第291話:クオンとガリアノットの関係
「はい。お互い旅人同士という事もあり、幾度か顔を合わせた事が……。態度振る舞いこそあれですが、しかし決して悪い人では無い事は確かです。実際、何度か魔獣退治を共同で行った事もありますので」
成る程、とガリアノットは納得した様に言葉を漏らす。未だ得体の知れない不気味さが抜け切れていないが、しかし英雄達が彼彼女らを安全だと評価するのであれば、それを信じるに越した事は無いだろう。何より、実際に今正に魔獣退治を共に行ったのだ。多少態度振る舞いに違和感こそあれども、客観的な事実を前にしてそんな主観的な感想は大した意味を成さなかった。
加えてガリアノット自身、彼彼女らの内の一人とはちょっとばかしの面識があった。それは当然とも言うべきだが、クオン・アルフェインに他ならない。クオンからしてみれば殆ど記憶に無いだろうが、しかしずっと以前に一度だけ会った事があるのだ。
というのも、クオンの師匠は武器防具を製作する職人の一人であり、取り分け彼の製作する武器防具は国内でも指折りの高品質として評判だった。その為、王立軍・四騎士並びに直属部隊・近衛騎士の武器防具を管理しているエーデルワルト伯ナイトハルトを介して、主に四騎士に支給される武器防具として贔屓にしていたのだ。
だからこそ、四騎士でありつつも王立軍の最高司令官を兼任しているガリアノットは職務上の都合から彼とは幾度も顔を合わせた事があるし、養子兼弟子を拾った、と聞いた際には一度だけ会いに行った事もあるのだ。尤も、それはクオンが物心付く以前の話である為、知っていない方がある意味自然とも言えるのだが。
では、何故先程声を掛けなかったのか? 別に後ろめたい理由なんて無いのだから、素直に打ち明けても支障は無い筈なのだ。立場上の理由から能動的に声を掛けてはならない、などという事情は抑として存在しないのだから、決して無礼でも何でも無い筈なのだ。
その理由は至極単純。ガリアノット自身、クオンを一目見た時にそれが当時の彼だとは気付かなかったのだ。元より最後に会ったのは今から15年近く前の事。その上、少し前に発生した魔獣侵攻で彼や彼の師匠が暮らすマソムラが壊滅状態に陥り全住民の生死が一切不明状態にある、と同じく四騎士のグルーリアスから聞かされていたのだ。
その為、幼子の時以来会っていなかった事とまさか生きているとは思っていなかった事が重なった結果、クオンの事に気付かなかったのだ。寧ろ良く気付いたな、と自画自賛したくなる程の感動すら覚える始末だった。
しかし同時に、その静かな再会を心中で祝う傍らではまた異なる感情を抱いていた。それは、今後の四騎士等への武器防具供給に関しての事。魔獣侵攻に関する彼是の背後に隠されて余り目立っていなかったものの、二つの軍を纏める立場としてかなり頭を悩まされていた議題だった。
これ迄、四騎士と一部の四騎士直属部隊及び王立軍に支給される武器防具は、全てクオンの師匠が製作するものに統一されていた。それ処か、彼の製作する武器防具を持つ事を許される=次期四騎士としての最有力候補、と真しやかに囁かれる程には、彼の武器防具は格式高い存在へと昇華されていたのだ。
それが、マソムラ侵攻により彼の生死が不明——公的には死亡扱い——となった事により、彼の武器防具の供給が完全に止まってしまったのだ。それにより武器防具の在庫が枯渇状態に陥ってしまい、かと言ってそれに代わる様な武器防具も中々見つからない事も相まって、それなりに深刻な悩みとして彼是奔走させられてしまっていたのだ。
だったら、今ある武器を修理補修して使い続ければ良いのではないか、とも思ってしまうし、ガリアノットも最初はそれを考えた。しかし、如何にも第三者が補修したものはシックリこない為に兵士達からの評判が頗る悪かった。事実、彼が生きていた頃も使い潰した武器防具は全て一度彼に送り返して補修してもらっていた程なのだ。
その為、彼の養子兼弟子として彼の知識技術を会得しているクオンならこの状況を打破出来るかも知れない、とガリアノットは脳裏にそれを過ぎらせたのだ。或いは、クオンが生きているのだから彼の師匠もまた同じく何処かで生き延びているのかも知れない可能性すら秘めているのだ。
勿論、だったら何故表舞台に復帰してこないのか、という疑問こそあるが、そんな事は些細な問題でしかない為にあまり深くは考えていなかった。それ以上に、首の皮が繋がる希望の光が見えた事に対する喜びの方が断然大きかったのだ。
……この儘この町に滞在しているのなら、また会える機会は幾らでもありそうだな。だったら、その時にまた声を掛けてみるか……。
そして、そんな管理職故の悩みを彼是考えつつ、同時に彼は周囲を見渡す。廃墟よりも廃墟らしい惨状が辺り一面に広がる瓦礫の山と、その隙間を満たす様に散在する魔獣の骸の為に町としての姿形を完全に失ってしまった周囲を見渡し、彼は大きく溜息を零す。そして、自身の周囲に侍る兵士及び英雄達の方を向き直りつつ全体に指示を飛ばす。
「一先ずの脅威は去っただろう。故に先ずはこの近辺の後片付けだ。魔獣の骸をその儘放置する訳にもいかないし、何より瓦礫の下に逃げ遅れた民間人がいるかも知れない。だが仮に生存者がいた場合、時間的猶予はあまり残されていない。早速だが、作業に取り掛かろう」
了解、と兵士達及び英雄達は揃って彼の指示に答える。兵士として、即ち民草の平和と安全を齎す者として、彼彼女らは懸命に活動に当たり始める。血と肉の臭いと生を感じさせない骸に落胆しつつ、一つでも多く命を拾える様に、彼彼女らは懸命に作業に当たる。
当然、英雄として彼彼女らと行動を共にするセナとアルバートもまた同様に作業に当たる。人間の振りをしている都合上から魔力を使えないのがもどかしい、とばかりに舌打ちを零しつつ、しかし正体を疑われない様に真面目に作業に当たるのだった。
しかし、魔眼を開けるからこそこの行動の不要性を痛い程感じてしまう。仮令どれだけ探そうとも、この近辺に人間の魂は残っていないのだ。無関係な人間達に極力被害が生じない様に戦闘の衝撃は全てコントロールされていたし、避けられなかった被害は全て輪廻の理か転生の理に流されている。幾ら対立しているとは雖も、各種族に与えられた職務だけは決して阻害してはならない暗黙の了解が敷かれていたのだ。
しかし、そんな裏事情は人間としての視座では決して理解出来無い問題。幾ら魂が無事に輪廻乃至転生の理に流されたとはいえ、それは神の子の都合であってヒトの子の都合では無いのだ。仮令魂が無くても死という状況を齎された限りに於いて周囲の人間達は嘆き悲しむし、少しでもそれを緩和させる為にも肉体だけは然るべき所に帰すべきだろう。
神の子としての価値観しかもっていない為にその意義があまり理解出来無いセナとルルシエも、論理的にはその意義を理解している。それもあって、人間としての価値観を宿しているアルバートと並ぶ様に躊躇無くその活動に参加するのだった。
また、そんな二柱の悪魔を見てアルバートは一人内心で喜ぶ。悪魔に限らずその手の超常的存在は専ら人間的価値観を軽視していそうな印象だったが、しかしこれ迄行動を共にして感じた通り全く以てその通りでは無い事を改めて実感したのだった。
そして、仮令目的の為の演技だとしてもそうやって人間に寄り添ってくれる事を有り難く思いつつ、彼もまた避けられなかった犠牲者を引っ張り出す様に瓦礫を撤去していく。幸いにして、魔力を微かに流し込めばその流れや反響から骸の位置は特定出来る。その為、余りに的確過ぎると却って怪しまれる事から多少の誤魔化しを挟みつつ、彼は作業を続けていった。
次回、第292話は7/16公開予定です。




