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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第264話:お楽しみはまた明日

 だからこそ、こうしてクオンが勇敢というか真面目にも彼女達と肩を並べる様にして前線に出て来る事に関しては、彼女達としてはあまり好ましい光景では無かった。アルピナがジルニアと交わした〝約束〟の為にも、如何どうにか彼の無事だけは確保したいのだ。

 何より、天使達の最優先目標である龍魂の欠片は他ならぬクオンが所持(およ)び保管している。決して彼彼女ら天使達の手に渡ってはならない秘宝とも称して構わない程の大切な遺物だからこそ、彼らの手の届く場所にあるこの状況はまさに死と隣り合わせに等しい光景とも言える。

 だったらクオンが持たずにアルピナかスクーデリアかクィクィの異空収納の深奥部に保管するなり魔界の最奥部に隠しておくなりすれば良いのでは、とそれを持つクオン自身や事情を知りつつも深く関与していないアルバートは疑問に思う事が屡々《しばしば》あった。

 実際、魔界の深奥部にまで到達出来る天使など幾ら相性上有利とはいえ数も知れているし、異空収納に至っては基本的に本人の許可無しでは第三者がアクセスする事は不可能となっている。当然、異空収納同士が連続する事も無いし、現実空間に露呈する事もあり得ない。

 しかしそんな事情を知らない人間達に対して、裏事情に至るまでの全てを知悉している悪魔達からして見れば現状に関して何らおかしな所は見受けられない。確かに龍魂の欠片を奪われるリスクは大きいものの、しかしそれを補って余りあるだけのメリットもまた内包している。何より、クオンが持つ事自体に大きな意味があるのだ。

 それは、かつてジルニアとアルピナが交わした〝約束〟に基づく奇跡であり、近い将来に果たされる事となる〝約束〟に基づく信頼。いずれにせよ、龍魂の欠片(およ)び遺剣の二つを今(まさ)にクオンが同時に保有している現状こそ、アルピナが最も待ち望んでいた夢の成果なのだ。


「さて、始めようか」


 大胆不敵()つ傲岸不遜で冷徹な微笑みを携えて、アルピナは剣を構える。それは、眼前の天使を相手に鬱憤晴らしが出来る事への狂気と、スクーデリアとクィクィから与えられた温かく柔らかな抱擁の如き言葉に対する照れ隠しによって生まれたもの。あるいは、待ちに待ったクオンとの再会に対する喜びを隠そうとする下手糞な誤魔化しか。しくは、その全てが理由かも知れない。それはアルピナだけが知っている様に見せかけてこの場にいる誰もが自ずと思い至る程に分かり易い。

 相変わらず嘘が下手ね、とスクーデリアは彼女に悟られない様に苦笑し、クィクィはワザとらしく含みのある笑みを浮かべる。しかし、相対する天使達はというと、そんな彼女の無防備()つ平和的な態度に対して分かり易く憤懣の相好を浮かべる。魂から暁闇色の聖力を湧出して手にした聖剣を妖艶に輝かせる彼彼女らは、其々《それぞれ》剣を構えてアルピナ達を注視する。

 しかし、そんな彼彼女らの意欲を削ぐ様に、無翼の天使こと座天使級天使レムリエルがおもむろに歩み出る。聖剣も持たず、聖眼も開かず、首の後ろで緩く一つに纏めた藤色の髪を靡かせつつそれと同色の瞳を美しく輝かせながら穏やかな相好を浮かべていた。殺気も無く、まるでピクニックにやって来たかの様な平和的な色味すら見せつけていた。


「いや、止めとこうかな? 折角ならアルバート君……だっけ? あの英雄って呼ばれてる子がもう直ぐ来るみたいだし、その子が来るまで待ってようかと思ったけど、今日はもう十分戦ったしね。お楽しみはまた明日って事で。アルピナ公もそれで良いでしょ? あっ、それとも契約主はスクーデリア卿らしいし、そっちに聞いた方が良かった?」


 溌溂さの中にも知的な印象を感じさせる相好と柔らかで穏やかな口調と共に首を傾げつつ、レムリエルは二柱ふたりに問う。何方どちらに問い掛けても別に構わないだろうし返ってくる答えも変わらないだろうが、しかし契約が結ばれている以上は最低限の礼節は保っておくべきだろう、という彼女なりの配慮だった。

 実際、天使達の間でも天羽の楔を打ち込んだ対象についての一切は打ち込んだ主に聞くのが基本なのだ。その為、この対応もわばそれの延長線の様なものでしかない。故に、彼女としても特別違和感がある訳でも無かった。

 そして、そんな彼女からの問いに対して口を開いたのはやはりスクーデリアだった。別にアルピナが答えても良かったのだが、それでも本当に問われているのはスクーデリアである以上、態々《わざわざ》それを無視する道理も無かった。何より、彼女もアルピナも神の子として長い時を生き抜いてきた。更に言えば、そういった基本的な規則やマナーが形成される以前から生きていたしむしろ作ってきた側の立場でもある。その為、それ自体にしたる抵抗も違和感も感じる事は無いし、言ってしまえば当然の結果でもあった。


「あら、折角これから楽しくなると思っていたのに。残念ね。あと数時間もすれば合流出来ると思うけど、貴女がそう言うのなら仕方無いわ。……それにしても、貴女もあの子に興味があるのね。別に特別な存在という訳でもないのに、随分とモテるみたいね。揶揄からかい甲斐がありそうだわ。でも、丁度良いわね。どの道私も貴女達の相手をするのに飽きてきた所だったのよ。まぁ、アルピナとクィクィはそうでも無いかも知れないけど……」


 スクーデリアはアルピナとクィクィを一瞥しつつ苦笑する。腰に届く長さの柔らなウェーブを描く鈍色の長髪が優雅に揺れ、個体色を失って久しい不閉の魔眼が妖艶な狼の様に輝く。まるで獲物を見定める猛禽類の様な鋭さは、しかし何処どこかアルピナとクィクィの血気盛んな残虐性を面白がっている様な素振りすら感じさせられる。

 やはり、幾ら穏健派と称され様とも彼女の本質は悪魔なのだ。しかも、大多数を占める生命の樹出身の悪魔では無く、神の手によって直接創造された108の個体の内の一柱ひとり。内奥に秘めたる本能的残虐性のたがは、神の子のプロトタイプらしい異常性を有している様だった。

 そんな彼女達悪魔三柱(さんにん)の姿を横目で眺めつつ、人間でしかないクオンと少年は其々《それぞれ》気圧けおされ切った相好を浮かべる。その姿は、面識を持って数日しか経過していない少年は兎も角として、それなりに長くなってきたクオンでさえも未だ慣れ切っていない姿だった。

 だからこそ、クオンも少年も彼女達の対応や言動乃至(ないし)態度振る舞いに対して横から兎や角口を挿む事は無い。言いたい様な事も無いし、別に言った所で素直に受け入れてくれる程素直な性格していないのは分かり切っている。そもそも、仮に素直に受け入れてくれる様だったらこんなに苦労する事は無いのだ。

 しかしそんな人間的な愚痴なんて知る由も無く、スクーデリアに対してアルピナとクィクィは穏やかな笑顔で彼女を見つめ返す。知った所で如何どうにかする訳も無いし、スクーデリアとクィクィは元から大丈夫だとしてもアルピナとしては最大限大人しくしている積もりなのだ。


「ほぅ。言ってくれるな、スクーデリア。しかしまぁ、あながち嘘では無いだろう。それでも、君達がそれを望むのであれば好きにすると良い。ワタシには君達天使を指揮する権限は無いし、アルバートに関しても同様だ」


「そだね。僕も天使ばっかり相手にするのも飽きてきたし、好きにすれば良いよ。勿論、僕に遊んで欲しいって子がいれば幾らでも遊んであげるけどね」


 如何どうする?、とクィクィは玩具を前にした悪戯好きな童の如き屈託の無い純粋無垢な笑顔を浮かべて天使達に微笑む。一見して10代前半の人間の様にしか見えないその姿も、しかし魂から溢出する残虐で冷酷無慈悲な本性が見え透いているお陰もあって全く微笑ましくない。なまじ少年少女の様にいとけない雰囲気も同時に有しているせいもあってなおの事だった。

次回、第265話は6/19公開予定です。

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