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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第299話:龍の力と少年の意思

 一方、そんな彼女らと違ってシンクレアという龍を知らない純粋な人間であるクオンは、その龍脈を知覚して当然の様に彼女らとは異なる感情を抱いていた。別に懐かしさを感じる訳でも無いし、何なら幾ら龍魔眼を開こうとも彼女らの魔眼程の精密さは得られないのだ。余りにもか細い龍脈を前に、その存在を認識するだけでやっとの状態でしか無かった。

 それに対し、クオンに抱えられる形で運ばれる少年——本当はクィクィがやりたかった様だが、体格の都合でクオンになった——は、彼女らの様な魔眼を始めとする各種瞳を有していない為、何が何やらさっぱりと言った具合で身体を預けていた。

 しかしそんな中、彼の脳内に奇妙な感覚が流れ込む。それは、失われた記憶を補完する様に埋め込まれた漠然とした思い。ベリーズに行かなければ、というこれまで常に脳裏にこびり付いていた使命感に似た強迫観念の続きの様なもの。

 と言っても、これまでの様な行動を促す漠然とした決意では無く、何方どちらかと言えば謝罪意識と懐かしさが綯交された複雑な心情。果たして何をきっかけにそれを抱いたのかは定かでは無いが、驪龍の岩窟に近付く程にその思いは一層強くなり続ける。

 やがて遂に驪龍の岩窟の入り口を発見した時、少年の脳裏にこびり付くその思いは確信へと変わる。今自分がこうして存在しているのは此処ここ驪龍の岩窟に来る為だったのだ、という天啓にも似た確信が少年の心を塗り替えたのだ。

「そうだ……僕は此処ここに来なくちゃいけなかったんだ……」

 故に、少年は無意識の内に呟く。それは眼下で打ち付ける波音にすら搔き消されてしまいそうな程にか細いものだったが、しかし少年を抱き抱えているクオンの耳には確かに届いた。だからこそ、その真意を問う為にもクオンは彼に問い掛ける。

「来なきゃいけない? そういえば、初めて会った時もいかなければならない場所があるって言ってたな。その続きか?」

 そういえば、とクオンは少年と初めて出会った数日前を思い出す様に空を見上げつつ呟く。それでも一体何が何やらさっぱりであり、もっともらしい予想の一つすら思い浮かばなかった。だからこそ、その視線は無意識の内にアルピナ達悪魔へと向かっていた。何か意図的に情報を隠している彼女らならきっとその意味も知っている筈だ、という嫌味ったらしい願望だった。

 そして、そんな彼の金色の龍魔眼で見据えられるアルピナ達悪魔は、其々《それぞれ》大した驚きも困惑も抱かない。至って正常な相好を携えたまま、日輪の様に輝かしくありつつも氷の様に冷たくも感じられる妖艶な眼差しで彼を見つめ返す。

「行けば分かる、と言っただろう? つまり、そういう事だ」

「そうそう。そんなに焦らなくても大丈夫だよ」

 やれやれ、と言った具合にアルピナは呆れ、クィクィもまたそれに同意する様に笑う。齢20にも満たない様ないとけない顔立ちをしている小柄な二柱ふたりの少女に一笑に付せられ、クオンは咄嗟に返す言葉を失った。あるいは、図星だったからこそ何も言い返せないだけだったのかも知れない。いずれにせよ、クオンは大きく息を零しつつ彼女らの言葉を受け入れる他無かった。

 その時だった。彼女ら全員から丁度死角となる方角から、突如として暁闇色に輝く一つの聖弾がアルピナの背中を強襲する。音より速く、しかし一切の音を生じさせない無音の弾は、その色を裏打ちする様な強烈な聖力によって構築されており、否応無しにそれが天使による攻撃だと認識させられた。

 しかし、アルピナはそんな完璧な不意打ちを一瞥もする事無く後ろ手で容易に受け止める。果たしてそれに殺気が無かった為なのか、あるいは単純に力が弱過ぎたのかは定かでは無いが、兎も角彼女にとっては児戯にも等しい一撃だった。

 同様に、スクーデリアとクィクィもまた彼女が受けるその攻撃を前にして大きな驚きを浮かべる事は無い。まるでそうなる事が分かっていたかの様な態度振る舞いは、あるいはただ単純に彼女の事を信頼しているからこその安心感によって生み出されているのかも知れない。

 対して、クオンと少年は、突如として受ける外部からの攻撃を知覚して咄嗟に身構える。取り分けクオンに至ってはそれが天使による攻撃だと認識出来たからこそ、より一層の警戒心を胸に抱きつつ異空収納から遺剣を取り出す。そしてそのまま龍魔力を練り上げると、自身の魂と瞳と遺剣に其々《それぞれ》纏わせるのだった。

 一方で、その一撃を受け止めたアルピナは、その攻撃の主が誰かを瞬時に突き止める。聖弾を構築している聖力の波長を読み取りさえすれば、したる苦労には成り得なかった。故に、魔眼を輝かせつつ舌打ちを零すと共に、その下らなさに対してワザとらしく溜息を零すのだった。

「まったく、久し振りの再会にしては随分とつまらない歓迎会だな、バルエル。だレムリエルの方がよっぽど楽しみ甲斐があった程だ」

 聖弾を撃ち込んできた方角を振り向きつつ、アルピナはつまらなさそうに呟く。期待の欠片も抱いていない声色と口調は、味方であるクオンや少年からしても余り触れない方が良さげな苛立ちと冷徹さを感じられる。し下手に刺激しようものなら辺り一帯が更地になるだけでは済まない様な報復が待っていそうな予感を抱かされたのだ。

 そして、そんなアルピナの金色の魔眼が見据える先。つまり、眼下に広がる海食崖の一角に開けられた目立たない海蝕洞の入り口に、二つの人影が映る。一見して人間の様にしか見えないそれは、しかし紛う事無き天使であり、それも相応に高い階級である事を思わせる迫力を内包していた。

 その内の一方は、これまで幾度と無く彼女らを襲撃してきた無翼の天使こと座天使級天使レムリエルだった。しかし残るもう一柱ひとりこそ、たった今アルピナに攻撃を仕掛け彼女にその名を呼ばれた天使バルエルに他ならなかった。

 その姿形は栗色の短髪と飾り気の無い衣服を纏った至って普通の好青年であり、何方どちらかと言えば大人しそうな印象を抱かせる。外見年齢的にはクオンと大差無さそうであり、体格に至っては彼よりもずっと小柄で悪魔で言うとアルテアと大差ない程。

 しかし、そんな人間らしい印象と対極する様に背中から伸びる二対四枚の翼は、彼がまさしく天使である事の証左。それも、シャルエルやルシエルと同格となる智天使級天使である最大の証であり、それに見合うだけの神聖さを内奥から溢出させていた。

 そもそも、智天使級天使とは天使の位階九つの内上から数えて二番目となる階級であり、熾天使級天使と座天使級天使の間に位置する階級。つまり、レムリエル達より上位でありセツナエルより下位になる存在。現在この世界に生きる悪魔で彼と同世代の者は存在せず、クィクィですら彼より遥かに年下。むしろ、アルピナやスクーデリアの方が彼とは年が近いまである。

 そんな彼は、その階級に相応しいだけの覇気と殺気を隠す事無く曝け出してアルピナ達を見上げていた。その優しく大人しそうな印象とはまるで正反対なそれは、だからこそより一層の得体の知れなさを醸し出していた。

 その為、放出している聖力量はシャルエルやルシエルと程変わらないにも関わらず、クオンの魂は不必要な程の恐ろしさに身構えてしまっていた。むしろシャルエルの様な分かり易い獰猛さの方がかえって受け止め易かったし、ルシエルの様な外見通りの穏やかさの方が有り難かった。

「そうかな? アルピナ公が暴れ過ぎなんじゃないかな? でも、本当に久し振りだね。10,000年振りだっけ? 会えて嬉しいよ。クオン君とその少年にもね」

次回、第300話は7/24公開予定です。

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