第294話:魂秘匿の真相
それに、スクーデリアは不閉の魔眼を発露させているし単純にアルピナよりも魔力操作が上手である。故に、アルピナが何をしようとしているのかは大体理解出来るし、そこから得られるであろう情報も凡そだが予測出来る。だからこその、確認の意味を込めた問い掛けだったのだ。
そして、そんな彼女の静かでありつつも魂に深く突き刺さる様な冷たい瞳と共に零れる問い掛けに対して、アルピナは足を止める事無く小さく息を零す。そうだな、と一言前置きした上で、魔眼は龍剣へと向けた儘言の葉を紡ぐ。
「取り分け目ぼしい成果は見られないな。尤も、ワタシは君と違って精密な魔力操作は然程得意では無い。あまり期待されても困るがな」
自虐的な苦笑を零しつつ、しかしアルピナは絶えず龍剣に意識を集中させ続ける。果たしてその儘続けていても意味があるのだろうか、とクオンとしては疑ってしまいたくなるが、しかしアルピナがそれをする限りに於いては何らかの意味があるのだろう。事実、スクーデリアもクィクィもアルピナのその行動に対して制止も困惑もしていない。クオンより遥かに長い時を共に歩み続けてきたこの二柱が信じているのだから、新参者のクオンが兎や角言うべきでは無かった。
そんな時だった。アルピナが何かを閃いた様な相好を浮かべて龍剣を見据える。これ迄顔色一つ変えず只管に睨めっこしていた事もあり、尚の事分かり易かった。その上、常日頃からアルピナは傲慢で不遜で冷酷な顔色を絶やす事が基本的に無い。それとはまるで異なる相好を浮かべたのだから気付かない筈が無かった。
故に、クオンもスクーデリアもクィクィも、アルピナのそんな機微を察知して何かしら問い掛けようとする。唯一少年だけは何も分からないといった具合に無言で眺めているが、しかしそんな事を気にしている場合では無かった。最低限、何時来るか分からない天使からの襲撃に備えて彼の身の安全を確保出来る程度の警戒心を張り巡らせているだけだった。
そして、そんな彼彼女らが口を開くより早く、アルピナは言葉では無く行動でその意図を見せつける。アルピナは魔力を龍剣に流し込んでヴァ―ナードの残留意思を無理矢理従わせると、自身の魂へ向けて龍脈を逆流させる。
それは普段クオンが遺剣〝ジルニア〟を用いて龍魔力を合成する際に用いている手段と全く以て同じであり、龍剣〝ヴァ―ナード〟だけが持つ特異な能力でも無ければアルピナだけが行使出来る唯一無二な権能でも無い。
軈て、ヴァ―ナードの龍脈がアルピナの魂へ到達する。二色の絵の具が綯交される様に黄昏色の魔力と琥珀色の龍脈が絡み合い、単純な足し算では導き出せない強力な覇気を纏う龍魔力が新たに合成されアルピナの魂に満ちる。
その光景は、普段龍魔力を身に纏い天使達と戦っているクオンの瞳にすら新鮮且つ印象濃く映る。と言うのも、クオンが纏う龍魔力は、龍脈こそ彼女と同じく龍剣——遺剣も特殊な龍剣という意味では同一と定義出来る——からの抽出であるという点で共通している。一方魔力に関しては、クオンのそれがアルピナから授かった借り物の魔力であるのに対し、アルピナのそれは彼女自身の生まれ持った力であるという点で異なっている。
そのお陰もあってか、或いはそうでは無い単純な力量の差かも知れないが、何れにせよ彼女がたった今合成した龍魔力はクオンが纏う龍魔力を遥かに上回る覇気を内包していた。皇龍の力というアドバンテージを帳消しにするその力は流石は純粋な神の子同士の合力による成果だろう。クオンの様に器に軟弱なヒトの子が介在していれば到底成し得ない類稀な光景だった。
或いは、単純にクオンが龍脈と魔力を合成するのが下手糞なだけかも知れないが、そんな事は大した問題では無かった。兎に角この際は、クオンのそれを遥かに上回る純度の高い龍魔力が今正に眼前に存在しているという事実の方が重要だったのだ。
しかし、只それだけだったら別にそこ迄驚く様なものでは無い。確かにクオンからしてみればこれだけでも十分過ぎる驚きなのだが、しかしそれはクオンの知識が無い為。龍魔力などという非人間的な超常の力に関する知識など、こうして神の子と出会わなければ知りもしなかった領域なのだ。
対して、彼と共にこれを見るスクーデリアやクィクィにしろ実際にこれを行使しているアルピナからすれば比較的身近な存在。或いは、自身の根幹を成す核そのものと言った方が正しいかも知れない。過去数十億年に亘る時の中で飽きる程共に過ごしてきた力を前にして、如何して驚く様な事があるだろうか。何より、龍魔力自体遥か昔から存在していた既知の技術。尚の事だろう。
つまり、アルピナの感情を揺さぶる様な何かというのはこれでは無いという事に他ならない。此処から先に存在する何かこそ、アルピナが今正に発見した驚愕的な事実に他ならないのだ。果たしてそれが今彼彼女らが求めている天使の魂に関する手掛かりや驪龍の岩窟に関する何かに直結するのかは定かでは無いが、だからこそ彼彼女らは挙ってアルピナの次の行動を注視する。
そして、そんな彼彼女らの想いを汲み取るかの様に、アルピナは合成した龍魔力を巧みに操作する。幾ら自己評価で魔力操作が苦手とは雖も、しかし彼女は悪魔全体で2番目且つ草創の108柱全体で4番目に神によって創造された公爵級悪魔。2代目悪魔公として全悪魔の頂点に君臨している稀代の大悪魔である。これ迄積み重ねてきた年月の重みと数えきれない量の経験によって培われた魔力操作技術は、単純に相当な力量を誇る。それこそ、現存している悪魔を比較すればスクーデリアに僅かに劣る程度の精度は確保されているのだ。
つまり言い換えれば、たった一月少々前に初めて魔力と言う存在を認識し知覚出来る様になったクオン如きでは如何足掻いても敵う筈が無いのだ。同じ龍魔力であり皇龍の力という優位性があった所で、その程度では大した優位性にも成らなかったのだ。
その儘、アルピナは合成した龍魔力を自身の魂の細部に迄ジックリと浸透させる。それこそ、一欠片の取り零しも無い様に隈無く入念に浸透させ、魂を構成する物質を龍魔力に置き換えてしまいそうな勢いで彼女は龍魔力を操る。
軈て、魂の全土に亘ってヴァ―ナードの龍脈とアルピナの魔力による龍魔力が満ちた時、アルピナの魂に一つの変化が起きる。それこそ、今正に彼女らが苦しめられている天使達の魂に掛けられた謎そのもの。つまり、アルピナの魂もまた天使達と同じ様に如何なる魔眼や龍魔眼を用いても観測する事が出来無くなったのだ。
「これは……」
不閉の魔眼でアルピナの体内を隈無く捜索しつつ、スクーデリアは徐に呟く。全悪魔処か全神の子を通しても自身に勝る瞳を持つ者はいない、と自他ともに認める彼女ですら、アルピナの魂は知覚出来無い。肉体が直ぐ目の前にあるにも関わらず、奇妙な程に彼女の体内から魂の存在が欠落していた。まるで精巧な蝋人形を前にしているかの如き嫌悪感を抱かせる不気味の谷が直ぐ足下に広がっているかの様な気分だった。
しかし、それは長くは続かなかった。ふぅ、とアルピナが一呼吸置くと、彼女の魂は再びスクーデリア達の魔眼に顕現する。それは正真正銘アルピナの魂そのものであり、一切の嘘偽りが無い極自然な魂の知覚反応だった。
「凄いッ、アルピナお姉ちゃん!」
興奮した様にクィクィが喝采の言祝ぎを口にする。横にいる少年は、何が何やらサッパリ、といった具合に吃驚しているが、そんな事はまるでお構い無しだった。金色の魔眼を緋黄色の肉眼に戻し、あどけない少女の如き可憐な笑みを顔一杯に溢れさせ、彼女はアルピナを見つめるのだった。
次回、第295話は7/19公開予定です。




