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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
255/511

第255話:天使長と悪魔公Ⅱ-⑨

 そんな中、可能性として挙げられるのは二つあった。何らかの手段を用いて神力を用いて神通力を行使したか、あるいは何らかの手段で神通力しか使えないという前提を覆し聖法を行使する事で強引に繭に介入したか。他にも可能性はあるだろうが、取り敢えずで浮上した仮定はその二つだけだった。

 しかし、幾らアルピナといえども手掛かり無しに真相を突き止められる訳では無い。それが出来る様なら今頃は超能力者として崇め奉られている事だろう。いや、確かに彼女はヒトの子から見れば十分超能力者と言って差し支えない存在ではあるのだが、しかし神の子という種もそこまで万能ではないのだ。

 故に、アルピナは仮定を仮定として思考の片隅に押し留めつつ、しかし余り深く意識し過ぎない様に理性で押し留める。不確実な情報であらぬ方向の思考が迷子になるよりは一歩ずつ着実に歩を進める方が理に適っている、と彼女は自身に言い聞かせるのだった。

 もっとも、アルピナの見間違いでない限りセツナエルが何らかの手段で復活の繭に介入している事は確実なのだ。一寸先すら何も見えない程に危機的な状況に陥っている訳では無い事からも、彼女はセツナエルに対して真相を確かめる様に敢えて鎌を掛ける。


「いや……あぁ、そうだな。……もし君が許すのであれば、先日クィクィが復活の理に流したルキナエルという天使の復活が早くなる様にしてくれる事を願うばかりだな」


 それはまさしくセツナエルが握っている秘密を認識しているかの様な口調。しかし、一切の疑いも無い周知の事実だ、と暗に示すのは言葉だけでは無かった。その態度振る舞いに始まる眼球運動や魔力の波長だったり魂の揺らめきに至るまでの一切を、彼女は平時と変わらない状態に保つ。

 最高規格のウソ発見器でも容易に騙くらかし得るそれは、彼女のこれまで得てきた経験によって補強されるもの。どんなヒトの子でも決して味わえない様な長く濃密な歴史が生んだ強靭な精神力がそれを可能にしていたのだ。

 同時に、アルピナは横目でチラリとセツナエルの相好を一瞥する。今先程の言葉によって彼女の相好に微かな変化でもあれば良いが、という可能性の低い仮定で希望の藁を掴もうとしていた。彼女の性格上難しいだろうとは思いつつも、しかし他の手段を選べる様な余裕も持ち合わせていなかったのだ。

 実際、セツナエルの相好は全くと言って良い程に変化していなかった。平時と何ら変わらない穏やかでお淑やかで可愛らしい顔立ちを一切崩す事無く、さながら聖女の如き慈しみを齎してくれているかの様だった。

 濡羽色に茜色のメッシュが入った肩の長さの髪が柔らに揺れ、身体を覆う純白の法衣を彷彿とさせる衣装と相まって、彼女の神聖さがより一層強く感じられる。天使という種に恥じないだけのそれは、アルピナと瓜二つでありながらもアルピナと正反対の雰囲気を醸し出していた。

 しかし、だからと言って全くの変化が無かった訳では無かった。幾ら彼女が強靭な精神力で己の感情を完璧にコントロール出来るとはいえども、しかし本質は他の者達と同じく神の子である。決して蝋人形では無いのだ。

 だからこそ、幾ら自分自身で完璧だと確信出来る様な閉心術で感情の揺らぎを抑制出来ていたとしても、か細く儚い極僅かな変化が無意識の内に零れてしまっていたのだ。幾らセツナエルがアルピナ以上に古く強大な神の子とはいえども、余りの小ささに気付く事が出来ていなかった。

 それは、微かな驚き。あるいは、感心に近い感情変化。アルピナが発した言葉について、まるで想定内でありつつも予想外であるかの様な色味を含んでいた。あるいは、意外性に虚を突かれた様な反応とでもいうべきだろうか。兎に角、そういった印象を齎してくれる一瞬の変化だった。

 しかし、逆に言えばその程度でしか無かったという事。全くの想定外に狼狽してくれる事も無ければ、怒りに囚われて理性を乱してくれる事も無かった。仮にそうなってくれたら願ったり叶ったりだったのだが、しかしこればかりは仕方無いだろう。

 むしろ、微かな変化だけでも引き出せたのだからそれで御の字な所(まで)あるだろう。変化があったという事はそれに何らかの思い至る節があるという事なのだから、ちょっとした答え合わせをしてくれたのだ。そう考えれば良い収穫とも言える。


「……あら、契約ですか? でしたら勿論、相応の対価を支払って戴けるという事でしょうか?」


 ふふっ、と柔和な笑みを零しながら、セツナエルはアルピナに問い掛ける。一瞬だけ浮かべた感情の変化は既に普段通りに戻っており、あるいは白々しいとも言える程に平然としていた。しくは、こうなる事も含めてある程度予想していたのかも知れないが、しかしそれは彼女自身にしか分からない事だった。

 そんな彼女からの提案は契約。それは、天使が持つ天羽の楔と対になる悪魔固有の権能であり基本的に神の子-ヒトの子間で用いられる事が多い技術の一つでもある。創作物では魂を売る行為の様に描写されがちなそれは、実際もそれに近しい内容を有している。

 それを、契約を受ける側であり神の子でもあるセツナエルが提案してきたのだ。ただでさえ神の子間では余計なイザコザが頻出する可能性や各個が持つ意地と矜持のお陰で契約が成立する事が少ないのに、それを草創の108柱であり天使長でもある、わばエロヒムに最も近い存在ともいえる彼女が実行しようというのだ。流石のアルピナも、それには虚を突かれて驚く事しか出来無かった。

 きっと何らかの意図が隠されている、と必然的()つ直感的にアルピナは眼前の瓜二つの天使に対して疑いの眼を向ける。最も信頼出来ないという点で最も信頼出来る彼女が相手という事もあり、その感情を抱くのはある意味必然とも言える事だった。

 しかし、それでもアルピナはそんな困惑と驚愕と疑惑に揺れ惑う己の心を如何どうにか理性で抑え込む。半ば無理矢理感があったのは否めないものの、かと言って本心を曝け出すのは得策とは言えないだろう。そんな予防措置としての対処だったが、それすらも悟られる事が無い様に振る舞う彼女の態度は、最早平時の彼女と何ら変わらない見事なものだった。

 それは演技力の有無だとかそういう問題では無く、純粋に感情のコントロールが上手だからこそ為せる御業だろう。誰も見ていないのはやや残念だが、いずれクオンにもこれくらいは出来る様になって欲しいとアルピナとしてはつい思ってしまうのだった。


「契約に際して種族や役職による優劣は存在しない以上、当然その積もりではあるが……しかし、彼我の仲だ。加えて、あのルキナエルという天使は如何どうやらルルシエの双子の姉らしい。君ならワタシの言っている意味が分かるだろう?」


「えぇ、当然じゃないですか。形態が如何どうであれ、縁の力は大切にしなければなりませんので。相変わらず、貴女は可愛いですね。そういう所、大好きですよ」


 片腰に手を当て、自然体のウィンクと共にアルピナはセツナエルに提案を投げ掛けた。普段と変わらない可憐でありつつも傲岸不遜さが見え隠れする態度だが、しかし何処どこか子供っぽい我儘具合や同情的な悲哀の感情が見え透いている様にも見える。まるで、彼女自身にも何か思う所があるかの様な、そんな重たい印象だった。

 しかし、アルピナはルキナエルの死の場面に立ち会った訳では無いし彼女が双子の姉だとルルシエがカミングアウトした場面にも立ち会ってすらいない。全てが仄聞と事前知識から得たものでしか無いはずなのだ。それにも関わらず、何故なぜ彼女はこれ程(まで)に深く思いを馳せているのだろうか?

次回、第256話は6/10公開予定です。

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