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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第260話:逃げるか否か

 しかし、そんな事などまるでお構い無しに天使と悪魔による攻防は続いていた。座天使級天使レムリエルを筆頭に、主天使級天使から天使級天使に至るまであらゆる天使達とそれに率いられる聖獣達が軍を成して襲撃し、少年と龍魂の欠片を強奪せしめようと躍起になっている。

 そんな彼彼女らは、やはりと言うべきか相変わらずと言うべきか、不思議な事に聖力が一切感じられない。聖眼や魔眼に映らない様に秘匿する事も出来無い事は無いのだが、しかしそれは実力差が優位にある場合に限られる。現状の様に、圧倒的格下の新生天使による聖力秘匿が草創の108柱にして悪魔代行も経験した歴戦の大悪魔たるスクーデリアや、それに限りなく近しい実力を有するクィクィの魔眼を欺き通せる筈が無いのだ。

 だからこそ、スクーデリアもクィクィも大した事無い実力しか持っていない筈の天使如きを相手に無駄に苦労させられていた。彼我の実力差を考慮すれば天使―悪魔間の相性を無視して優位に立ち回れる筈にも関わらずな光景は、彼女達と共同生活を営んでいるクオンの瞳には異様な光景として映るのだった。

 では、何故彼女達はそんな大した実力も無い様な格下天使如きに苦労させられているのだろうか? 普通に考えれば歯牙にも掛けない様な実力しか無い相手に苦労する様な彼女達とは思えないし、別に遊んでいる訳でも無さそうだった。普段なら、また遊びに興じているんだな、と適当な所で無視しても問題は無いのだが、相好や放出される魔力量を見るにとてもそうには見えないのだ。

 ならば、その原因は何処どこにあるのか? それは偏に彼女達の戦い方にあった。というのも、彼女達二柱(ふたり)は長年神龍大戦を戦い抜いてきた。地界と違い現在地を示す特徴的な標の様なものがある訳でも無い上に戦闘範囲が極端に広かった事も相まって、戦闘中にしろそれ以外にしろ基本的に魔眼は開きっぱなしだったし目に映る景色よりも魔眼から得られる情報の方を優先的に処理していたのだ。

 その上、全神の子の中でも指折りの実力を持つ存在である。その為、魔眼の精度も一般的な神の子が持つ聖眼乃至(ないし)魔眼(およ)び龍眼とは比較にならない程に高かった。それにより、彼女達自身でさえ気づいていなかったが、無意識的に常日頃から魔眼から得られる情報に頼り切っていたのだ。取り分けスクーデリアに至っては不閉の魔眼を持つ影響でその傾向は顕著だった。

 だからこそ、こうして魔眼に映らない敵を相手にするというのは彼女達にとって非常に慣れない戦いであり如何どうしても苦手とする所だった。頭では魔眼が頼りにならない事を理解出来ていても、魔眼から齎される〝見えない〟という情報についつい意識が引っ張られてしまうのだ。

 なお、それは人間であるクオンには異様な光景として映る。何より彼自身もまた魔眼と龍眼、そしてそれを組み合わせた龍魔眼を持つ為、より一層の困惑を受けてしまう。確かに魔眼から与えられる情報に引っ張られるというのも分からない話では無いが、彼女達程の実力者がそんな状況に陥ってしまうというのは完全な予想外だった。

 それでも、流石は彼女達だろう。閉じられない魔眼から間断無く齎される不要な情報と格闘するスクーデリアにしろ、実質的に魔眼の使用を封じられた状況に立たされたクィクィにしろ、何方どちら複数柱ふくすうにんの天使達を相手になおも優位に立ち回っていた。相応の苦労こそあれども、しかし戦況にまで影響を持ち込む事無く全て自己完結的に処理していたのだ。

 だからこそ、クオンも少年も一抹の不安こそ抱けどもこれまでと変わらない信頼と信用を預けたまま天使乃至(ないし)聖獣との攻防に集中する事が出来た。もっとも、たかが人間でしかない彼らが彼女達悪魔を心配するのはそもそもとして間違いな気がしないでも無いのだが。

 それに、クオンにしろ少年にしろ他者に気を遣える程の余裕がそもそもとして残っていなかった。記憶も知識も力も無いただの人間でしかない少年は当然の事だが、アルピナ、スクーデリア、クィクィの悪魔三柱(さんにん)と契約を結びつつ龍の力も同時に宿すクオンでさえもそうだった。

 幾ら天使に相性上有利な龍の力を振るう彼とはいえども、これだけの数の天使(およ)び聖獣の相手というのは流石に骨が折れる。あるいはそれを通り越して無理をしている状況と言っても差し支えないかも知れない。弱音こそ未だ吐いていなかったが、そろそろ吐きたくなってくる頃合いだった。


「それでも良いが……俺は兎も角この子が難しいだろう。魔界がどんな環境かは詳しく知らないが、話を聞く限りではとてもただの人間が耐えられる環境に無いと思うんだが……」


 如何どうする?、とクオンはスクーデリアの方を一瞥する。同時に、背後で聖獣から身を守る少年を天使から守る様に剣を振るい、苛立ちを隠し切れない舌打ちを零した。一介の人間でしかない彼では魔界への立ち入り如何いかんに関する決定権を持っていないし、何より単純に彼女達を頼った方が確実なのだ。

 そんなクオンの鋭利で野性的な金色の瞳とクィクィの大きく可憐な金色の瞳に見つめられたスクーデリアは、暫しの逡巡と共に溜息を零す。さながら子供をあやす母親になったかの様な穏やかで温かな感情が心を支配すると共に、如何どうにかこの状況を打破しようとする氷の様な殺気が溢出する。

 そして、そうねぇ、と彼女は全体の状況を確認するかの様に魔眼の出力を上昇させる。天魔の理に抵触しない限界(まで)高められたその魔眼は、周囲一帯はおろか地界の更に外に広がる空間(まで)をも掌上の事の様に把握出来るだけの力を有していた。そのまま彼女は、眼前の見えない天使達に意識を奪われない様に理性で彼彼女らを無視しつつ、遠くで蠢く複数個の魂を探す。

 彼女が探している魂は大別して二つ。一つは神界アーラム・アル・イラーヒーに行ったアルピナの魂。もう一つは英雄として人間社会に溶け込んでいるセナ達の魂。数日前の精神感応でルルシエと話した内容やアルピナとの対面での会話内容から推察して、恐らく今日が全員揃って合流する日の筈なのだ。時間帯こそ明言されなかったものの、彼彼女らの動向次第では此方としても動き方を考えなければならない事をスクーデリアは内心で危惧していた。だからこそ、彼女は魔眼で彼彼女らの現在位置とおおよその到着時刻を探るのだった。


「アルピナがもう暫くしたら帰って来そうね。……それにセナ達の到着は現在位置と移動速度からして大体1時間程かしら? それなら下手に魔界に隠れるよりも此処ここで待っている方が得策ね。それとも、もう限界だったかしら?」


 スクーデリアの声色は正しく相手を気遣う優しさによって生み出されるもの。しかし、その気品高い口調と魂から湧出する氷の様に冷徹な殺気と黄昏色の魔力のせいでとてもそうとは感じられない。何方どちらかと言えば不甲斐無さを嘲笑しているかの様な冷酷さを感じさせ、仲間であるにも関わらず何処どこかイラッとさせてくれる。

 勿論、スクーデリアがそんな事を本気でする様な性格では無い事くらいは承知しているので、クィクィもクオンも馬鹿正直に受け止める事はしない。その上でクィクィは、溜まった鬱憤を発散する意味も兼ねて敢えて彼女の挑発に乗る。


「ハァ? そんな訳無いじゃん。僕がこの程度でくたばると思ってるんだったら心外だなぁ。むしろ、スクーデリアお姉ちゃんこそそろそろ限界だったりするんじゃないの? ねっ、クオンお兄ちゃん?」


 む~っ、と頬を膨らませて不満そうに反論するクィクィは、後頭部で細く長いアンダーポニーテールに纏めた緋黄色の髪を靡かせながらクオンの方を振り向いて同意を求める。一見して少年の様にも少女の様にも見えるその顔立ちはいとけなくも非常に可愛らしく、殺伐とした戦場にあって一輪の花の様な穏やかさを教えてくれる。

次回、第261話は6/15公開予定です

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