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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第293話:龍剣〝ヴァ―ナード〟

 兎も角、とアルピナはクオンから視線を外して移動を再開する。一見して普通な行動に見えるそれも、しかしスクーデリアやクィクィからしてみれば何処どこか照れ隠しの様な行動にしか見えない。あるいは、この一連の小芝居全てがクオンに対する戯れ合いとそれを悟られない為の照れ隠しの合算によって構成されているのかも知れない。

 まるでジルニアと遊んでいた頃を思い出させるそれに、一歩下がった所から付いて行く二柱ふたりは互いに目配せしつつ微笑み合う。そして、数億年以上昔のだ天使と悪魔が対立していなかった時代に彼女らは思いを馳せるのだった。


「その驪龍の岩窟とやらに行ってみる価値は十分にあるだろう。ワタシもすっかり失念していたが、確かその岩窟がある付近はシンクレアという龍が地界に降りた際の根城にしていた。勿論、当時と今とでは地形が異なるがな。いずれにせよ、だからこそそこから竜の化石とやらが多く見つかる事も当然と言える。ならば、そこに何らかの手掛かりがあっても不思議では無いだろう?」


 竜の化石はこの星で頻繁に見つかる琥珀色の角を有する謎の生物の化石の総称だ、というのは、以前クオンがアルピナに教えた通り。そして、その琥珀色の角を有する生物の正体が龍であるという事は、以前クオンの師匠が竜の化石から製作した剣の正体がヴァ―ナードという名の龍である事からも確実。何より、角に残存する龍脈の残滓がそれを証明してくれていた。

 そして、今回のベリーズ近辺で発生している一連の抗争で最も頭を悩ませている天使の魂を見通せない事態には、天使以外の力が関与している事が明らかとなっている。これらの事から、驪龍の岩窟にある竜の化石に残存する龍脈が何らかの影響を及ぼしているのではないか、と仮説を立てる事が出来るのだ。

 アルピナは、自身の異空収納の中から一振りの長剣を取り出す。それは、彼女がクオンと契約を結んだ直後に彼の家を訪れた時に回収した龍剣〝ヴァーナード〟。剣身からはヴァ―ナードの龍脈が脈出しており、そこにだ彼の残滓がしがみついている事を教えてくれていた。

 そのままアルピナは徐に魂から魔力を零出させると、それを瞳に集約させる。猫の様に大きく凛々しい蒼玉色サファイアブルーの瞳が冷徹な金色の魔眼へと染め変わり、静かながらも心身が震え上がる様な恐怖が瞳から滲出される。そして、その視線は手にした龍剣へと向けられるのだった。

 同時に、彼女は手の中で龍剣をクルクルといじながら龍剣の内奥へと意識を集中させる。そして、その剣の元になった龍ヴァ―ナードの残滓を手元に手繰り寄せるかの様に、魂で産生した魔力を静かに流し込んでいく。

 やがて、その繊細な魔力操作により龍剣の中へと浸透していったアルピナの魔力が、その核となるヴァ―ナードの残滓を捉える。しかし、魂も存在しない上に、大した力も技術も無い人間によって造り替えられた為に大半の残滓もまた過去のモノとなっている様子。それでも、辛うじてしがみついていた極少量の残滓はアルピナの魔力に呼応してシッカリとその存在を主張していた。


「何してるんだ?」


 クオンはアルピナに対して尋ねる。下手に口を挟んでしまっては邪魔にしかならないだろうが、しかしこの程度の事でアルピナが翻弄される筈が無い事は十分承知している為、今更特に気にする事は無かった。それに、つい先程彼女の悪戯で酷い思いを被ってしまったのだ。その仕返しの意味を込めるのは悪くないだろう。

 だからこそ、あるいはそうでは無いかも知れないが、いずれにせよアルピナは当然の様に龍剣へ意識を向けたままクオンの質問に耳を預ける。そして、そんな彼の純粋な疑問に対して思いの外素直()つ優しく答えを返す。

「これは君の家に飾っていた龍剣〝ヴァ―ナード〟。たかが人間如きが造ったお陰で殆どの力は霧散してしまっているが、しかしあの子の意思はだ残存している。先程の戦闘に際してスクーデリアがワグナエルの魂を解析した折に天使の魂に天使以外の力の関与が見られる事を突き止めたが、それが仮に龍の力であった場合この剣からも何か得られるかも知れない。それに、ヴァ―ナードはシンクレアとそれなりに仲が良かったからな。驪龍の岩窟がくだんの原因に関与しているのであれば、尚の事手掛かりが掴めるかも知れないだろう?」

 成る程、とクオンはアルピナの答えに対して納得する。そのシンクレア及びヴァ―ナードという龍の事は全く知らないが、しかしアルピナがそう言うのだ。故に確かなのだろう。何も手を貸せないクオンは、上手く手掛かりが得られる事をただ願うばかりだった。

 しかし同時に、そんな期待に染まる心中ではアルピナの言葉に対して若干の不満を抱いていた。それはアルピナの言葉の中にあった、たかが人間如き、という言葉。龍剣〝ヴァ―ナード〟は、当時()だ存命中だったクオンの師匠が偶然手に入れた竜の化石を使用して気紛れに造り出した試作品。幾ら彼女が格式高い神の子の更に最上位に君臨する存在であり当時クオンも師匠も龍の存在を認識していなかったとはいえども、敬愛する養父を真正面から侮辱されるのは良い気分ではなかった。

 だが、かと言ってそれを今更指摘して文句不満を垂れ流すのは気が引けた。確かに、本気で師匠の為を思うのであれば速やかに彼女にその事実を告げて訂正を求めるべきだし、そうしなければならない筈なのだ。

 しかし、なまじ彼女の言葉は全く以て事実でしかなかった。神の子である彼女から見ればヒトの子など所詮は管理すべき下位種族でしか無いし、言ってしまえば人間だってその辺の羽虫に対して一々情けを掛ける様なマネはしないだろう。要はそれと一緒なのだ。

 その上、此処ここでそうやって余計に状況を稚児ややこしくするのは得策では無い。状況を踏まえると現状はそれ相応に重要な局面であり、今後の行方を左右する分水嶺の様なもの。他の事に対する優先順位は必然的に低くなるのだ。

 それに、恐らく師匠はそれを望まないだろう。彼は職人としての矜持を最上のものとしていた。きっと、龍を始めとする神の子と呼ばれる上位存在を認識すれば、自分を貶された事に対する怒りよりもその力の大半を徒に霧散させてしまった事に対する己の力不足の方を嘆く筈であり、その事を謝罪するだろう。

 だからこそ、敢えてクオンはその思いをグッと堪えて心中に溜め込む。読心術がある彼女らにはきっと気付かれているだろうが、それでもこうして心中で自己完結出来るに越した事は無いだろう。短くとも濃密な付き合いの中で、彼は自然とその思考を獲得していた。

 そして、そんなアルピナとクオンの遣り取りを一歩後ろから付いて歩いていたスクーデリアが、クオンと変わる様にしてアルピナに尋ねる。不閉の魔眼と呼ばれる全悪魔一の魔眼を持ちワグナエルの魂から手掛かりを入手した立役者として、やはり気にならずにはいられなかった。だからこそ、それで、と彼女は狼の様に鋭く妖艶な魔眼でアルピナの魂を舐める様に見据える。


「さっきからずっと魔力と龍脈を混ぜ合わせているみたいだけれど、何か分かったのかしら?」


 幾らヴァ―ナードの残滓が辛うじてしがみついている程度に弱々しいものだとしても、この程度の事であれば仮令たとえ直接手に持っていなくても容易に観測出来る。何より、ヴァ―ナードはヴェネーノとは相棒と呼べる程に親しかった事からスクーデリア達からしても良く見知った友人でもあるのだ。故に、どれだけ消え入る様にか細い残滓だとしても、決して見逃す訳が無かった。

次回、第294話は7/18公開予定です。

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