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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第277話:不閉の魔眼とワグナエルの魂

 その為、彼女らと同じくこの町に来ているセナもまた、未だ少年とは直接会っていないし仄聞程度でしか認識もしていない為に確信こそ抱いていないが、それでも朧気(なが)らな予感は抱いていた。一方で、新生悪魔であるルルシエは逆に何ら気付いていなかったりするのだ。

 兎も角、そういう訳もあってアルピナもスクーデリアもクィクィも相応の不満や憤りこそ抱いているものの、しかし全く以てお手上げという訳では無かったりする。だからこそ、更なる手掛かりが得られるのではないか、と期待しつつ天使達を適当に翻弄して様子を探っているのだった。

「ホント、キミ達って鬱陶しいよね。何時いつまでこんな事するの? それとも、ボクに好きにされたいって事?」

 雑に吹き飛ばされて倒れ込む主天使級天使が一柱ひとりワグナエルと目線を合わせる様に膝に手を当てて前屈みになったクィクィは、緋黄色の髪と金色の魔眼を陽光の下で輝かせながら問い掛けた。その相好は非常に無邪気()いとけないものであり、体格も相まってさながら10代前半の子供の様にも感じられた。

 しかし、だからこそそれがかえって得体の知れない冷酷な恐怖心を煽っているのかも知れない。アルピナをも上回る残虐性を宿す彼女の本質が声色から滲出する事で、ワグナエルは真面な受け答えすら出来ない程の絶望に囚われてしまう。何より、主天使級程度ならクィクィより若い世代。階級差も相まって相性差が何ら意味を成していなかった。

 故に、彼はクィクィの問い掛けに対して歯をカチカチと鳴らして震える事しか出来無かった。傍から見れば大人の男が10代前半の少女に戦慄しているという歪で情けない光景だったが、しかし彼女を知っている者からすればワグナエルに同情してしまう。それこそ、アルピナやスクーデリアですら心の片隅で彼の不運に同情する程だった。

 一方で、そんな彼の心理事情などクィクィには何ら関係無い事。彼女は彼女のやりたい事をやりたい様にしているだけなのだ。むしろ、そうして勝手に恐怖心と絶望心を抱かれる方が酷い話である。いとけない女の子————生物学的性別は不詳な為男でも女でもないし、何より人間ですらない————に対する仕打ちとしてはこの上無い悪手だろう。

 だからこそ、クィクィは一柱ひとり勝手に絶望と恐怖に震えているワグナエルに対して露骨に不満と憤懣を曝け出す。金色の魔眼を一層強く輝かせ、不機嫌さで満ち溢れる相好で頬を膨らませながら大きく溜息を零した。

「何? ボクがそんなに気に入らない訳? 良いのかな、ボクにそんな態度取っても?」

 クィクィはワグナエルを蹴り飛ばす。この小柄な体躯の何処どこにこれだけの力が宿っているんだ、という驚愕と疑問が湧出してしまう程に、彼の身体は容易に吹き飛ばされる。もっとも、彼女の魔力に頼らない純粋な力は龍に匹敵する程に強く、それこそ幾ら天使や悪魔が束になっても彼女一人に敵わない程。その為、一見して不可思議な光景に見えるそれも、しかし彼女を知る者から見れば至って当然の光景にしか映らなかった。

 そして、蹴り飛ばされた衝撃で朦朧とする意識を辛うじて手放さない様に踏ん張るワグナエルの前に、クィクィは改めて歩み寄る。悠々()つ大胆なその態度振る舞いは一見して隙だらけ。しかし、魂から迸出する魔力が、何人たりとも近寄る事を許さない、とばかりに彼女の周囲に展開する事でその隙を無いものとする。

 故に、彼女は何の障害も妨害も加えられる事無くワグナエルのもとまで辿り着く。細く長く纏められた緋黄色のアンダーポニーテールを歩行に合わせて可憐に揺らしつつ、モノトーンに髪と同色のアクセントがちりばめられたフードパーカーと漆黒のショートパンツを纏う事で快活で活発な優しい少女的印象を抱かせるその姿は、しかし倒錯する嗜虐的性格のせいで、彼女から肉体的死を上回る罰が与えられるだろう、とワグナエルは確信してしまう。

「折角このボクがキミみたいなのに構ってあげてるんだから、ちゃんと最後(まで)耐えてよね?」

 そう言うと、クィクィは手刀でワグナエルの胸部を貫く。そこは正に心臓の直上、つまり彼の魂が保管されている位置だった。そしてそのまま彼女は彼の生きた体内を鍋の様に掻き回し、手探りで彼の魂を探り当てる。魔眼が正常に機能しない以上仕方無い措置だった。もっとも、彼女の嗜虐性を考慮すれば仮令たとえ魂を視認出来ていたとしても容赦無くまさぐっていただろうが。

 兎も角、そうやって彼是あれこれ体内を探る内に、彼女は遂に目的のものを探り当てる。そして、そのまま乱暴に魂を掴むと強引に生きたままの肉体からそれを引き摺り出す。血飛沫を上げて藻掻くワグナエルを余所に、クィクィは彼の魂を握り締めたまま徐に立ち上がるのだった。

 彼女の手に握られていたのは、掌に収まる程の大きさをした水晶玉を彷彿とさせる物体。あるいは、実体を伴わない光を凝縮した様なもの。暁闇色に輝くそれこそ、正しくワグナエルの本質(ある)いは本体とも呼べる彼の魂だった。

「スクーデリアお姉ちゃん!」

 クィクィはスクーデリアの名前を呼びつつ、彼女に向かってワグナエルの魂を投げ渡す。綺麗な放物線を描く魂は 誰からも邪魔される事無くスクーデリアへと飛んでいき、そしてそのまま彼女の手中に綺麗に収まるのだった。

 彼女が態々《わざわざ》スクーデリアに投げ渡した理由。それは、単純に彼女の不閉の魔眼を頼る為に他ならなかった。彼女の魔眼の精度及び出力の高さはクィクィも認めるものであり、天魔の理の影響下は当然として仮令たとえ天魔の理が適応されない地界以外の領域で全開出力の魔眼を開こうとも、彼女の不閉の魔眼には決して敵わないのだ。

 それこそ、不閉の魔眼に敵わずとも劣らないだけの眼を持つのはジルニアかミズハエルかセツナエルかアルピナだけだろう。それでも、どれだけ過大に見積もっても精々が9割少々の出力と精度しか確保されていないのだから、不閉の魔眼の偉大さが分かるだろう。

「はいはい。相変わらず貴女は天使の扱いが乱暴ね、クィクィ。でも、貴女のそういう所、頼もしいわ」

 そして、そんな不閉の魔眼を持つ当のスクーデリア自身も、決して自慢する積もりも無ければ慢心する積もりも無いものの自身の魔眼の強さは自覚しているし自負している。だからこそ、こうしてクィクィから頼れる事は素直に嬉しいし、それに応えられる様な最大限の働きをしようと彼女の嗜虐的残虐性に引きつつもやる気を漲らせるのだった。

 同時に、そんな彼女の行動を如何どうにか阻止しようと無数の天使達が一斉に彼女に対して襲い掛かろうとする。前後左右に加え上空という隙の無い陣形で彼女を取り囲む様に天使達は其々《それぞれ》身を翻し、魂からは天魔の理に抵触しないもののレインザード攻防戦に匹敵する程には強い聖力を迸らせる。

 一方で、レムリエルを始めとする比較的古い世代の天使達の内で初めからスクーデリアと戦っていなかった者だけは、その攻撃に加わる事無くアルピナやクィクィとの戦いを継続しようとする。それは何らかの意図があってそうしているのか、あるいは単純に諦めただけなのか。アルピナにもクィクィにも何方どちらが正解か判別出来なかったが、しかし取り分け支障は無かった。

 アルピナとクィクィは其々《それぞれ》自身が戦っていた天使達を適当にあしらうと、スクーデリアのもとへ急行して彼女を守る様に背中を預ける。小柄な二柱ふたりと長身の彼女とではヒール込みで身長差が20cm近くもあるお陰でほとんど身体を守れていないが、しかし彼女らの実力を高く買っているからこそこの上無い安心感を齎してくれる。

次回、第278話は7/2公開予定です。

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