第295話:魂秘匿の真相②
しかし、そんな彼女の態度に反してアルピナの相好は何処か浮かないものだった。苦しそう、という訳では無いが、何処か納得いっていない様な印象を与えてくれる。それこそ、天使達が握っていた謎を解明したにしては奇妙な程だった。だからこそ、如何した?、とクオンは彼女を心配する様に尋ねる。
それに対して、アルピナは何処か不服そうな相好を浮かべつつもクオンの心配や不安を吹き飛ばすかの様な普段通りの態度を見せる。そしてその顔色を維持した儘、やれやれ、と彼女は一言前置きした上で真相を明かす。
「理論自体は判明したが、真面な運用は現時点では到底現実的とは言えないな。しかし如何やら、あの秘匿の正体は聖力と魔力と龍脈の合成の様だな」
アルピナからしても荒唐無稽の様にしか感じられないその真相を口にしつつ、彼女は大きく溜息を零す。天使の魂に宿る聖力、悪魔の魂に宿る魔力、龍の魂に宿る龍脈。それら三つの力の合成という真相は、それ程迄に非現実的な回答だったのだ。
「聖力? 魔力と龍脈は兎も角、聖力なんて何処から持って来たんだ?」
アルピナは純粋な悪魔である。それに加え、スクーデリアとクィクィもまた純粋な悪魔であり、クオンと少年は只のヒトの子である。つまり、今この場に於いて聖力を宿している者は本来存在しておらず、聖力を調達する事は不可能な筈なのだ。
しかし、アルピナが言うにはその現象に聖力を用いているらしい。それも、只の理論立てでは無く今正に眼前で実践して見せた。つまり、彼女は何処からか聖力を調達してきたという事であり、普通に考えればあり得ない事象なのだ。
「ワタシは多少なら聖力も使用出来るからな。尤も、魔力と違って本来なら持っていない筈の力である都合上、天魔の理の影響下では欠片程度しか扱えないがな。だからこそ、君達の魔眼や龍魔眼には映らなかった。只それだけの事だ」
アルピナが聖力を使用出来る事を、クオンは部分的にしか把握していない。レインザード攻防戦の前晩に彼女がセツナエルと邂逅した際に放出したあの一件を宿の中から観測したあの時だ。あの時は天魔の理を無視した出力を放出したからこそあれだけの強大な力を扱えたのであり、そうでは無い現在ではたかが知れてしまうのだ。それこそ、周囲の人間達に怪しまれない様に翼を秘匿した状態ともなればその程度は知れている。
尚、アルピナが悪魔であるにも関わらず聖力を使用出来るのは、その特殊な事情によるもの。それこそ、天使であるセツナエルが魔力を使用出来る事と真相は繋がっており、それもまた第一次神龍大戦の勃発に絡んでくる。
だからこそ、彼女より魔力操作に長けているスクーデリアや子供の様に純粋な性格をしているクィクィであっても、聖力を使用する事は出来無い。全悪魔の中で唯一アルピナだけに与えられた特権であり、或いは負の遺産でもあるのだ。
それでも、今回に限っては都合が良かった。怪我の功名と言って正しいのかは知らないが、何れにせよ真相解明の助けになったのは紛れも無い事実。だからこそアルピナも、こうして聖力を使用出来る事を心中で素直に感謝するのだった。
一方で、そんな彼女の言葉を聞いたクオンは漸くその真相に納得がいく。確かに、レインザード攻防戦の前晩にアルピナは天使の誰かと会って聖力と魔力を衝突させていた。それも、普段の戦闘中に放出するそれとは比べ物にならない程に強大な力だった。
その上、アルピナの波長であり乍ら聖力の波長も併せ含んでいるし、天使の波長であり乍ら魔力の波長も併せ含んでいるという奇妙な状態だったのは印象的だった。果たしてそれが如何いう真相だったのかを聞こうと思ってスッカリ忘れていたが、その真相が漸く判明したのだ。
尚、セツナエルという天使とは未だ会った事が無い為に、彼女が果たしてどの様な天使でアルピナと如何いう関係にあるのかはイマイチ認識出来ていない。それでも、アルピナと同格の天使でありアルピナと同じく聖力と魔力の両方を使用出来、更には向こうの方が相性上有利なのだ。相当に強大な天使だというのは痛い程実感出来る。
故に、未だアルピナに歯向かった方がマシなのかも知れない、とすら彼としては思ってしまう始末だった。勿論そんな事をする積もりは無いしする勇気も無いのだが、これ迄二度に亘り行ってきた智天使級天使との戦いのせいで無意識の内にそう思ってしまっていたのだ。
そしてクオンがそんな思いを馳せている頃、アルピナはそれとはまた似て非なる事を考えていた。と言うのも、確かに彼女もまたクオンと同様にセツナエルの事を考えていたが、彼の様に素直に関心と納得を向けている訳では無かった。
先ず前提として、龍脈を龍以外が使用する方法は幾らか存在する為に如何でも良いとして、聖力と魔力を同時に使用出来るのは彼女が知っている限りでは自身とセツナエルの二柱だけなのだ。他の神の子でそんな事が出来るなんて話は聞いた事も無いし先ず有り得ない。抑自分達がこうして聖力と魔力を同時に使用出来る事自体かなり特殊な事情が絡んでいるのだ。尚の事だろう。
兎も角、だからこそ彼女は悩まされる。聖力と魔力を同時に使用出来るという圧倒的な優位性を捨てて迄バルエルのこの所業を認めている事が、彼女には理解出来無かった。それも、魂の完全秘匿などと言う行為に目を瞑って迄これを放置しているのだ。何か裏がある様な気がしてならなかった。
しかし、だからと言って何か尤もらしい答えが直ぐ様思い浮かぶ訳でも無い。疑問は疑問の儘空中に浮かび、着地処の無い不明瞭な名残雪を散らせるだけでしか無かった。だからこそ、アルピナとしてもそれ以上深く考える事は無かった。
一方、クオンと同じくアルピナの答えを聞いた二柱の悪魔スクーデリアとクィクィは、クオンと異なりアルピナの答えをすんなりと受け入れた。それはクオンと異なり、アルピナが聖力を使用出来る事とセツナエルが魔力を使用出来る事を知っているからこその思考回路だったとも言える。或いは、事の発端がセツナエルにあるからこそ深層心理の更に奥底で無意識の内に聖力と魔力と龍脈の合成という可能性を考慮していたのかも知れない。
何れにせよ、アルピナが導き出したその真相を前にして二柱は穏やか且つ冷静に微笑む。そして、彼女の言葉に乗る様にスクーデリアが静かに口を開く。成る程、とパズルのピースが綺麗に嵌ったかの様なスッキリ感を吐息の中に込めるのだった。
「そういう事だったのね。道理で私の魔眼も出し抜かれる訳だわ。でも、だとしたらバルエル達は何処から力を供給しているのかが現時点での悩みよね? それさえ絶てればまた魂は見える様になる訳だし……」
顎に手を添えて悩むスクーデリア。しかし、それでも尚彼女の知的で上品な印象は崩れる事は無く、寧ろ彫刻作品の様な美しさすら漂わせる。風に靡く鈍色の長髪の一本一本に至る迄の全てが、彼女の悪魔的美麗を殊更に強調していた。
そして、そんな彼女の自問とも他問とも取れる様な言葉に対して最初に答えたのは、アルピナでは無くクィクィだった。彼女は、栗毛の少年の両肩に背後から手を置く事でまるで包み込む様にして彼の身を護りつつ、深刻さの欠片も抱いていない稚く可憐な少年とも少女とも取れる中性的な顔立ちを目一杯輝かせていた。
「う~ん……。やっぱり、シンクレアとヴェネーノかなぁ? ほら、驪龍の岩窟がある場所ってシンクレアが根城にしてた場所に近いし、ヴェネーノってシンクレアと仲良かったよね? それにさ、この状況なんだから他に可能性なんて無くない?」
次回、第296話は7/20公開予定です。




