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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第1章:Descendants of The Imperial Dragon
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第28話:我が君

【輝皇暦1657年6月10日 プレラハル王国王都】


 厳格な装飾と耳が痛くなるほどの静寂に包まれた聖なる地。プレラハル王国が誇る重要建築物であるジルストニア大聖堂。石造りの堅牢な外観は、過去数万年に渡って人々の生活を見守り続けてきた実績と矜持の色に汚れる。

 そんな大聖堂はこの町、延いてはこの国に住む民草の平和の象徴、或いは宗教的な心の拠り所として存在する。

 この国の大多数が信仰し、国教として国家の保護下に置かれているエフェメラ教。天巫女が同名を襲名するのは、信仰の対象である偉大なる天使エフェメラの地上での姿であるため。或いは、その名を拝借して天と地とを繋ぐ架け橋となるため。いずれにせよ、人間は天より注がれる天使の地合いの元に繁栄を甘受しているのだ。誰もが天巫女のお告げと寵愛に信心し、歴史の背後に立つ甘蜜のような天使の加護に心を預ける。

 幻想的なステンドグラスがはめ込まれた高窓から差し込む光が身廊を照らし、それを求める人達に安らぎと温情を与える。天井には豪華絢爛な絵が描かれ、彼らの信仰と歴史を証明する。

 静謐な空間の中に溶け込むように、清楚神聖な祭服を纏った少女が身廊を歩く。背中に三対六枚の純白の翼を生やす彼女の頭上には鍍金銀の冠が輝き、白を基調とした正式法衣は歴史的側面から価値を付けられないほどの代物。胸元には教会の紋章である天使の翼を象った純銀製のペクトラルエンジェルが輝く。

 彼女は、身廊を静かに歩き、そのまま内陣へと至る。聖職者しか足を踏み入れることを許されない神聖不可侵なその空間は、彼ら彼女らの厚き信仰の対象である天使に最も近い場所。信心を誰よりも強く持つ者にしか至れない境地に、彼女は悠々と立ち入る。

 中央の祭壇の背後に立った彼女は、ゆるりと身廊の先に聳える扉口を見据える。壁に等間隔で備えられた燭台には蝋燭が置かれ、灯された火が陽光の届かない側廊を照らす。そして、祭壇の周りを徐に周遊しながら天井絵を眺めて微笑を浮かべた。


「ふふっ、人間の信仰心とは不思議ですね。幻想と夢想に絆されてこれほどまでの建築をするなんて」


 しかし、と彼女は心中で反駁する。


 人類が歴史から学べる事は人類が歴史から何も学ばない事。誰かがそうおっしゃっていましたが、当時の私やアルピナを見て何故これを為そうと思ったのでしょうか? 天使が人類の救世主として繁栄と安寧を約束した、なんて歴史があるわけないじゃないですか。天使も悪魔も龍も、等しく神の子にして等しくヒトの子の魂の管理者。生や死は彼らの状態の流転でしかないのに、守るわけがありません。生きるなら生きられて構いませんし、死ぬなら死ぬで魂を循環させますよ。


 やれやれ、とばかりに彼女は吐息を零す。指尖を空中で弄ぶと、それにつられる様に蝋燭の灯が踊り遊ぶ。それは、宛ら歌劇の舞台で優艶な演劇を披露する踊り子のようでもあり、或いは無数の糸で自由意志を奪われた滑稽な傀儡人形のようでもあった。

 その時、教会の扉が徐に開かれる。重量感と年季を感じさせる軋音が響き、外の陽光が室内に差し込まれる。


「おや? 随分早到着ですね。約束の時間まで10分はありますよ、イルシアエル」


 柔和な笑顔で歩み寄る女性に語り掛ける。イルシアエルと呼ばれた彼女は、一見してどこにでもいる普通の女性。腰に至るほどの長髪は緩やかなウェーブを描き、宝石のような碧眼は全てを見透かしているよう。

 祭壇の前で三対六枚の羽根を背負う少女に対して、身廊を進むイルシアエルの瞳は驚愕も疑問も浮かべない。まるで、それこそが常であるかのような態度は勇ましさすら感取させる。

 しかし、翼を持たず一見してただの人間のように見える彼女もまた天使である。他の天使と異なり翼を持たない特定階級に位置する彼女は、全天使の中でも上位に位置する存在。心身からは、隠し切れない聖力が滲出して蝋燭の灯を揺らす。天井から吊り下げられたシャンデリアが甲高い金属音を鳴らして存在感を主張していた。


「我が君をあまり待たせる訳にはいきませんので」


 冷静で、やや低めの声でそう答える彼女は恭兼な姿勢を崩さない。そんな彼女を信頼と安心の瞳で笑う少女は、高窓のすぐ下に備えられたマトロネウムを一瞥する。そうですか、と微笑を浮かべつつ虚空へ話しかけた。


「ふふっ、貴女も降りてきてはいかがですか、テルナエル」


「あれっ、バレてたの?」


 飄々とした態度と口調で笑うのは黒い髪を短く切り整えた愛くるしい少年。マトロネウムの欄干に腰掛け、仔犬のような瞳で眼下に立つ少女を笑う。そして、勢いよく欄干から飛び出すと見事な姿勢で下階に降り立つ。


「へへっ、まだまだ敵わないなぁ」


「そうですか? 最近はかなり注視しないと見つけられなくなりましたよ。おそらく、1,000,000年もあれば私を出し抜けるようになりますよ」


 そうかなぁ、とカラカラ笑う彼は遥か彼方の未来へ思いを馳せる。しかし、自身が1,000,000年生きるということは彼女もまた同じであり、生きた年代だけでは決して彼女を打倒することはできないのだ。それをよく知る彼は、努力の先にある成長の可能性を夢想するのだった。


「それよりどうしたの、急に呼び出したりなんかして?」


「おいっ、言葉を慎め」


 敬意の欠片も感じさせない態度や口調に苛立ちを覚えるイルシアエルは、小さな声でテルナエルに諫言を与える。しかし、そんなことを一切気に留めてない少女は笑顔でそれを止める。


「構いませんよ。今の方がテルナエルらしさが出てるじゃないですか。……それより、久し振りに面白いものが見られそうですよ?」


「面白いもの……ですか?」


 ええ、と少女は首肯して微笑む。紅色の瞳を金色の聖眼に移ろわせるとその視線は西方へ向く。それに促される様にイルシアエルとテルナエルもそれを注視する。そして、開かれた聖眼に飛び込む魔力を読み解いた二柱は不敵な笑みを浮かべる。


「おおっ、懐かしいなぁ。これ、アルピナの魔力でしょ?」


「そうか、帰って来ていたのか」


 それぞれが、抑えきれない興味関心を溢出させて独り言ちる様子に少女は微笑ましさを露わにする。やはり二柱を呼んだのは正解でしたね、と心中で感心する。


「ふふっ、嬉しそうですね二柱とも。丁度、貴方方が天界に帰還していた時にあの子が此方にやってきたんですよ。折角ですので、お二柱にもお知らせしておこうかと思いまして」


「へぇ、面白いじゃん」


「ああ、あの時の借りが返せそうだ」


 イルシアエルとテルナエルは、共に過去へ意識を走らせる。それは、現在を生きるヒトの子達は誰一人として知らない昔。神の子が地界でその威勢を我が物顔で振り撒いていた過去だった。

次回、第29話は10/26 21:00公開です

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