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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第292話:冗談と演技

 そして、四騎士や英雄を始めとする人間達が復旧及び救助作業に汗を流している頃、その正体を隠して人間社会に紛れ込む魔王こと悪魔達は平和と活気を保つ町の中をのんびりと散歩していた。つい先程(まで)ぐ間近で戦闘行為があったとは思えない程に平和的だが、しかしそれはそれで人間達の図太さを暗に示している様でもあった。

 だからこそ、そんな彼彼女らの姿を眺める悪魔達は、こぞって関心と安堵の相好を浮かべる。彼女らは何れも衣服や頭髪の乱れだったりを始めとする運動の痕跡だったり傷や出血といった損傷の様子は一つも見られず、まさかあの騒ぎの原因だったとは誰も気付かないだろう。

 また、そんな彼女らと行動を共にする純粋な人間であるクオンと少年もまた、彼女ら悪魔と同じく極自然な態度振る舞いを前面に押し出す事で騒ぎに関する一切を知らぬ存ぜぬで押し通していた。クオンは兎も角、特別な力を一切持たない少年には少々荷が重い行動ではあったが、しかしクィクィがこっそりと支援しているお陰で案外如何(どう)にかなっている様だった。


「それで、これから如何どうするんだ?」


 クオンは誰か一柱ひとりに尋ねる訳でも無く問い掛ける。ただの人間でしか無い為に天使と悪魔の対立構造を正確に把握出来ていない事から、如何どうしてもクオン一人では今後の道筋を立てる事が出来無かった。その上、アルピナ達がこぞって何らかの情報を意図的に統制しているのだ。そもそもとしての上下関係の上にそれがあるせいで、最早クオン一人で出来る事などたかが知れていたのだ。

 また、クィクィと肩を並べる様に身を寄せ合って歩くただの人間でしかない少年もまた、クオンの問い掛けに同意する様にクィクィへと視線を動かした。彼はクオン以上に天使と悪魔に関する情報を持っていない上に、それ以外の記憶もほぼ欠落している事もあって止むを得なかった。何より、何故か天使からその身を狙われているという事情も相まって尚の事だったのだ。

 そして、そんなクオンからの問い掛けに対して最初に口を開いたのはアルピナだった。悪魔公としての立場は別としてもこの集団にける事実上のリーダーとしての役割も担っている事からある意味当然の反応だろう。もっとも、スクーデリアとクィクィに対して全く頭が上がらない彼女がリーダーになった所で違和感しか覚えないのだが。

 それでも、性格上誰かの下に就くタイプでは無い事からも彼女がリーダーに就くのはある意味適任なのかも知れない。いずれにせよ余程の事が無い限りは力で押し込めるし、余程の事をしでかさない限りはスクーデリアとクィクィが事前に制止を掛けてくれる為に、大きな心配はしなくても良かった。


「そうだな……早速だが、先程あの人間が言っていた驪龍の岩窟とやらに行ってみるとしよう」


 大して悩む素振りを見せる事無く、つ不安心や警戒心に類する心情を全く浮かべる事無く、あっけらかんとした冷徹()つ傲慢な相好に猫の様に大きな蒼玉色サファイアブルーの瞳を輝かせながらアルピナは答える。大路を吹き抜ける海風で蒼玉色(サファイアブルー)のメッシュが入った濡羽色の髪を靡かせつつ季節外れな男性的な漆黒色のロングコートと同色のミニスカートを揺らす10代後半の少女らしい姿形に即した可憐さと稚さを存分に見せつけ、燦々と照り付ける陽光を受けて眩く光る雪色の肌が倒錯的な扇情的彩を齎してくれる。

 しかし、そんな姿形乃至(ないし)態度振る舞いは何時いつもの事なので如何どうでもよいのだが、肝心の返答内容を受けてクオンは虚を突かれた様に困惑してしまう。それは此処ここ一月ひとつき程の旅路の中で彼女の事をそれなりに理解出来てきたからこそ余計に強く感じてしまうもので、えっ、と無意識的に言葉が漏れてしまう程だった。

 また、そんな風に彼女の返答に対して静観出来ずに何らかの反応を浮かべてしまったのはクオンに限らなかった。彼女と同じ悪魔であり億を超す年月を共に歩んできたスクーデリアとクィクィもまた、其々《それぞれ》声にこそ出さなかったもののこれまでの様に受け流す事は出来ていなかった。

 と言っても、流石にクオンの様に明白あからさまに困惑して言葉を漏らす様な事は無く、多少の含みのある相好を浮かべつつ彼女の方を見るだけだった。何方どちらかと言えば、またアルピナの悪巫山戯(ふざけ)が始まった、とでも言いたげな呆れと乾笑が入り混じった相好という方が正しいのかも知れない。そんな態度振る舞いだった。


「意外だな、お前が人間の言葉を信じて行動するなんて……。何か変な物でも食べたか?」


 だからこそ、クオンはアルピナに対して率直に尋ねる。仮にも悪魔公相手に随分と失礼な物言いかも知れないが、しかし今や彼我の仲はそんな事を気にする様な間柄でも無いだろう。幾ら契約による主従関係があるとはいえ、お互いそれによる上下格差をそれ程意識した事は無かった。

 そして、それを受けたアルピナは分かり易くムッとする。全く以て怒っている訳では無いが、遊び半分の積もりで敢えて怒りの琴線に触れてしまった風を装いつつ魔力を解放する。そして指を銃の形にしつつ、魔弾を纏わせた指尖をクオンの眉間に向ける。


「ほぅ、随分と言う様になったな、クオン。しかし、少々冗談が過ぎるな」


「わ、悪かった」


 思い掛けないアルピナからの反撃行為に対して、クオンは即座に謝罪する。余りにも精巧なアルピナの演技のお陰で、クオンは彼女が本気で怒っている様にしか感じられなかった。そんなこれまでとまるで異なるその豹変具合に加え本気で此方こちらを殺そうとしてくる遠慮の無さに対して、改めて神の子と言う存在の得体の知れ無さを実感した。あるいは、姿形が同じ人間だからと言って心(まで)人間と同じだと考えて対応していたら命が幾らあっても足りない事を気付かされたとでも言うべきだろうか。

 いずれにせよ、クオンは本気で死を覚悟し心臓の鼓動が急激に加速する。冷汗が噴出し、動悸と眩暈が強く自覚される。正常な思考回路が破壊され、次に何をすれば良いのかが全く以て考えられなかった。

 そんなアルピナとクオンのり取りを、スクーデリアとクィクィは微笑ましそうに眺める。アルピナが演技をしている事もクオンがそれを本気だと受け取っている事も全てお見通しな彼女らからしてみれば、その光景は滑稽な事この上無かった。

 しかし同時に、アルピナの相変わらずの自由っぷりには一周回って溜息が零れてしまう。幾ら演技の為とはいえ少々迫真過ぎるのではないか、とも思うし、流石にクオンが可哀そうだとも思ってしまう。だが、彼女らもまた純粋な悪魔であるせいで、価値観はアルピナに味方していた。その為、本気でそれを制止する事無くアルピナと同じ気持ちになってクオンの動揺を面白がっていた。

 尚、クィクィの横でそれを眺めていた少年はただ無言で立ちすくむ事しか出来無かった。出会ってたかが数日しか経過していない程度の信頼しか構築されていない上に神の子という存在を知ったばかりであり、その上(そもそも)としての知識や記憶が欠落している為に、何もする事が出来無かった。ただ茫然と、その成り行きを静かに見守る事しか出来無かった。

 そして、そんな動揺するクオンに対しアルピナは突如として愉快な笑い声を零す。同時にクオンの眉間から指尖を下げつつ魔弾を霧散させ、溢出する魔力を魂に還流し、全身から迸出する殺気を消失させるのだった。


「まさか、冗談だ。この程度の事でワタシが怒る筈が無いだろう。ただの気紛れに過ぎない。それと、別にあの人間の言葉を信用した訳では無い。そもそもとして、ワタシが契約に関する一連以外で関わるヒトの子を信用する訳が無いだろう。アルバートとそこの少年は別だがな」

次回、第293話は7/17公開予定です。

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