志なんてこれっぽっちも無いのに無駄に頑張っちゃってさ。ボク、キミ達のそういう所ホント大っ嫌いだからさ、いい加減死んでくれない?」


 眼前に倒れ込んでいる天使に対して、クィクィは手掌を翳す。名前なんて全く覚えてないし、階級だって最早如何(どう)でも良かった。一々覚えてあげる義理なんて初めから存在しないし、そもそもとして覚えたくも無かった。

 だからこそ、クィクィは自身の魂で産生される黄昏色の魔力を静かに集約する。遠慮も情けも掛けてあげる事無く、冷徹さと冷酷さに偏倚した無慈悲な魔弾がそこに構築される。それにより、その天使の相好は明確な恐怖の色に染まっていた。

 その余りの恐怖は、恐らくクィクィに対して潜在的な恐怖を抱いている為。きっと、神龍大戦の何処どこかのタイミングで一度(ある)いは二度以上に亘って彼女から肉体的死を贈られた事があるのだろう。それにより魂に打ち込まれた恐怖の楔が、今この瞬間にかつて無い激しさで泣いていたのだ。

 しかし、そんな天使の命乞いにも等しい叫びに対してクィクィは何の躊躇いも無く魔弾を撃ち込む。それによりその天使の肉体は大半が跡形も無く蒸発し、残された肉片だけが魂と紐付けられる事で神界アーラム・アル・イラーヒーへと送られるのだった。

 さて、とクィクィは先程迄とは打って変わった可愛らしく快活な少女の如き口調と声色と相好で立ち上がる。返り血による汚れを一切気に留める事無くクオン達の方へと軽やかに跳ねる様な足取りで近付くと、まるで平穏な街中を散策しているかの様な笑顔を花咲かせた。


「これで粗方大丈夫かな? じゃあ、ボクとこの子で驪龍の岩窟に行ってくるから、クオンお兄ちゃんはアルピナお姉ちゃん達と一緒に残りの天使達を片付けてくれる? あの二柱ふたりなら絶対に大丈夫だけど、だ数が多いみたいだから」


「あぁ、分かった。クィクィも無理するなよ……って言いたいけど、俺如きが言うのは可笑しいな」


 ハハハッ、と自虐的に笑うクオンの魂からは、クィクィに対する恐怖の色は滲出していない。完全な味方だと信頼しているからこそ、仮令たとえ彼女の本性が普段の態度振る舞いとは正反対なものであろうとも一切の嫌悪感乃至(ないし)恐怖を抱く事は無い。どんな態度振る舞いをしようとも彼女は彼女であり、契約に基づく主従関係に従ってクオンは彼女に全幅の信頼と信用を預けられるのだ。


「ううんっ、そんな事無いよ! 心配してくれてありがとっ、クオンお兄ちゃん!」


 えへへっ、と満面の笑みを浮かべて、クィクィは改めてクオンの言葉を喜ぶ。外見年齢相応のあどけなさが残る態度口調は、戦場の直中にあってもとてもそうとは思えない程に平和的であり、一瞬だけ此処ここがその戦場である事を忘れてしまいそうだった。

 しかし、クオンはハッと息を呑んで理性を現実に引き戻すと、此処ここが間違い無く戦場である事を再認識する。それも、本来であれば真面に存在する事すら不可能な上位存在同士による戦場である事を、彼は胸に刻み込む。


「それじゃあ、行こっか!」


「はいっ!」


 クィクィは少年に対して陽気()つ可憐な口調で問い掛ける。そして少年もまたそれに対して完全な信用と全幅の信頼を預ける様に元気良く頷く。こんな死と隣り合わせの超常的な戦場の直中にあってこれだけの態度振る舞いを残せている辺りなんと気丈な性格をしている事だろうか、とクオンは感銘を受けてしまうが、少年自身その理由は分からなかった。しかし、何故か驪龍の岩窟に入れるという実感が確実性を帯びる毎に、不思議と勇気が湧いてくるのだ。

 だからこそ、今もこうして戦場の直中にあってもなんて事無い様に振る舞えているし、むしろより一層の元気が漲ってくる始末だった。驪龍の岩窟に入る目前となった今、その思いは最高潮に達しているのだ。

 しかし、その心の中には絶えず大きな疑問が渦巻いていた。驪龍の岩窟が何故こうも心を昂らせてくれるのだろうか。それも、単純な好奇心による興奮状態では無く、明確な意思に基づく情動の結果によりこの精神状態は形成されている。これもまた失われた記憶に関与しているのだろうが、だからこそ余計に自身の正体と事の真相が不透明になってくる。

 一方そんな彼に対して、クィクィは何処どこか慈愛の心が垣間見える瞳を浮かべていた。それはさながら親心にも似た境地によって生み出されている様でもあるが、残念な事に少年自身はその瞳に気付いていなかった。それでも、彼に対して何らかの特別な心情がある事は確実だった。

 それを解明する為にも、クィクィと少年は肩を並べて驪龍の岩窟へと飛び込むのだった。体格が余り変わらない姉弟の様にも見える後姿を見送りつつ、クオンは改めて気合を入れる。遺剣を握り、龍魔力を錬成して魂と瞳と剣に纏わせ、改めて攻め掛かってくる新たな天使達に対して真っ向から挑み掛かるのだった。

 同時に、彼は精神感応テレパシーをアルピナとスクーデリアに対して繋ぐ。それは、状況を二柱ふたりに報告する為。態々《わざわざ》言わなくても気付いているとは思うが、人間的な思考回路のお陰で如何どうしても意思共有をしておかないと落ち着かなかったのだ。


『アルピナ、スクーデリア。クィクィ達は無事に驪龍の岩窟に入った。それと、さっきからレムリエルの姿が見えないが、二柱ふたりは何か知ってるか?』

次回、第304話は7/28公開予定です。

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