表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
258/511

第258話:天使長と悪魔公Ⅱ-⑫

 一方、それに対してアルピナもまた彼女に負けず劣らずな殺気と覇気を零す。氷より冷たく闇より重いそれは神界アーラム・アル・イラーヒー全域に波及し、神龍大戦時を思い出させるに十分な警戒心を与えてくれる。如何いかなる事情があろうとも常に中立でなければならない神界アーラム・アル・イラーヒーだからこそ未だ平和を保てているが、これが仮に神界アーラム・アル・イラーヒー以外だったら剣と剣を取り合った大喧嘩に発展していた事は疑い様が無いだろう。

 しかし、それはあくまでも印象であって実際にそこから直接的な戦闘行為に発展する事は無い。神界アーラム・アル・イラーヒーに定められた絶対中立の原則を、彼女達は決して破る積もりは無い。どれだけ意見が噛み合わず、どれだけ明確に対立し、どれだけ戦闘行為を渇望していたとしても、定められた規則を破る程彼女達は無能では無い。戦争にルールがある様に、彼女達の対立と抗争もまた一定の規則の支配下に置かれているのだ。

 勿論、神龍大戦で犠牲になった全ての魂を復活乃至(ないし)輪廻(およ)び転生の理に乗せられなかったという過去はある。しかし、それも故意にやった訳では無く都合上そうせざるを得なかった場合が常だった。定められた一定の枠組みの中で、その荒事の因果は最大限廻っているのだ。

 そんな薄氷の現実の上を踏み締める様に、両者の覇気と殺気は衝突する。今まさにでも聖剣と魔剣が顕現し、聖法と魔法が交差しそうな雰囲気で周囲一帯は満たされるが、しかし何処どこか懐かしさを抱き合わせた享楽な空気もまた感じさせる。まるで親友や兄弟姉妹が互いの軽口を叩き合っているかの様な、そんな印象だった。


「ええ、そうでしょうね。私も初めから期待していませんよ。貴女がジルニアを手放すとは思っていませんので。それこそ、仕方無いとはいえどもこうして一柱ひとり神界しんかいに来ている事ですら、過去や貴女の性格を考慮すれば異常事態なのですから。貴女なら、魔界の深奥部に閉じ込めていても何ら不思議ではありませんよ」


 セツナエルは、アルピナの性格を正確に読み取る様に微笑みかける。事実、アルピナとしても最初は龍魂の欠片をクオン諸共魔界の最奥部に封印しようとしていた。仮令たとえ相性上優位な筈の天使でさえも最浅部にすら容易には踏み込めない程に魔界の環境は過酷なのだから、実際悪い案では無い。

 それに、地界の星が空気で満たされ、神界アーラム・アル・イラーヒーが神力で満ち、龍脈が龍脈で満ち、天界が聖力で満ちている様に、魔界もまたその空間内を空気では無く魔力で満たされている。つまり、そこでなら空間から魔力を補給する事で魔力切れを一切気にする事無く全力で戦い続ける事が出来るのだ。そう考えれば、敵を迎撃するに当たってこの上無い最適な環境とも言えるのだ。

 しかし、アルピナは敢えてその案を棄却した。当人に言われた訳でも無ければスクーデリアやクィクィから説き伏せられた訳でも無く、自分の意志でその案を棄却したのだ。別に不自然とまでは言わないが、しかしアルピナにしては思い切った決断だとセツナエルにしては思ってしまう。

 確かに、魔界の環境は悪魔にとってはこの上無い最高の環境かも知れないが、しかし人間であるクオンにとってみれば話は変わる。幾ら悪魔と契約を結び龍の力も獲得していようとも、しかし彼の肉体は何処どこにでもいる普通の人間でしかない。それこそ、大して強くも無い魔力と龍脈を行使した運動にさえ肉体が耐えられなくなっている程度には弱い肉体の持ち主。

 そんな彼を魔界に連れて行ったら如何どうなるかなど火を見るより明らかだろう。仮令たとえ龍魂の欠片の保護が目的とはいえども、流石にそんな真似をするのは倫理的な問題に抵触してしまうだろう。と言っても、神の子であるアルピナにはそんな事を考えなければならない義理など本来無い筈。それでも、契約主としての情が働いた結果なのだろう。あるいは、それ以上に深い訳があるのかも知れないが、しかしそれはセツナエルの認識している領域では無かった。


「ワタシだって多少の成長くらいする。それに、10,000年も待ったんだ。たかが数日会えない程度で不貞腐れる程ワタシも寂しがり屋では無い。何より、今はスクーデリアとクィクィがいる。あの子達の実力はワタシ達が誰よりも知る所だろう? 何も心配する必要など無い」


 そうだろう、と改めて確認する様にアルピナはセツナエルに問い掛ける。極自然な雰囲気と態度で贈られるウィンクと併せて、その姿振る舞いは可愛らしい少女の様。それでも言動の節々から零れ出る冷徹さが、彼女の彼女らしさを思い出させてくれる。


「ふふっ、恋は盲目と言いますからね」


「意地だ」


 そんなアルピナに対して、セツナエルは何処どこか楽し気とも面白げとも言える様な雰囲気と声色で微笑む。さながら愛娘を見守る母親の様とも言えるし妹を可愛がる姉の様も言える、そんな親密さも併せ含んだ可愛がり具合だった。

 それは、かつて神龍大戦が勃発する以前の平和な時代の残滓。あるいは、今後天使と悪魔の対立が解決した後に思い出される平和の予行練習。何方いずれにせよ、セツナエルにとってアルピナとはそうやって愛でたく感じる相手だったのだ。

 さて、とアルピナはそんなセツナエルの可愛がりを振り切る様に息を零す。それでもそんな態度とは対照的に相好は何処どこか嬉しそうでもあり楽しそうでもあった。かつての平和を思い出した為なのか、あるいは単純に嬉しかったのかは定かでは無いが、何方どちらにせよ満更でも無かった事には相違無い様だ。

 そして、帰るか、と誰かに言う訳でも無い単なる独り言を小さく呟くと、彼女は空中に浮かび上がる。背中から伸びる悪魔的な三対六枚の翼を羽ばたかせ、後ろで一つに纏めた濡羽色の御髪と漆黒色の衣服をそれに合わせて靡かせる。魂から魔力が溢出し、神界アーラム・アル・イラーヒーから蒼穹へと進出する為に必要な準備を施してゆく。

 対してセツナエルは、そんな彼女の背中を地上から静かに見守る。アルピナの動きに合わせる様に背中から伸びる天使的な三対六枚の翼を優雅に羽ばたかせ、後ろで一つに纏めた濡羽色の御髪と純白色の法衣をそれに合わせて靡かせながら、何処どこか名残惜しそうな瞳を向けていた。


「ではまた、近い内に会いましょう」


「あぁ。だが恐らく、次に会う時は決着の時だろう。また共に皆で遊びたいのであれば、そうなるだけの最善の備えをしておけ。もっとも、それはワタシにも言える事だがな」


 それだけ言い残すと、アルピナは神界アーラム・アル・イラーヒーの空の彼方へと飛び去って行く。どんどん小さくなる背中を金色の瞳で優しく見送りながら、何処どこか寂しげな相好でセツナエルは溜息を零した。出来れば一緒に帰りたかったが、状況がそれを許さないだろう、という判断で敢えて別れたのが少しばかり悲しくもあった。

 きっとアルピナも同じ様に思っているだろう、と勝手解釈で納得しつつ、彼女の後に続く様にセツナエルもまた上空に浮かび上がる。蒼穹の過酷な環境に肉体が耐えられる様に魂から湧出させた聖力で肉体を保護すると、小さく息を零す。そして、再び件の世界に戻るべくアルピナの背中を追う様にして彼女も神界アーラム・アル・イラーヒーの彼方へと消えてゆくのだった。


 やがて彼女達二柱(ふたり)は、神界アーラム・アル・イラーヒーの最端部(まで)到着すると蒼穹との間にある隔壁を通過して蒼穹へと進出する。そして、神力も聖力も魔力も龍脈も存在しない群青色の空間を光より速く飛翔する彼女達は、遠くで一つ星の様に瞬く世界へと進路を定める。最高出力で最短経路を飛翔し、一秒でも早くくだんの世界に戻ろうと全力を尽くすのだった。アルピナはクオンに会う為、セツナエルは自身の目的の為、其々《それぞれ》が其々《それぞれ》の意志と目的の為に全てを費やすのだった。

 そんな彼女達の姿を、神界アーラム・アル・イラーヒーの一角にある神々の宮殿(カルス・アラーハ)の最奥部に位置する神々の間ヒー・メタクシュー・セオーンから静かに眺める視線があった。森羅万象の頂点に君臨する万物の創造を司る唯一絶対の存在であるエロヒムは、何やら神妙な面持ちで神眼を開いてその姿を見届けていた。

 その真意は興味関心によるものか、あるいは不安と心配によるものか。その特殊な立場故に干渉も介入も出来無いし、そもそもとして神の子(およ)びヒトの子が起こす行動は何一つ自身に影響を与えないが、それでもやはり気になってしまう。歴史を左右する天王山とも分水嶺とも言えるであろう今回の抗争はきっとかつて無い程の激動と波乱を生むだろう、と確信出来る。だからこそ、エロヒムはアルピナとセツナエルという特殊な境遇にある二柱ふたりの神の子の運命を静かに見届けるのだった。

次回、第259話は6/13公開予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ