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ALPINA: The Promise of Twilight  作者: 小深田 とわ
第3章:Mixture of Souls
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第246話:神と悪魔⑪

 しかし、そんなアルピナの態度を見てエロヒムは深刻な顔色を浮かべる。さながら絶望的状況で死を覚悟する創作上の英雄の如きその真剣な顔は、とても先程(まで)の平穏な意地と意地の衝突の直後とは思えなかった。

 エロヒムは自身の心中に巣くうその深刻な危機感の正体を果たして本当に彼女に打ち明けるべきか逡巡する。事が事だけに秘密にしておいた方が彼女の為にも良いのかも知れないし、あるいは彼女にも何か意図があってそれを秘密裏に抱いている可能性だってあるのだ。それでもやはり、聞かない訳にはいかない、とばかりにエロヒムは覚悟を決める。そして、慎重に言葉を選びつつエロヒムおもむろに口を開いた。

「……貴女、死ぬ気ですね?」

 極シンプルな質問。それでいて魂の核を抉る様な鋭利で直接的な疑問。生と死という仮令たとえ基本的には不死の神の子であろうとも深刻にならざるを得ないデリケートな質問だが、かと言って生みの親として無視する訳にもいかなかった。

 何より第一次神龍大戦のきっかけとなった一件にしかり第二次神龍大戦の終戦のきっかけとなった一件にしかり、彼女の周囲には不穏で不安定な出来事が多い。何時いつ何かのきっかけに命を投げ出しても彼女の性格上何ら不思議では無いのだ。

 エロヒムとして、何より生みの親たる創造主として、彼女のその綱渡りな精神状況を見逃す訳にはいかなかった。幾ら万物の生死や時空の成り行きに左右されないとはいえども、ここで見逃す事はエロヒムとして許されないだろう。

 だからこそ、エロヒムは最大限細心の注意と警戒と不安を心の奥底から抱きつつそう問い掛けた。彼女の心に宿る潜在的な自己破滅的思考を詳らかにする事で、それが杞憂で終わる事を願う様に問い掛けたのだ。あるいは、潜在的に抱くその思考に敢えて直面させる事で彼女自身にそれを自覚させる意図も含まれていたのかも知れない。

 いずれにせよ、その問い掛けは純粋に彼女の事を思っての事だった。いきなり直面させる事はある意味危険な吊り橋を渡る様なものだが、しかし時間を掛けて徐々にほぐしていく様な余裕も無かった。多少強引とはいえ、手遅れになる前に何らかの手を打たなければならないとエロヒムは確信していた。

 故に、エロヒムはその内心を不安と心配で満たされる事で最悪の可能性に押し潰されそうになっていた。幾らアルピナが自身にとって取るに足らない赤子同然の脅威しか無い上にそもそもとして自分に対して何らかの実害が及ぶ可能性が無いとはいえども、その最悪が齎す胸糞悪い仮定だけは流石のエロヒムいえども素直に受け入れ難かった。

 そして、そんなエロヒムの不安をそれと無く認識したのかアルピナもまた何時いつに無く真剣()つ神妙な相好を浮かべる。それは、濃密な神力による神聖不可侵な雰囲気で満たされたここ神々の間ヒー・メタクシュー・セオーンの雰囲気を一変させる程だった。

 しかし、そんな緊迫感漂わせる真剣な相好は刹那程の時間しか保たれなかった。エロヒムが一瞬きした程度でその雰囲気は過去の存在へと成り下がり、それどころか数瞬前にそんな出来事があった事すら忘れさせる程に綺麗さっぱり消失してしまっていた。

 そして、アルピナは再び普段と変わらない傲慢さと冷徹さを併せ含む傲岸不遜で威風堂々たる相好を取り戻す。猫の様な金色の魔眼が穏やかに輝き、背中から伸びる悪魔的な三対六枚の翼が長閑のどかに数度羽ばたかれ、エロヒムの不安心などまるで意に介さないかの様に言葉を返すのだった。

「まさか。折角再会出来たんだ。そう簡単に死ぬ訳にもいかない。しかし、未来の事はワタシには到底分かり兼ねる。当然、それは創造主たる君であろうとも同じだろう? ならば、君は余計な介入をせずにここで大人しく事の成り行きを静かに見守っていれば良い」

 フッ、とエロヒムの不安心を一笑に付すその態度は悪戯好きな童の様にいとけなくありつつも、しかし彼女の悪魔公としての偉大さも何処どこか兼ね備えているかの様な落ち着きも感じられた。そして悪魔らしくない可愛らしい外見がその態度を補強する事で、結果としてエロヒムとしても一定の信憑性を抱けた様な気がした。

 それでもやはり心の何処どこかでは、本当にその言葉を信じても良いのだろうか、という疑問が付き纏ってしまうのが現実。彼女の事だからきっと大丈夫だろう、とは信じているものの、それでも手放しで全てを信じてはならない様な予感がエロヒムの脳裏を過ぎった。何か信頼性に足る根拠がある訳では無いが、不思議とそう感じてならなかった。

 しかし、根拠が無い以上更なる追及は無意味であり、あるいは逆効果になるかも知れない。それを知っているからこそ、エロヒムとしても余り大それた事は言えなかった。エロヒムとしての上位権限を利用すれば出来無い事も無いだろうが、しかしアルピナを相手にそれをしてもかえって事態が稚児ややこしくなるだけだろう事は確実。故に、エロヒムもまた諦観の境地で微笑みと溜息を零すのだった。

「まぁ良いでしょう、そういう事にしておきます。余り深く追及してもかえって貴女を怒らせてしまうだけでしょうし、それに部外者の私が介入するのも野暮でしかありませんので。後、契約不要の頼み事に関してはいずれ機会があればその時にまた頼む事にします。今は取り分けお願いしたい事もありませんので。……あぁそれと、スクーデリアちゃんは先日来たばかりですけれど、クィクィちゃんとは暫く会えていないのでまた彼女にも宜しくお伝えしておいてください。あの子達、相変わらず貴女方のくだらない鬩牆げきしょうにずっと付き合わされてるお陰で色々苦労していると思われますので」

 ふふっ、と可愛らしい微笑みと金色の冷たい視線で柔らにエロヒムは語り掛ける。何処どこかアルピナを心配している様でありつつも同時に諦観している様な、それでいて同時に彼女を嘲笑しようとしている意図が見え隠れする、そんな奇妙な感覚をエロヒムは携えていた。

 しかし、スクーデリアとクィクィの事を心配するその言葉は果たして本心なのだろうか。それとも別れの挨拶としての社交辞令的な一言なのだろうか。エロヒムの本質的な性格やこれまで得てきた信頼からして確実に前者だと言い切りたい所だが、何故なぜか不思議と後者の可能性を見出してしまうのだった。

 如何どういう風の吹き回しだ、とでも言いたげに、アルピナは自身の脳裏に巣くうエロヒムに対する違和感に対して首を傾げつつ眉を顰める。早くクオンの所に帰りたかったが、如何どうしても気になってしまい魂に靄が掛かってしまった。

 そんなアルピナの疑問を受けてエロヒムはその外見に見合う可愛らしくいとけない微笑みを浮かべる。アルピナおよびセツナエルと個体色(およ)び服装以外がさながら姉妹の様に瓜二つな外見から齎されるそれは、しかしアルピナが絶対に仮令たとえ何があろうともしない様な雰囲気。何方どちらかと言えばセツナエルの普段の姿がこれに似ている様な気がする。

 そんなエロヒムは、おもむろに腕を伸ばすと自身の異空収納にその手を差し込む。天使や悪魔(どころ)か最近はクオンやアルバートといった神の子の力を受けた人間すらもこぞって利用しているそれだが、彼ら彼女らに出来るのだからエロヒムに出来無い道理は無い。内部が如何どうなっているのかは兎も角、単純に物が嵩張かさばらないのだから利用しないのは非常に非効率であり勿体無いだろう。

 そして、エロヒムはその異空収納の中から幾つかのものを取り出す。それはカップやソーサー、あるいはポットといった所謂いわゆる紅茶を飲む為に必要なティーセットと呼ばれるもの。そのどれもが、白磁器としてエロヒムの傍にあるに相応しいだけの純白の輝きを燦然と放っていた。

 一体何故(なぜ)そんなものを取り出したのか。傍から見ればそんな声が漏れ聞こえてきそうな奇妙な行動でありとてもアルピナの疑問に答えている様には見えない。しかし、当のアルピナはそれを見てすぐさまその理由に思い当たれた。同時に、その余りの予想外な理由に思わず笑ってしまいそうだった。

次回、第247話は6/1公開予定です。

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