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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第269話:天使長の副官と平和的一時

「お心遣いいただきまして心より感謝致します。次回こそ、必ずや我が君の御意にお答え致します」


「えぇ、宜しくお願いしますね。しかし、今回に関してはバルエルとレムリエルに一任すれば良いでしょう。貴方方あなたがたにはまた近い内にお願いすると思いますので、その時こそその気概を見せてください」


 それだけ言うと、セツナエルは再び振り返ってベリーズに聖眼を向ける。そして、失礼します、と姿を消すイルシアエルとテルナエルを余所に、彼女は聖眼に映る魂の動向を注視するのだった。スクーデリアの不閉の魔眼には及ばないもののアルピナの魔眼に匹敵する程の精度を誇るその瞳は、ベリーズの現状を掌上の事の様につまびらかにしていく。

 如何どうやら、時間帯の関係上大きな動きを見せる事無くバルエル達もアルピナ達も其々《それぞれ》静かに心身を休めている様だった。天使乃至(ないし)悪魔である彼彼女らに睡眠の必要は無いが、しかしどれだけ戦闘しても一切消耗しない訳では無いである程度の回復時間が必要だった。

 それに、アルピナ達としてはクオンと少年という二人の人間を手元に置いている関係上から夜間の行動は極力避けたかった。対してバルエル達としても、そんな苦労を強いられる夜間に強襲するのは流石にはばかられるという事もあり、敢えて夜間は宿の中で大人しくしているのだった。

 そんな、彼らの無駄に生真面目な戦闘に対する配慮に対してセツナエルは柔らに微笑む。そんな配慮が出来るのならそのやる気をもっと他の所に使えば良いのに、と思わないでも無いが、しかしこれはこれで面白いので敢えて言わない方が良いだろう。

 そんな事を考えつつ、彼女は同時に脳内で別の事を考える。それは、ヴェネーノを捕獲しているバルエルやワインボルトを確保しているラムエルがアルピナ達に敗北して其々《それぞれ》の悪魔が救出された場合となる今後の筋書き。恐らく何方どちらも龍魂の欠片を隠し持っているであろう事は容易に想像が付く為、相応の対処をしなければならない事は明白だった。

 さて、如何どうしましょうか。やはり場合によっては私が直接出た方が早いかも知れませんね。クィクィは兎も角、スクーデリアをもう一度捕獲するのは奇跡でも起きない限り難しいでしょうし、アルピナに至っては私でも難しいでしょうから。


「……一度、アウロラエルと相談した方が良いですね」


 セツナエルは一柱ひとり寂しく呟く。誰も話し相手がいないのは少々寂しい気もするが、身バレの可能性を考慮すれば致し方ないだろう、という事で我慢するしかない。それに、全くいない訳では無い。信頼出来る少数が自身と同じく国の枢要に潜伏している。それが続いている限り、決して寂しくは無かった。

 そして彼女は尖塔の先端から身をくらまし、自身と同じく人間社会に潜伏している自身の副官として重用しているアウロラエルのもとへと向かうのだった。勿論、ベリーズで起きている一連の事件から片時も目を離す事無く、その意識はバルエルが密かに用意しているもう一つの切り札が使われる瞬間を心待ちにしていた。




【輝皇暦1657年7月16日 プレラハル王国:ベリーズ】


 魔王の襲撃から暫く経過し、ある程度の復旧作業が進みつつある港町ベリーズ。その姿は一見して先日の襲来を思い出させない程に美しく修復されたもの。よく見ると戦いの名残が垣間見えるものの、しかし普通に生活する分には気にならない程度には隠し切れていた。

 そんな長閑さと陽気さが回帰した町の大路を、潮騒の香りが穏やかに吹き抜ける。人間的生活を回復した民草達は、平和的で温暖な風を体一杯に浴びる。天頂からは刺激的な陽光が降り注ぐ事で地上を照らし、その光を一身に受けようと高木達が背を伸ばす。対して低木達もまたそれに負けじと横へ枝葉を伸ばす事で日光を最大限享授しようとする。

 そんな王都とは微妙に異なる独自の植生を広げる姿は、同じ国内であるにも関わらずまるで異国へ旅立ったかの様にも感じさせてくれるものだった。あるいは、創作物でありがちな異世界とやらに迷い込んでしまったかの様な錯覚を抱かせてくれるものかも知れない。

 そして、そんな日常を取り戻しつつある長閑で陽気で緩徐な時間を流す町の中を、クオン達は簡易的な観光旅行気分を味わいつつ散策していた。昨日(まで)断続的に行われていた天使達との抗争で溜まった疲れを少しでも癒す様に、あるいは同じく溜まった鬱憤を多少なりとも発散する様に、彼らはある程度の賑やかさを絞り出す人間達を眺め楽しんでいた。

 と言っても、無尽蔵に産生される魔力や龍脈が消耗した体力と気力に置き換わってくれるお陰で疲労感は殆ど無い。また、その産生速度以上に消耗した魔力(およ)び龍脈に関しても一晩もあれば完全に補充され切っていた。

 そのお陰もあり、悪魔として元々有しているアルピナ達は当然として、契約により一時的な権利としてそれを授かったクオンもまた万全な状態(まで)回復していた。また、唯一それらの力を持たない少年も、その若さのお陰か体力及び気力共に最大限(まで)回復している様だった。

 しかし、幾ら身体機能的には万全の状態(まで)回復されているとはいえどもその内奥に燻る感情乃至(ないし)精神的な側面に至ってはあまり良い状態とは言えなかった。神界アーラム・アル・イラーヒーにいた為にそれ程戦闘していないアルピナは別として、何度も何度も天使達との戦いを強いられていたクオン、スクーデリア、クィクィ、少年に関してはそれなりに辟易としている様だった。

 取り分け、天使との戦いにあまり慣れていないクオンと少年はなおの事。そしてその中でも、ただでさえ力を持たない単なる人間でしかない上に記憶も無い上に天使に付け狙われる理由も思い至らない少年の方はかなりの消耗具合だった。

 しかし、幾らそれを面倒だと罵った所で攻撃の手を緩めてくれる程向こうも物分かりが良い訳では無い。むしろ、これ幸いとばかりに苛烈さが増す一方でしかない。だからこそ、多少苦しくても体裁としては何ら苦労していない風を装う必要に迫られていた。

 それでも、幾ら自分の感情を騙くらかした所で事実が歪曲される訳では無い。天使達に襲撃されたのは事実だし、何時いつ新たに襲ってくるか分からない以上警戒の目を緩める訳にはいかないのだ。その為にも、街中という事も考慮して魔眼や龍魔眼こそ開かないものの何時いつでも対応出来る様に気持ち的な備えだけは一切緩める事は無かった。


「レムリエル達は何時いつ来るんだろうな?」


 クオンは誰に問う訳でも無くさながら独り言の様に呟く。聞いた所で正確な答えが返ってくるとは思えないし、分かっていればそもそもとしてこんな苦労を背負う事も無い。ちょっとした気分転換だったり心理的な逃走としての一言だった。


「あっ、嬉しい。クオン君、そんなに私と会いたかったんだ」


 しかし、そんな苦し紛れに吐いた適当な一言は不意に背後からクオンの両肩に手を乗せて話し掛けてくる声によって現実へと連行される。余りの突然な声にクオンは一瞬だが反応が遅れてしまう。ビクッと身体を大きく震わせて驚き、咄嗟にその手を振り払う様に振り返って身構える。

 その声の主は他でもないレムリエルだった。首の後ろで緩く一つに結われた藤色の長髪を海風に乗せて靡かせつつ飾り気の無い単色のユニセックスな衣服に身を纏う彼女は、一見してただの住民と見紛う程。天使的翼は階級の都合上存在しない為構わないとして、髪と同じ藤色の瞳は聖眼を開いていない証拠だし、自由な両手は聖剣を握っている訳でも無い事の知らせ。昨日(まで)の強暴な天使らしい殺気は何処どこにも感じさせなかった。

次回、第270話は6/24公開予定です

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