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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第300話:嵐の前の静けさ

 穏やかそうな相好のまま、バルエルは氷の様に冷たく恐ろしい金色の聖眼でクオンと少年を見据える。そんな一見して素直な挨拶の様にしか見えないそれに対し、しかしクオンも少年もまるで自分の魂が吸い取られてしまっているかの如き恐ろしさを知覚して無意識的に身構える。


「俺達に……?」


 だからこそ、会いたかった、というバルエルの言葉に対して、クオンは一瞬だけ反応が遅れてしまう。一体如何(どう)いう意味なんだ、悶々たる思いを曝け出す様に首を傾げつつ茫然とし、戦闘に対して漲っていた覚悟が削がれてしまう。

 同時に、少年もまたクオンと同じ様にバルエルの言葉に対して思考を深めてしまう。自身の失われた記憶と執拗に狙われている事実の二つと深く結びつきそうな発言だからこそ、その意図を汲み取ろうと意識を偏らせてしまっていた。

 しかし、たったそれだけの言葉で事の真意を理解出来る筈が無い。そんな事が出来ていたらそもそもとしてこんな苦労を強いられる筈が無いだろう。それは、二人に入力される情報をアルピナ達が意識的に取捨選択している事からしても容易に理解出来る。

 だからこそ、クオンも少年も純粋な疑問を以てそれを尋ね返したのだ。勿論それは、真面な答えが返ってくる筈が無いだろう、というある種の諦観にも似た心境を胸に携えた上での言の葉。それを示すかの様に、その言葉は困惑で糊塗された声色によって形作られていた。

 そんな困惑と疑問に思考を支配される二人の人間達の態度振る舞いは、敵対する天使達には非常に至極当然な姿として映る。勿論、立場や境遇の兼ね合いもあってそれは仕方無い事なのだ、と言うのは重々自覚している。そもそも、クオンは異なるが少年の方に至っては彼彼女ら自身が主犯なのだ。承知していない筈が無かった。幾らそれが目的遂行に際して偶然生じた副次的産物でしか無かったとはいえども、忘れてしまう程に薄い印象では無かったのだ。

 何より、会いたかった、という言葉は本心なのだ。決して、嘘偽りで虚飾されたお世辞なんかでは無い。少年にしろクオンにしろ、その背後に隠された事の真相は天使であるバルエル達にとっても非常に興味深い事。それどころか、取り分けクオンの方は天使長たるセツナエルが今最も望んでいる願い事でもあると言って差し支え無いのだ。

 その為、彼女から下された勅令を完遂する為にも、何より旧友にして幼馴染でもあるシャルエルとルシエルの敵討ちの為にも、是非一度直接相見えたかったのだ。計画外の行動こそ計画に支障を来たす最大の要因だとは知っていても、そればかりは譲れなかった。


「そうそう。その少年に関しては僕の掌から零れた落とし物だからね。まぁ、ワザと放逐したと言った方が正しいのかも知れないけど……。それと、クオン君に関してはこうして直接会うまでは半信半疑だったんだよね。でも、漸く気付いたよ。やっぱり君は——」


 優しさと大人しさが消失し、反転する様に妖艶さと冷徹さの相好を浮上させるバルエルは、金色の聖眼でクオンの魂を食い入る様に見据えながら微笑み掛ける。彼の魂に宿る秘密を白日の下に曝け出させてあげようとするかの様な取って付けた善意の声色と口調を、その眼光の中に滑り込ませる。

 しかし、そんな彼の言葉は突如として降り注ぐ魔力の弾丸によって遮られる。それは日輪の様に輝かしく、あるいは月輪の様に美しくもある静謐さと凶暴さを兼ね備えた黄昏色の輝きの凝縮体であり、誰に指摘されずともそれがアルピナのものである事は明々白々だった。


「クッ……」


 バルエルとレムリエルは、咄嗟にその魔弾を躱す。決して全力の一撃では無い事くらいは分かっているが、しかし実力の差から如何どうしても安易に遣り過ごすには危険が大き過ぎた。威力を見誤って大きな損傷を負ってしまっては元も子も無い以上、多少大げさでも確実な回避行動を余儀無くされたのだ。


「獲得した知見を自慢げに曝け出したい君の気持ちを侮辱するつもりは無いが、しかしこの場での発言は遠慮してもらおう。だ、それを公にする訳にはいかないからな」


 さて、とアルピナは冷笑を浮かべる。銃の形にして二柱ふたりの天使を捉えていた指を解きつつ、金色の魔眼が彼女の本質的な暴虐性と冷酷性を余す事無く曝け出す様に輝く。魂から放出される魔力が全身に隈無く満ち、悪魔としての本質的な恐怖が具現化しようと暴流していた。

 そして、銃の代わりを成す様に彼女の手掌に魔力が集約され、やがて黄昏色に輝く一振りの長剣として具現化される。悪魔を悪魔足らしめる純粋な魔力のみで構築されたそれは、周囲一帯を冷たく恐ろしい環境へと一変させる。

 それに続く様にスクーデリア、クィクィ、クオンもまた魂から魔力乃至(ないし)龍魔力を迸出させ、手に魔剣乃至(ないし)遺剣を握り締める。魔眼及び龍魔眼を燦然と輝かせ、艶やかな御髪を潮騒に靡かせて静かな闘志を昂らせた。


「無駄話はこの辺りで終わりにしようか。お互い、そろそろ決着を望んでいる頃合いだ。まさか、この期に及んでだ逃げおおせられるとは思っていないだろう?」


「そうだね。僕もそのつもりで顔を見せたから」


 バルエルもまた、アルピナに対抗する様に魂から聖力を迸出させる。そして、それに呼応する様に暁闇色の輝きが手掌に集約され、同じく一振りの細剣が具現化される。人間社会に存在するあらゆる武器防具よりも美しく神聖な輝きと雰囲気を内包するそれは、しかしそれとは対極する様な血(なまぐさ)い殺気をこれでもかと迸らせている。

 同時に、何処どこからともなく大量の天使達が降臨し悪魔達を取り囲む様に集結する。相変わらず魔眼及び龍魔眼に魂が映らない事から見逃してしまっていた様だった。そんな彼彼女らは、其々《それぞれ》瞳の中で金色の聖眼を日輪の様に輝かせつつ暁闇色の聖剣を握り締めてアルピナ達と向かい合い、その出方を窺う様に睥睨していた。

 尚、背中から伸びる翼は全員揃って一対二枚であり、彼らの階級が主天使級から天使級の間である事を教えてくれていた。それはつまり、全員漏れ無くクィクィより若い世代である事の証であり、言い換えれば本来なら歯牙にも掛けない相手でしか無いという事の証左でもあった。

 しかし、だからと言って彼女ら悪魔及びクオンは油断出来無かった。確かに階級やそれに付随する実力差を考慮すれば取るに足らない相手でしかないし決して負けようの無い相手でしかない事は明白。それでも、魂が見えないという要素がその戦いの難易度を底上げしていた。純粋な視覚のみで状況を把握しなければならないという窮屈感が、如何どうしても付き纏ってしまうのだ。

 それでも、だからと言って自信が無い訳では無い。此処ここ数日間に亘って幾度と無く襲撃され続けてきたのだ。最早ある程度の慣れすらも感じ始めている頃合いだった。それに、二度の神龍大戦で数多くの経験を積み重ねてきた。今更この程度の不利的状況は不利とは呼べなかった。

 だからこそ、アルピナもスクーデリアもクィクィも揃って冷静さを保ったままで不敵な笑みを浮かべる。尊大さと冷酷さを曝け出すアルピナも妖艶さと冷徹さを纏うスクーデリアも嗜虐的嗜好と少女らしい稚さを露呈させるクィクィも、三者三様でありながらもいずれもまた違った悪魔らしさを感じさせる恐ろしさを含んでいる様だった。

 そして、そのまま暫くの無言の時が過ぎる。三柱さんにんの悪魔と二人の人間——内一人は戦力として数えられない——対数十を超す天使の集団という構図は、目に見える形の戦闘行為を行っていないにも関わらず空気が死と狂気の色に染まっていた。

次回、第301話は7/25公開予定です。

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