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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第251話:天使長と悪魔公Ⅱ-⑤

 それから暫く、二柱ふたりの神の子の少女は共に肩を並べて魂の庭園ハディーカト・アルアルワーをのんびりと歩く。何か目的意識を抱いている様には感じられず、まるで自然公園へピクニックにやってきた家族の様に穏やかであり平和的であり温かい光景だった。

 そんな、瞳や髪のメッシュにあてがわれた色が其々《それぞれ》茜色か蒼玉色サファイアブルーかで異なる以外は背丈も含めてまるで瓜二つな彼女達。一応、より詳細にまで目を配れば瞳の形状——猫を彷彿とさせる様な大きくハッキリとした姿は共通しているものの、アルピナがやや吊り目なのに対してセツナエルがやや垂れ目になっている——と、背中から伸びる三対六枚の翼の形状が其々《それぞれ》天使と悪魔の種族に準拠したものになっている程度の差異は見受けられる。

 それでも、そんな微細な違いや服装(およ)び各個体特有の固有色を例外として除外すれば、さながら同一人物にしか見受けられなかった。その態度振る舞いは、実は性格がまるで正反対だ、という事実が嘘の様に感じられる程に足並み揃ったもの。普段のアルピナの傲慢で不遜な態度やセツナエルのかえって恐ろしく感じてしまう程に無感情で丁重な態度ともまるで異なる中間的な位置にあった。

 しかしアルピナも、そんな自身達の態度を特別おかしいとは思っていない。確かに普段日頃の態度からは少々踏み外している様な自覚はあるが、しかしだからと言ってそれを修正する様な事はしなかった。彼女にとってもセツナエルにとっても、その態度振る舞いこそが彼女達本来の姿であり最も肩の力が抜けるひと時なのだ。

 その上、場所が場所だけに他者に見られる様な心配も無い。神龍大戦をきっかけに始まった天使と悪魔の確執により真面な関係性を築けなくなった今、こういう僅かな時間だけが彼女達にとって唯一羽を伸ばせる瞬間なのだ。

 しかし勿論、アルピナもセツナエルも心身の全てを気楽にしている訳では無い。一応、天使と悪魔の対立は依然として継続中である。その上、そもそもの対立の発端となったのが自身達の対立によるものなのだ。その為、表向きこそ絶対中立の神界アーラム・アル・イラーヒーで全ての戦闘行為を放棄しているように見せかけても、その内奥では何時いつ何が起きても良い様な警戒の態勢を維持している。それこそ、何時いつ真横から凶刃が飛んできても良い様な覚悟すら間断無く秘めている程なのだ。

 そんな中、彼女たちの頭上を二羽の鳥が空を舞う。金色に輝く空の下に広がる広大な庭園に変化を付ける様に我が物顔で飛ぶその鳥達は、しかし彼女達の瞳、取り分けアルピナの瞳には異様な光景として映る。

 そもそも、現在の神界アーラム・アル・イラーヒーに生息している生命はエロヒムただ一柱ひとりだけの筈。あの不確実性の権化とも言える曖昧な存在を一柱ひとりと定義しても良いのかは疑問が残るが、兎に角一柱(ひとり)だ。それ以外の生命はセツナエルを始めとする極一部の神の子による時折の来訪程度。その他(エロヒム)以外でここ神界アーラム・アル・イラーヒーに定住している生命は神の子・ヒトの子問わず存在しない筈なのだ。

 それにも関わらず、しかしアルピナの上空を二羽の鳥が舞っているのだ。それは長き時を生きてきたアルピナといえども素直には受け入れ難い事実、あるいは悠久の時を生きてきたからこそ受け入れられないのかも知れない。

 だが、仮令たとえどれだけ受け入れ難い光景が眼前に広がっていようとも、事実としてそこにそれが存在している限りそれが真実なのだ。それを理解しているからこそ、アルピナも多少の困惑こそあれども素直に受け入れる。


「ほぅ、あれは鳥か? まさか地界の生命が此処ここ神界しんかいに生息しているとはな」


 神界アーラム・アル・イラーヒーエロヒムの住まう地であり、ヒトの子——ヒトの子の定義は地界に生きる全生命を指すのであり、人間はその中の一種族でしかない——が足を踏み入れても良い領域では無い。何より神界アーラム・アル・イラーヒーは神の楽園であるが故に地界の惑星の様に大気がある訳では無い。

 その為、普通であれば何らかの手段を行使してヒトの子を連れ込んだとしても適応する事は出来ず、瞬く間に命の徒花を散らせるだけに終わってしまう筈なのだ。それにも関わらず、不思議とその鳥達は空気の無い神界アーラム・アル・イラーヒーを平然と羽ばたいていたのだ。

 では、そもそもとしてその鳥達はヒトの子では無いという事だろうか? しかし、魔眼から齎される情報を読み取る限りでは間違い無くヒトの子である。それだけは自信を以て確信出来る。だからこそ余計に違和感を強く覚えてしまうのだ。それでも、余り深く考えても何か変わる訳では無い、として早々に思考を放棄すると、彼女は素直に現実を受け止めるのだった。


何時いつの話かは忘れましたが、誰かが何処どこかの世界の地界にあるどれかの星に生息しているのを連れて来て上手く適応させたそうですよ。元々神界(しんかい)は何も無さ過ぎて殺風景でしたし、丁度良いアクセントになって良いのではありませんか? まぁ、態々《わざわざ》そんな事をする義理なんてありませんし、私の知った事ではありませんが」


「外来種の持ち込みは往々にして生態系の破壊を始めとする各種トラブルの火種になるものだと思うが……しかし、元々(かみ)以外の生命が棲息していない神界しんかいでは不要な心配か? まぁ、実行者が天使か悪魔か龍かかみか定かでは無いが、何れにせよワタシの知った事でもないか」


 やれやれ、とアルピナはセツナエルによる簡潔な事実説明に対して溜息と舌打ちを零す。予想通り過ぎるくだらない理由には一周回って感心すら抱いてしまいそうだった。しかし、幾ら神界アーラム・アル・イラーヒーが自身達旧時代乃至(ないし)草創期の神の子にとって実家に相当する領域とはいえども、現在の生息地は蒼穹に無数と存在する世界の内の一つ。今更神界アーラム・アル・イラーヒー如何どう改造しようとも特別関心は無いし、影も形も残らない程大規模な改造が為されても悲壮感を抱く事は無い。

 それでもやはり、地界の魂を管理する立場としては見逃せない点が如何どうしても存在する。悪魔としてヒトの子の魂の転生を司る立場にある上に悪魔公という事実上の最高責任者を拝命している以上、本来あるべき転生の理から逸脱した存在というのは気にしたく無くてもついつい気にしてしまうのだ。

 しかし幾ら気にしても、だからと言って今から何か介入しようとも思わなかった。別に介入が出来ない訳では無いが、しかし態々《わざわざ》それをするのも億劫でしかなかった。何より今は天使と悪魔で抗争中。そんなくだらない些末事で必要な時間と手間を消費したくなかった。

 また、一見して素直に受け入れている様な態度で彼女にそう教えているセツナエルも、実は内心ではその事実を嘲笑していたし軽蔑もしていた。何処どこの誰が実行したのかは把握していないが、天使長として全天使を束ねつつ輪廻の理を管理する最高責任者としてはやはり見逃す訳にはいかない現実もあるのだ。

 だが、彼女もまたアルピナと同じく眼前に広がるその光景に対して適当な所で見切りを付けていた。暇な時間を見つけて処理しても良かったのだが、しかし彼女もまたアルピナと同じく天使と悪魔の抗争の中で多忙に動き回っている。単純に時間が無かったのだ。

 それに、何だかんだ言って現時点で特に不都合が生じている訳では無いし、何より何も無さ過ぎる神界アーラム・アル・イラーヒーを彩るアクセントとしては意外と様になっているのだ。それを考えればこうして放置しつつ増えて満ちて界に満ちるのもやぶさかでは無いとも思えてきたのだ。

 だからこそ、彼女はアルピナと異なりそれ程感情を揺さぶられる事は無かった。庭園の美しさを素直に受け止めつつ、その中を舞う鳥達に対して慈しみの感情を向けて足を動かし続けるのだった。そしてアルピナもそんな彼女の横顔を見て諦めが付いたのか、小さく苦笑を零すと共に改めて彼女と肩を並べて庭園を散策するのだった。

次回、第252話は6/6公開予定です

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