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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第265話:嫌悪感と龍の存在意義

 正面から見ればザンバラなショートヘアの少年の様に見えつつも後頭部で細く長く纏められたアンダーポニーテールのお陰で少女の様にも見えるクィクィは、その緋黄色の髪を靡かせて天使達をグルリと一瞥しつつ金色の魔眼で挑発する。

 如何どう見ても実害性の無い愛らしい小動物の様な印象しか受けないが、しかしクィクィの本質を知る天使達はこぞって身を強張らせる。余りにも倒錯した本質と外見の乖離は、恐怖を通り越した気味の悪さすら感じさせられるものだった。

 だからこそ、どの天使達もクィクィの挑発に対して指先一つ動かす事無くジッと見据え返す事しかしない。勿論、レムリエルの指示に反する様な行動を取る訳にはいかない、という真っ当な理由もあるのだが、仮にそれが無かったとしてもクィクィの加虐性を前にすれば漏れ無く萎縮してしまう事だろう。歴戦の神の子なら兎も角、今この場にいるのは如何どう見ても比較的若い天使が大半である。相性差以上にそもそもとしての格が違い過ぎるのだ。

 そして、そんなクィクィの挑発やアルピナおよびスクーデリアの冷たい威圧に対して無言の微笑みを返したレムリエルは、だ無数に残っている天使達を伴って上空へと舞い上がる。聖獣達を平原に放ち、聖力を魂に還元しつつ聖眼も通常の藤色の瞳に戻す。


「いや、止めとくよ。それじゃ、また明日ね」


 バイバイ、と小さく手を振って別れを告げたレムリエルは天使達を伴って町の方へと消える。姿を消すなり認識を阻害するなりすれば、別に町の上空を飛んだって人間達から怪しまれる事は無いだろう。それに、そもそもとして魂自体も未だ良く見えないのだ。誰一柱(ひとり)として彼彼女らの存在を怪しむ事は無いだろう。

 そんな彼彼女らの小さくなる背中を無言で見つめるアルピナ達は、彼女の姿が完全に町の上空へと消え失せたのを確認すると漸く肩の力を抜く。魔剣を霧散させ、魔眼乃至(ないし)龍魔眼を閉じ、魔力乃至(ないし)龍魔力を抑え込む。クオンと少年は其々《それぞれ》剣を鞘に収め、互いの無事を安心し合うかの様に穏やかに微笑み合うのだった。

 やがて、そんな穏やかな見つめ合いも程々にしてクオンはアルピナを見る。別に何かおかしな所がある訳でも無く、神界アーラム・アル・イラーヒーに行く前と何ら変わらない何時いつも通りのアルピナだった。契約により構築された魔力の回廊も変わらず接続されたままだし、契約自体も消失していなかった。

 しかし、何処どこか目を合わせ辛かった。何時いつもと変わらない筈だし何か特別な出来事があった訳でも無いのに、何故か居心地悪い印象が漂っている様な気がした。それもアルピナ自身の内奥から湧出しているのではなく、彼女の表層に纏わり付いている様な気味の悪さだった。

 そんなクオンの心情に気が付いたのか、アルピナはその感情を吹き飛ばすかの様に笑みを零す。外見通りの可愛らしさと内面通りの冷徹さおよび傲慢さを両立させたかの如き威風堂々たる態度振る舞いは、しかし何処どこか懐かしさに対して想いを馳せているかの様な印象と何処どこか小バカにしたい思いもまた宿している様だった。理由は一切分からない為に完全な憶測でしかないが、少なくともクオンにはそう見えた。


「フッ、何処どこか居心地悪そうだな、クオン。あるいは、何か不快な出来事でもあったか?」


 尋ねている様に見せかけて実際はその全てを見透かしているかの様な蒼玉色サファイアブルーの瞳は、クオンの魂に鋭利に突き刺さる。それを見て、スクーデリアとクィクィもまたすぐさま意図を完全に把握したのだろう。彼女達もまたアルピナと同じ様に懐かしさに想いを馳せている様に見せかけつつもこの状況を楽しんでいるかの様な穏やかな瞳を向ける。

 そんな蒼玉色サファイアブルー、金色、緋黄色の瞳に見つめられ、クオンは訳が分からないといった具合に困惑する。彼の横に並び立つ少年もまた当然の様に困惑の色を携えた栗色の瞳で四者を順番に一瞥する。しかし、自分には到底関係ない話だと気付いている事もあり、何か言う訳でも無く無言で事の成り行きを見守るのだった。


「いや……何でもない……ただちょっと違和感があっただけだ」


 歯切れ悪く途切れ途切れになりながら、クオンは素直に弁明する。一体何がこの違和感を生むのか何一つ分からなかった。別に照れているとかいう訳では無く、むしろ不快感に近いような違和感。彼女に一切の悪気が無い事が分かり切っている為に、余計に申し訳ない気持ちが湧出してしまうのだ。


「それって多分、神力が原因だよ。アルピナお姉ちゃん、神界しんかいを出てからそのまま此処ここに来たでしょ? クオンお兄ちゃんって僕達みたいに神力に慣れてないし、それで気分が悪くなってるんだよ」


 そうでしょ、とクィクィはアルピナとクオンを交互に見つめながら確認の為に問い掛ける。快活な態度と口調から齎されるそれは、現状を楽しむ好奇心とクオンの気分に対する心配とアルピナの配慮の無さに対する文句が入り混じったもの。

 そして、それに同意する様にスクーデリアも頷く。そうね、と端的に添えられた一言はクィクィの考察を確固たるものへと補強すると共に、アルピナに対する抗議の意図も込められているかの様だった。そんな氷の様に冷たい言の葉を受け、やはり何時いつもの如くアルピナは言い返す事無く素直に同意する。


「あぁ、神力を落としてからでも良かったが、如何どうやらクオンとその少年が危機的状況だったからな。それに、折角の機会だ。一度くらい神力に触れてみるのも悪くないだろう?」


 アルピナは、魔力で神力を洗い落としながもっともらしい弁明を述べる。と言っても、それが事実なのだから他に言い訳のしようが無いのだ。決して、その考えが頭から抜け落ちていたという訳では決して有り得ないのだ。

 ほんとかなぁ、とクィクィはワザとらしくアルピナに疑って掛かり、意地悪な笑顔を浮かべる。ほぅ、とアルピナもまたそれに食い付き、ギリギリ勝る身長で彼女を見下す。傍から見れば非常に可愛らしい光景は、しかし近くにいるのも憚られる程に強暴な覇気が吹き荒んでいた。

 まったく、とスクーデリアはそんな二柱ふたりのじゃれ合いに呆れつつ、しかし何処どこか楽し気にそれを見守る。さながら幼い娘姉妹を見守る母親の如き包容力はとても悪魔とは思えない程に優しく、鈍色の髪も相まって天使かと見紛う程だった。

 なお、そんな穏やかながらも荒々しい悪魔的なじゃれ合いの裏では、クオンに対して説明した言い訳とは全く異なる意図が共有されていた。態々《わざわざ》精神感応を繋ぐまでも無く交わされるそれは、アルピナが直隠しにしている秘密を知っている者ならば容易に至れる真実でもあった。

 それは、エロヒムと龍の相性。天使と悪魔と龍が三竦みの相性を有している様に、エロヒムと龍の間にも特別な関係性がある。と言ってもそれは各種族が持つ性質的な相性では無く、何方どちらかと言えば精神的な相性に近いもの。

 そもそも、天使と悪魔がヒトの子の魂を管理する業務を託されているのであれば龍は何を意図して生み出されたものなのか。答えは、かみの抑止力。唯一絶対の存在であるエロヒムは、しかし唯一絶対であるが故に行動や思考を抑止する存在がいない。仮に道を違えた時にそれを咎める者がいなければ、世の中は負の螺旋階段に迷い込む事になるのは必至。

 そこで生み出されたのがかみの抑止力たる龍の存在。流石に自身と同格の存在を生み出すのは立場上避けたいという我儘によって、質ではなく量を重視して生み出されたのが龍という存在だったのだ。その上でなおかみの軍事力たる天使にも相性上有利になりつつ、天使と対になる悪魔に対して不利になる様な位置付けも孕まされたというのが誕生の経緯なのだ。

次回、第266話は6/20公開予定です。

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