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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第29話:大戦の一幕

    ◆◆◆    ◆◆◆


 鋭利な稲妻が曇天の陰で微笑を浮かべているような空模様。暁闇色と黄昏色が天を二分し、死と絶望の香りを振り撒く。天使と悪魔が武器を手にして衝突し合い、空振と雷鳴が轟く。彼らの衝突の隙間を埋める様に無数の龍達が巨大な体躯を浮かべる。翼を持つ者や持たぬ者、四肢を持つ者や持たぬ者。多様な姿形をとる彼らも巻き込み、天地悉く戦乱色に染まっていた。

 黒に蒼いアクセントが入った髪を振る悪魔の少女は、稲妻に照らされた相好を不敵に陰らせる。頬には誰のものかわからない血痕が付着し、周囲から浮上する悪臭に舌打ちを零す。天使も悪魔も龍もヒトの子も、誰彼構わず与えられた死は魂の管理すら追いつかない。己の職務すら遂行できず、ただ無心に敵対する生命に牙を向ける。


「まったく……束の間の平和が訪れたと思ったが、何故こうも戦いを選ぶ?」


 地界はヒトの子のために神が与えた地である。それが、瞬く間に神の子の戦場へとなり果てた現実は筆舌に尽くしがたい嘆かわしさを与えてくれる。しかし、始まってしまったものは仕方がない。そう、割り切った彼女は眼前に浮かぶ翼を持たない二柱の天使を可憐で冷徹な金色の魔眼で睨みつける。


「漸く見つけた。今日こそ、始末させてもらう」


「君達は確か……イルシアエルとテルナエルか? 随分、諦めが悪い天使だ。君達は、ワタシが誰か知った上で戦いを挑んでいるのだろう?」


「勿論。悪魔公アルピナ……でしょ? 寧ろ、知らない天使の方が多いんじゃない?」


「ああ、そうだろうな」


 それで、とアルピナはコートのポケットから手を抜きつつ問いかける。その腕は胸の前で組まれ、彼女の尊大な態度が強調される。天使と悪魔の相性差を覆す絶対的な年季の差を盾に、彼女は二柱の天使を嗤う。


「ワタシに一体何のようだ? まさか、仲良く談笑をしに来たわけではないのだろう? ならば、早々にかかって来い」


 挑発的な相好で指を数度曲げる彼女の態度に、イルシアエルとテルナエルは同時に動き出す。手には光の聖剣が握られ、悪魔に対する致命の一撃を確保する。二柱の体内を血液のように循環する聖力が逸れに宿り、聖なる力がより一層の輝きを増す。

 音より速い突撃は、最早肉眼で捉えることができない神業。複雑に絡み合った二柱の超速の剣技は、アルピナの肉体に死を与えんと強襲する。アルピナは、それを嘲笑するように身を翻して紙一重で避けつつ二柱を蹴り飛ばす。その後も、二柱の連撃を全て紙一重で弄びつつ彼らの無力に嘆いた。


 相変わらず無駄が多いな。加えて、遅すぎる。よく、この程度の技量でワタシに対抗意識を燃やしたものだ。


 二柱の名誉と尊厳のために敢えて口には出さない。しかし、心中は軽蔑と諦観の色に染まり彼らでは決して埋めることができない空虚な退屈感を思い返す。


 やはり、ワタシを楽しませてくれるのはジルニアだけか。


 余裕を包み隠さないアルピナの態度と必死な剣幕で剣を振り続けるイルシアエルとテルナエル。二項対立する感情が鬩ぎ合い、果てしなく続く殺意と遊興の衝撃が星を揺るがす。

 どれだけの時間、それが繰り返されたのか。悠久の時を生き続ける神の子は時間の感覚がヒトの子より希薄。その為、それが数分だったのか数日だったのかは誰も気にしていない。或いは、年単位で時が流れていたかもしれない。

 肩で息をしつつ額から赤い鮮血を流す二柱の天使に対し、埃一つ付着していない悪魔は無言で天使を睥睨する。金色の魔眼は玲瓏に輝き、死の風に煽られた服は音を立てて翻る。


「どうした、その程度か?」


 悪戯心に染まった暴君のような冷酷な視線は二柱の心を打つ。しかし、却ってその心に覚悟の灯が宿った彼らは、アルピナから距離を取る。腰を落として構えるその姿は、アルピナをして興味深いもの。これまで見せたことがない深い聖力が身体から滲出し、陽炎となって姿を朧気にする。


「いくぞ、アルピナ公ッ‼」


〈聖裂斬〉


〈穿聖純光〉


 二柱の天使は眼前の悪魔を打倒せんと、己が持つ最大限の技で突撃する。しかし、そんな彼女らの覚悟と熱意を無駄と吐き捨てるようにアルピナは微笑む。肩程に伸びる髪をハーフアップに纏めると、両側手指に己の魔力を集約する。魔力の深淵の最奥部に至らんとするほどのそれは、地界の全ての場所で観測できるほど膨大。間近でそれを浴びる二柱の天使は、相性上優位であるにも拘らず魂が身震いする。しかし、だからといって手足を止める訳にはいかない。勢いをそのままに二柱は眼前の悪魔公に突撃する。

 そして、激しい衝撃発と爆発音を伴って三者は衝突する。聖力と魔力、それぞれの本質である膨大なエネルギーが空気を割る。どこからともなく発生する閃光が球体となって三柱を取り囲んだ。


 クッ……。


 やがて、薄ら晴れる視界を漸く取り戻した彼女らは、雷空に無言で浮かぶ。


「……うっそぉ」


 テルナエルは感嘆と恐怖が入り混じった声を発する。その横では、イルシアエルが無言で剣を押し込もうと力を籠める。しかし、どれだけ押そうとも或いは引こうとも決して動くことはない。アルピナの指が二本の剣身を摘まみ、大胆不敵な笑みで二柱を嘲笑していた。


「なかなかいい攻撃だ。そのまま受けていたら流石のワタシも無事ではなかった。しかし、これではまだ届かないな」


 アルピナは、剣を握る二柱ごと力任せに振り回す。竜巻のような暴風が彼女を中心に吹き荒れ、大地にしがみつく木々は容易になぎ倒される。天を埋め尽くす雷雲もそれに合わせて渦を描き、遠巻きからは他の天使や悪魔が見守る。龍達は巻き込まれまいと全力で飛び、逃げ遅れた若龍が渦に飲まれて飛ばされる。

 そして、彼女は不意に指を離す。拘束力を失ったイルシアエルとテルナエルは崩壊しつつある大地に叩きつけられる。星全体が激震し、地殻が津波のように剥離する。その様子を上空から見下ろす彼女は文字通り悪魔であり、そこには同情もなければヒトの子に対する配慮もない。あるのは純粋な遊び心であり、誰もが恐怖に戦慄する。


「やはりこの程度か……ん?」


 アルピナは金色の魔眼で背後を振り向く。視界の奥からは砂粒程度の大きさの影が超高速で飛び寄ってくるのが映る。それを見た彼女は、身体の力を抜いて両腰に手を当てる。柔らかに戦ぐ風が身に纏う服を清楚に揺らす。そして、すぐ近くにまで迫ってきたそれに声をかける。


「誰かと思えばスクーデリアか。何の用だ?」


 アルピナは、それまでの冷徹な瞳を捨て去り、明朗快活な少女のような蒼眼で見つめる。

 スクーデリアと呼ばれたそれは、鈍色の髪を腰近くまで伸ばした長身の女性型悪魔。穏やかなドレスワンピースを身に纏い、理性的な雰囲気はアルピナと対照的。外見上は20代の人間と大差ない。しかし彼女もまた正真正銘の悪魔であり、その内部にはアルピナに負けず劣らないほどの魔力が環流している。


「何の用だ、ではないわ。急に飛び出したと思えば、こんな場所で天使と何をしてたのかしら?」


「ただの暇つぶしだ。相変わらず、イルシアエルもテルナエルも血気盛んだからな」


 あのねぇ、と彼女は溜息を零す。下がった柳眉は彼女の諦観の表れであり、常日頃からアルピナの自由奔放な言動に振り回されている事の証左でもあった。


「ジルニアが呼んでるわ。早く龍の都に行きなさい」


「……ジルニアの頼みなら仕方ない。最後に、あの二柱を始末してから行くとしよう」


 結んだ髪を解くと、アルピナは指先に魔力を込める。風が不気味に流れ、恐怖の色が世界を染め変える。誰もがこれから彼女がしようとしていることを察知し身を隠す。しかし、彼女のすぐ横でスクーデリアだけは涼しい顔で浮かび、眼下に埋まる二柱の天使を魔眼で見据える。


「今回は珍しく横やりが入らないのだから、しっかり神界に送ってやりなさい」


「当然だ」


 アルピナは餌を前にした猛獣のような猟奇的笑顔を浮かべる。金色の魔眼がより一層輝き、指尖に集約された魔弾には魂を神界へ送付する魔法陣が組み込まれる。


〈魔弾射手〉


 彼女の指尖から、高濃度の魔力のみで構成された純粋な魔弾が放たれる。それは空気を穿ち、大地に埋まる二柱の天使を強襲する。そして、それに飲み込まれたイルシアエルとテルナエルの肉体は死を迎える。その後、連続的に魂と肉体が紐づけられ神界へと送られた。その場には、底が見通せないほどの大穴だけが残された。


    ◆◆◆    ◆◆◆

次回、第30話は10/27 21:00公開です

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