第285話:戦闘の一段落
だからこそ、ガリアノットは聖獣との戦いを更に加速させる。この戦いを通じて新たな可能性の扉を開いたり、或いは少しでも彼彼女らとの距離を縮める事が出来れば、それに勝る成果は無いだろう。勿論、人類社会に平和を齎す事が大前提でありそうでなくてはならない。しかし、その上での個人的事情にも勝利出来れば、正しく完全勝利とも言えるのだ。
一方、そんなガリアノットの苦悩と覚悟など知る由も無く、アルピナとスクーデリアはクィクィのぼやきに対して微笑む。それは、彼女を彼女足らしめる彼女らしい狂気性に信頼と納得を得る様な笑みであり、同時に彼女らもまたそれに近しいだけの冷酷さを眼光に内包していた。
『ふふっ、仕方無いわね。それなら、そろそろ終わりにしましょうか? 構わないでしょう、アルピナ?』
『そうだな。他と無いクィクィの頼みだ。何より、ワタシが意見した所で君達は聞く耳を持ってくれないだろう?』
やれやれ、とばかりにアルピナはワザとらしく溜息を零す。自身の扱いの悪さを嘆かわしく思っている事を殊更に強調するその態度振る舞いは、恐らく彼女の本心だろう。只管にジルニアと戦い続け、その仲裁役として彼女らには散々迷惑を掛け続けたのだ。その代償がそれ相応に高くというのは、割と仕方無い話なのかも知れない。
だが勿論、全く以て意見が通らない訳では無い。ある程度は要望を聞いてくれるし、我儘も聞いてくれる。だからこそ、却って微妙な釈然としない思いが燻ってしまうのだ。それでも、彼女達の事は嫌いでは無いし、寧ろ大好きだ。その為、こうして自虐的に自身の立場の低さを嗤おうとも、その相好には微笑が浮かんでいた。
対して、そうやってワザとらしく嘆き悲しむアルピナに対して、スクーデリアとクィクィは面白げに微笑む。失礼ね、とアルピナの不満乃至文句を一笑に付すスクーデリアやそれに頷いて同調するクィクィは、其々《それぞれ》寝っ転がって駄々を捏ねる幼子を見下ろす母親の如き瞳と獣の様な鋭利さの裏にある友人としての穏やかさを輝かせていた。
『しかし、ワタシ達だけで決める訳にもいかない。セナ、ルルシエ、クオン、アルバート、君達もそれで構わないか?』
そういえば、とでも言いたげに、アルピナは精神感応越しにセナ達に尋ねる。別に存在そのものを忘れていた訳では無いし、彼彼女らを蔑ろにしようとしていた訳でも無い。只単純に、聞くのを忘れていただけだ。此処最近の彼是一切を全て自分達の意思の赴く儘に行っていたが為に、その思考回路が脱落してしまっていたのだ。
しかし、セナとルルシエは悪魔としての同胞だし、クオンは言わずもがなこの旅の果てに待つ約束を叶える為に必要不可欠な人材、それにアルバートもまた実力こそ追い付いていないもののルルシエ及びセナとの信頼関係に基づく立派な仲間である。何時迄も振り回してばっかりではダメだろう。
尚、アルピナとしてはそんな思い遣りに溢れる優しさを以てそれを問い掛けた積もりではあったが、しかし、それを受けるセナ達英雄及びクオンの視座からすれば、違和感が強い事この上無い光景としてしか映らなかった。
『あ、ああ、俺達人間側としては好きにしてもらって構わないよ。こっちはこっちで好きに動くし、何よりその方が協力関係を疑われないからな』
『あー……俺としても好きにしてくれたら良いよ。もう何時もの事だからな。それに、俺が彼是意見するよりはお前らの好きな様にさせた方が安全だろ?』
故に、セナは英雄側を代表し、クオンは自分の意見をその儘答える。しかしその声色及び口調は分かり易く動揺していた。あのアルピナがこんな気遣い溢れる言葉を掛けてくれたのだ。これ迄の傍若無人振りからしてみれば正しく異様と断言しても構わない光景なのだから当然だろう。
取り分け、彼女を古き時代から知る旧世代の悪魔であるセナや、彼女とは四六時中肩を寄せ合う様にして行動し、事情が無い限りは仮令平時であろうとも片時も傍から離れてくれないクオンとしては尚の事だった。まさかアイツが、とばかりに瞠目し、若しや誰かしらの天羽の楔に囚われてしまったのではないか、とさえ疑ってしまう。
随分と失礼な反応だな、とアルピナはムッとしつつ二柱を睥睨するが、しかしその思いをグッと堪えて小さく息を零す。これが単なる日常の一コマなら幾らでも叩きのめす所なのだが、しかし今は四騎士と共闘中。此処で英雄たるセナを攻撃しようものなら、折角認識阻害で正体を隠している意義が消失してしまうのだ。
尚、クオンに関しては言わずもがな手を出す積もりは更々無い。出せない、というよりは、出したくない、がより正確性に富んでいるだろうか? 兎も角、今は未だその時ではないというのが彼女の本心。何より、何れその時が来れば思う存分本心をぶつけられるだろう、というのが彼女の想いだった。
『まぁ良い。兎も角として君達の意見は尊重しよう。どの道、同じ意見なのだからな』
では、とアルピナは蹂躙の速度を速める。一応は人間の身体構造上可能な範囲での動作に留めてはいるが、しかしそれでも尚その光景は圧巻の一言に尽きる。ガリアノットは当然とし、英雄として称賛を受けるレインザード攻防戦の立役者であるセナやアルバートをも上回っているのではないか、とすらも感じさせるものだった。
そして、それに呼応する様にスクーデリアもクィクィもクオンもセナもアルバートも、其々《それぞれ》攻撃の手を速めて聖獣達を無言の肉に変質させていく。適度に魔力を放出し、少年に危険が及ばない様に適宜護りつつ、彼彼女らはアルピナの勢いに負けない様に気合を入れて聖獣達に死を送り続ける。
取り分けクィクィに至っては、待ってました、とばかりに次々に聖獣を惨殺していく。天使や悪魔程に明確な理性を持たない筈の聖獣が明確に恐怖を抱き、しかしその恐怖に由来する行動を採る前に魂を復活の理に流される。
その後も断末魔と血飛沫が間断無く飛び交い、そこには宛ら地獄をそのまま地上に引っ張り上げてきたかの様な光景が積み上がっていく。人間達兵士も負けじと声を張り上げて聖獣達に挑み掛かり、ガリアノットを中心にそれなりの数の魔獣を地に伏せられた。
尚、彼彼女ら人間の兵士やアルバート及びクオンと少年に関しては、聖獣達の魂を復活の理に流す事は出来ない。その為、それは影から影に渡り歩いて全体を下から支えているルルシエがこっそりと行っていた。
そして、最後の一柱の魂がクィクィによって神界へと送り届けられる。残された骸——天使、悪魔、龍と異なり、聖獣及び魔物は魂を復活の理に流す際に肉体を紐付けする必要は無い——の山を踏み締め、彼女は頬に付着した返り血を手で拭い落す。未だ冷め切らない殺気が魂から湧出し、猟奇と嗜虐に満ちた恍惚な笑みで全体を一瞥する。
しかし、彼女は決して本能に理性を奪われる程に弱い心は持っていなかった。ふぅ、と小さく息を吐くと、その殺気は見る見る内に消失する。猟奇と狂気が綯交した嗜虐的笑みは、稚く可憐な微笑みへと変わり、金色の瞳があどけなく瞬いた。
その流れの儘、クィクィは体外に溢出する魔力を自身の体内へと還元する。金色の魔眼が再度緋黄色の瞳へと染め戻り、手にしていた魔剣は風となって霧散する。その後、そんな彼女に続く様にアルピナとスクーデリアも同様に魔力を魂に帰還させる事で、魔眼を閉じたり魔剣を霧散させたりするのだった。
そして、その様子を傍目から見ていたクオンは、漸く戦闘が一段落着いた事を実感して大きく息を吐いて肩の力を抜く。龍魔眼を閉じ、遺剣を異空収納に仕舞い込み、放出された儘の魔力を魂に呼び戻す。同時に、自身と同じく人間の身体で魔力を纏い戦っていたアルバートの無事を確認する様に視線で探すのだった。
次回、第286話は7/10公開予定です。




